第33の扉 月の国編その1
「にぎやかだねぇ」
颯も仲間に加わり、風花、太陽と、翼たち精霊付き8人で総勢10名となった。のんびりとした声をあげる颯を、学校で残りのメンバーに紹介する。
「ふ、我がギルドへようこそ」
「あんたのじゃないでしょ」
ぺシン、と彬人が一葉に叩かれ、みんなが笑いに包まれた。そんな明るい雰囲気の中、風花だけが浮かない表情をしているように見える。
「……」
彼女は心のしずくを取り戻してきているので、前に比べて感情表現が豊かになってきているが、まだその表情は掴みにくい。彼女自身、悟られないように隠している部分が多いのだろうか。
「桜木さん、何かあった?」
「ううん、大丈夫だよ。ありがとう」
気になった翼が声をかけるも、風花はふんわりと微笑みかわしてしまう。気のせいだっただろうか。翼は首を傾げながら彼女の背中を見送った。
_____________
「ただいま」
「あ、お帰りなさいませ、姫様。今日はクッキーを焼いたのですよ。一緒に食べましょう」
風花が学校から帰宅すると、家の中に美味しそうな匂いが漂っていた。エプロンを着けてニコニコ笑顔の太陽が、できたてのクッキーを抱えている。
「うん、食べる。後でみんなも来るからその時に食べよう」
「?」
風花の返答を聞いて太陽が首を傾げる。普段の風花なら美味しそうなお菓子を見たら、目の輝きが増すのだが、今の彼女の瞳には輝きが見られない。クッキーは好きなはずだが、どうしたのだろうか。今の風花は無表情。ニコリとも微笑まない。
「姫様、学校で何かありましたか?」
学校でいじめにでもあっているのだろうか。それとも誰かに何か嫌なことを言われたのだろうか。複雑なお年頃である中学二年生。困っていることがあるなら相談してほしい。
「姫様?」
「……あ、あの、あのね」
太陽の問いかけに風花は一瞬泣き出してしまいそうな表情を見せた。やはり何かあったのだろう。風花は自分の中で言葉を探すような仕草を見せている。太陽は彼女の言葉をジッと待った。
「あ、あの、そのね……」
「「「こんにちはー!」」」
風花がくるくると考えている間に、翼、優一、颯、一葉がやってきた。今日も魔法の練習を行う予定なのだ。こちらに近づいてくる元気な足音が聞こえる。
「あ、みんなこんにちは」
風花は先ほどの感情をしまい込み、いつも通りの柔らかな微笑みで翼たちを出迎える。彼女が何を伝えたかったのか聞き逃してしまった。話は何だったのだろう、と太陽が首を傾げていると……
「ほー、相変わらずすごいお家だねぇ」
二回目の訪問である颯が、のんびりとした声をあげる。風花の家は庭付きで、家族四人で住んでも、全く問題がないくらいの広さをほこっている。キョロキョロとリビングの中を見回していた颯だが、ふと棚の上で視線が止まった。
「ん? これ、なぁに?」
「あ、それはね」
そこにあるのは翼たちの私物。味気ないリビングを彩るために、それぞれ自分の私物を置いてくれているのだ。
颯の疑問に風花は暖かく目を細めながら説明してくれる。彼女のそんな様子を見ると、こちらも口元が緩んだ。
「俺も、何かあげるよぉ。んーと、あ、飴ちゃんあげるねぇ」
「食べたらなくなるやん」
ポケットをごそごそと探って出てきたのは、可愛らしい飴。颯の行動に優一がツッコミを入れるも、彼の言う通り食べたら包み紙だけが残り、タダのごみである。優一の科白に颯が再びポケットの中を探り出した。しかし……
「あれぇ?」
「お前のポケットは魔法でもかかっているのか」
颯が制服のズボンのポケットの物を全て出すと、机の上一面を埋め尽くすお菓子の数々が。飴、クッキー、チョコレート、ガムなどなど。よく全て入っていたな、という量が今吐き出された。
「食べ物しかなかったねぇ。今度何か持ってくるよぉ」
「ありがとう」
風花は机の上の大量のお菓子に目を輝かせながら、颯にお礼を言った。そのうち、棚の上の贈り物がまた増えるのだろう。風花は何だか嬉しそう。
「……」
太陽は嬉しそうな自分の主人を瞳に映す。今の風花はいつもと何も変わらない。学校で喧嘩をしたり、何かあったのかと思ったのだが、翼たちの態度もいつもと変わらない。彼女の話とは一体何なのだろうか。
「ん?」
「どうしたの? 桜木さん」
太陽が考え込んでいると、風花は突然窓の方へ顔を向ける。その行動を不審に思い、翼が声をかけるが、風花は答えない。ジッと庭を眺めているだけ。
「?」
翼たちも庭の方へ目を向けるが、何も変わったところはない。いつも通り綺麗なお庭である。翼たちが首を傾げる中、風花がゆっくりと近づいていった。
「こんにちは」
すると、風花が庭に向かって声をかける。驚いた全員が駆け寄ると、そこには一人の男性が。年は10代の後半というところだろうか。王子様のようなきらびやかな衣装を身にまとっており、腰には剣が一つ刺さっていた。彬人が見たら目を輝かせそうないでたちだが、生憎彼は今ここにいない。
