第22の扉  ダンジョン攻略戦その4

 彬人と分かれ、5人は先を急いだ。辺りは相変わらずの森。鬱蒼と生い茂る木々が並んでいる。


「本城くん大丈夫かな?」

「大丈夫でしょ」

「相手も厨二病っぽかったから、あの空間カオスだね」

「あはは」

「……ストップ」


 美羽と一葉は彬人の話題を楽しそうに話していたが、その柔らかい雰囲気を優一が冷静な声で遮った。


「何かいますね」

 

 太陽も何かを感じたようで、腰に刺さっている剣をいつでも抜けるように準備する。二人の目線の先には森の木が並んでいるのだが、翼はジッとよく見てもただの木にしか見えない。


waterウォーター shotショット!」


 優一が呪文を唱えると、冷たい水の塊が森の木に向かって一直線に向かっていく。パシッと見事に命中した。それを合図に水の当たった場所が、モゾモゾと動き出した。


「ひっ!」


 その不気味な光景に翼の口から声が漏れる。美羽と一葉も二人で体を寄せ合っていた。太陽と優一の顔は全く動かない。真剣な表情を張り付けたまま、じっとその木を見つめていた。

 しばらくすると、不気味な動きが止まり、ムニっと木の幹が形を人型に変化させる。


「ハハハ、バレタ」


 どうやら番人の一人のようだ。ボロボロのローブを羽織っておりその顔は良く見えないが、所々見える皮膚には包帯が巻かれている。不気味な敵の雰囲気に翼はごくりとつばを飲んだ。


「オマエ」

「みんな先に行ってくれ。どうやらこいつは俺とやりたいらしい」


 番人は優一を指さして対戦相手に指名してきた。彼もその指名に答えるようだ。背中に抱えていた風花を翼へと託し、身体をほぐす。


「優一くん……」

「大丈夫、必ず無事に戻る」


 不気味な敵に心配の声をあげた翼だが、優一は柔らかい微笑みで答えた。翼の不安は完全には消えないが、優一の笑顔を信じることに決める。彼が『大丈夫』と言ったら、大丈夫なのだ。優一を残して、4人は先へと進んでいく。


「さてと……」


 4人の背中を見送った優一は手足をほぐし、準備体操をしながら尋ねる。


「一つ聞いていいか? どうして俺を選んだ?」

「オマエ、ミズツカイ。オレ、ミズノヤツ、イジメルノ、スキ」

「嫌な趣味してやがる。俺は大人しくいじめられてやるつもりはないけどな」


 優一は一つ息をつく。大丈夫、できる、と自分を信じながら。敵に向かって杖を構え、戦闘態勢にはいった。その目はしっかりと敵を捕らえて離さない。


「……さぁ、はじめようか」


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「桜木さんの息が荒くなってきた」

「タイムリミットが迫ってきていますね」


 風花をおんぶしている翼が焦った声で告げる。先ほどよりも風花の息はか細くなっているのだ。ウイルスが風花の命を食いつくそうとしているのだろう。4人の足がさらに早まるが、焦る彼らの前に別れ道が広がった。