「おやおやおや、こんにちは」
風花の存在に気がつくと、男性はにこやかに近づいてきた。
「お会いできて光栄でございます。風花姫様。はじめまして、私は月の国王子、
「ど、どうも。はじめまして。桜木風花です」
ひかるはぺこりと頭を下げ、風花の手をとる。風花は突然の彼の行動にビクリと肩を揺らしてしまったが、きちんと挨拶を返せた。
「ねぇ、王子様だって」
男性は本当に王子様だったらしい。『王子』という言葉を聞いた途端、一葉のテンションが上がった。バシバシと隣にいる翼の背中を叩いている。
「はぁ、なんと美しいのでしょう」
「あ、え、っと」
ひかるは手を握ったまま、風花の容姿をべた褒めである。いきなりの展開に彼女は困っているようだ。その様子を見て、優一が不機嫌そうに言い放つ。
「おい、手を離せよ」
「おっと、これは失礼しました」
ひかるは優一の発言に素直に風花の手を放してくれる。優一は素早く風花を自分の後ろに隠し、ジッとひかるのことを睨みつけた。二人の間で何やらバチバチと音が聞こえてきそうな気もするが、翼たちはポカンと眺めることしかできない。
「ひかるさんは、どうしてこちらに?」
険悪なムードの中、優一の背中からひょこっと顔を出した風花が尋ねる。風花とひかるは会ったこともない初対面なのだ。しかし……
「あなたに会いに来たのですよ、風花様」
「?」
ひかるの発言に風花が頭にクエスチョンマークが浮かんだ。一体何の用事だろう。心のしずくを狙う敵だろうか。
風花がキョトンと首を傾げていると、いきなりひかるが片膝をつく。優一が警戒し、風花を遠ざけようとしたその時……
「風花姫、どうか私のお嫁さんになってくださいませんか?」
「???」
いきなりの申し出に風花の頭は、ますますクエスチョンマークでいっぱいになる。なぜ自分はいきなり結婚を申し込まれているのだろう。理由が全く分からない。
「「アハハハハハ!」」
風花が首を傾げる中、優一と颯の笑い声が響いた。
「お前、バカか。桜木はまだ中学生だぞ。結婚なんかできるわけないだろう?」
「ふふっ、んふっ、苦しい……笑い死にそう。ふふっ」
苦しそうに息を整えながら、優一がひかるに言い放った。颯はまだ苦しそうに笑い転げている。ツボに入ってしまったようだ。とても苦しそう。
「ふん! 年など関係ない! 姫、あんなやつらの言うことは放っておいて、答えを聞かせていただけますか?」
「ごめんなさい」
「「アハハハハハ!」」
風花の即答の拒否に再び笑いが巻き起こる。颯はもう本当に死んでしまうのではないか。さっきから息ができないほど、笑い転げている。
「あ、あの……」
そんな彼らは置いておいて、風花がひかるのそばへ歩み寄り、申し訳なさそうに口を開く。
「会っていきなり言われても困りますし、私は今、とある事情で国を離れているんです。そんな私ではあなたにふさわしくありません。だからごめんなさい」
本人に全く悪気はないが、風花はグサリととどめをさした。完ぺきに振られてしまった彼は地面に崩れ落ちる。
「流石に少し可哀想かも……」
一部始終をずっと見ていた翼がポツリと呟く。ひかるは自己中心的な性格のようだが、ここまでコテンパンに振られてしまうのを見ると、ほんの少しだけ同情した。
そもそも彼はなぜ風花と結婚したがっているのだろうか。何か理由があるような気がする。
「!」
翼がぼんやりとそんなことを考えていると、ひかるは髪をかきあげながら立ち上がる。その仕草にはキラキラという効果音がつきそうなくらいだ。
「はぁ、仕方がありませんね。このような手段は使いたくなかったのですが。姫、私の目を見てくださいますか?」
「はい?」
その言葉に嫌な予感を感じ、翼が風花を引っ張ろうと手を伸ばすが、遅かった。
ぐらり
ひかるの目が光ったと思うと、風花の身体が揺れ、倒れる。
「姫様!」「桜木さん!」
「姫は私と結婚しますので、いただいていきますね。では」
倒れた風花をひかるが抱きかかえると、二人は姿を消した。
(また助けられなかった……)
翼は悔しそうに唇を噛み、届かなかった手をぐっと握る。笑い転げていた優一と颯も一大事であることに気がつき、一気に笑いが引いていった。
「今すぐ月の国へ向かいましょう。姫様を助けなければ」
太陽が白色の魔法衣装へと着替えながら、剣の準備をする。翼たちもそれぞれ変身し、身体をほぐしていた。
「ひかるさんは剣の達人と呼ばれているお方です。厳しい戦いになるかもしれません」
太陽が瞳の光を強くしながら呟いている。他国まで響いている彼の強さの噂。その実力はいかほどなのだろう。
(今度こそ助ける)
翼も瞳の光を強くして、グッと拳を握った。
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