「……どっちに行けばいいんだろう?」

「二手に分かれよう。私と美羽は左側に行くから。相原くんと太陽は右にお願い」

「もしこっちの道が正解だったら、これですぐに連絡するね」


 一葉が瞬時に判断し、美羽はイヤフォンマイクを指さして告げる。


「え、あ、うん、分かった」


 翼が頷いたことを確認すると、美羽と一葉は左の道へと消えていく。二人の判断力と対応力の速さに驚きを隠せず、翼はポカンと立っていることしかできなかった。


「翼さん、行きましょう」


 驚きに飲み込まれていた翼を、太陽の声が現実に引き戻す。自分はリーダーなのだからしっかりしなくては、と意気込み、翼たちも先を進んでいった。


 __________________




「残念ハズレ。こっちの道は行き止まりだよ」


 左の道を進んでいた美羽と一葉の前に敵が現れ、いたずらっぽく告げる。こげ茶色のローブに身を包んだ長身の男性だった。彼から禍々しい雰囲気を感じるのだが……


「何を笑ってるんだい?」


 美羽と一葉は笑みを隠すことができない。


「だって、私たちがハズレを引いたってことは反対は正解だったんでしょ?」

「向こうが正解なら、それでいい」


 __________________




「おめでとう。こっちの道が正解だよ」


 進んでいた翼と太陽の前に小柄な男性が現れ、拍手をしながら二人を迎える。彼で四人目の番人。後一人を倒せば、目的の薬までたどり着くことができる。


「翼さん、先へ。姫をよろしくお願いします」


 太陽はこそりと翼に話しかける。風花に残された時間が少ないこの状況では一人が敵を足止めし、もう一人が早く薬を手に入れるために動くのが得策だろう。


「……ぼ、僕が」


 しかし、翼はすぐに動くことができなかった。自分一人で薬までたどり着かなくてはいけないのだ。しかも、あと一人番人が残っている。彼の心を恐怖が支配し、足が震え、息が苦しくなった。


「ぼ、ぼぼ、僕、僕……」

「大丈夫です。あなたなら大丈夫です。どうか、姫を……」


 翼の異変に気がついた太陽が、翼を見つめながらもう一度声をかける。彼の背中をそっと押すように。


「……太陽、くん」


 太陽の言葉を聞き、翼の心から恐怖が薄れる。彼は自分の背中にある風花の体温を確かめる。

 彬人、優一、美羽、一葉、そして太陽。それぞれ仲間たちが繋いでくれた道、託してくれた想いを感じる。そして、一つ息を吐くと、翼は敵の後ろ、自分が進む道だけをまっすぐに見つめた。


「先には行かせないよ」


 先へ進もうとした翼の行く手を敵が遮ろうとする。しかし……


 キンッ


 心地よい剣の音が響く。


「あなたの相手は、わたくしがつとめさせていただきます」


 太陽が相手の攻撃を剣でさばき、道を作ってくれる。翼は太陽にお礼を言うと背中に風花の息を感じながら走り出した。


 __________________






 翼は風花を背負い全速力で走る。託されたみんなの想いと共に……


「桜木さん、もう少し! もう少しで薬が手に入るから」


 翼が背中の風花に話しかけながら、薬を目指す。目の前には薬のある部屋が見えてきた。


「あそこだ!」


 翼は悲鳴を上げる足を頑張って動かしながら、薬の部屋へ一直線に進んでいく。もう少し、もう少しで風花を救える薬が手に入る。しかし……


 バンッ!


「っ!?」


 いきなり翼の横から攻撃が当たり、吹き飛ばされ、そのまま木に激突しそうになる。


「ヤバいっ!」


 翼は吹き飛ばされながら、背中に背負っていた風花を自分の前に引き寄せた。ぐはっと彼女を庇うように背中から木にぶつかる。そして、攻撃の衝撃で動けない翼の前に一人の女性が立ちふさがった。


「ぼうや、よくここまでたどり着いたわね。この先にあなたが欲しがっている薬があるわよ。だけど、その前に私を倒さないとね」


 不敵な笑みを携えて、最後の番人が翼の前に現れた。


「っ……」


 翼は背中の痛みに耐えながら立ち上がる。風花を木にもたれかけさせ、自分の上着をかけた。自分の分のポーションを風花に全部飲ませる。風花の息はほんの少し楽になったようだが、もう限界が近そうだ。

 グッと唇を噛み、敵に杖を向ける。


「ふふ、いい目ね」


 敵は翼の目を見て、不気味に笑う。彼女のまとう空気は京也と同レベル、もしくはそれ以上にまがまがしいもののように感じた。

 ごくりとつばを飲む。じっとりと汗がつたった。



 やっと魔法を使えるようになったばかりの自分が、番人に勝てるのだろうか……

 あの京也でさえ「やめておけ」と止めたダンジョン攻略だ。



(怖い、だけど……)


 翼は自分の後ろで苦しそうに息をする風花をちらりと見る。もうほとんど時間が残っていない。


 翼は敵に目を向け、一つ息を吐き、集中する。託してくれたみんなの想いに答えるために、翼の目の光が強くなる。



「桜木さん、もう少し待ってて。すぐに薬を取ってくるから」


 すべての恐怖を追い出すように翼は風花に呼びかけた。


「絶対に助ける」


それぞれの戦いが今始まる。

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