第21の扉 ダンジョン攻略戦その3
「行こう」
言葉を発した翼に、全員の注目が集まる。彼はいつにも増して真剣な顔をしていた。その目には迷いの色は一切浮かんでいない。
「お前……」
京也が苛立たしげに翼に詰め寄って行く。ギロリと目を光らせて、乱暴に翼の胸元を掴んだ。
「俺の話を聞いてなかったのか。お前たちが行けば確実に死ぬんだぞ?」
「でも、そこにしか桜木さんを助ける方法がないなら」
翼は京也に威圧されても意見を変えない。いつもなら京也を前にすると悲鳴を上げる彼だが、今日は違う。京也の鋭い目つきに負けないよう、翼はまっすぐに見つめ返す。
「僕は決めたんだ。桜木さんを守るって」
そう告げる翼の目には強い意志が見えた。ぎゅっと握られた彼の拳は少し震えている。それでも京也の目を離さない。
「ダンジョンは怖いけど、僕は、桜木さんを失ってしまうことの方がもっと怖い」
「っ……」
京也はそんな翼に、何も言い返すことができず、掴んでいた胸元を離す。
「翼……」
いつも意見を言うことが苦手な翼が発言した。それだけでみんなを動かす原動力には十分だった。
「行こう、俺らのリーダーが決めたんだ」
「私も風ちゃん助けたい!」
「おい、お前らまで……」
止めようとする京也だが、優一と美羽の後押しもあり意見は変わらない。
「ふ、俺の日頃の戦いに比べれば、たやすい」
訳)ダンジョン攻略頑張ります
「もう少し待っててね、風花」
彬人も戦いにやる気を見せ、一葉は横になっている風花に優しく話しかけている。全員の意見が一致した。
「はぁ、どうなっても知らないぞ」
京也はそんな翼たちの様子に呆れた声を漏らしている。
『ダンジョン攻略』
強大な力を持つ番人が待ち構えている迷宮。何人もの魔法使いが挑戦し、散って行った場所。そこに魔法の発現をしたばかりのひよっ子魔法使いが挑む。翼たちが無事に戻ってくることはできるのだろうか。
京也はちらりと翼たちの様子をうかがう。
それぞれ恐怖を感じているようだが、その瞳には強い光と意思を宿している。『桜木風花を助ける』という強い感情が。
その思いは不可能を可能にするのかもしれない、と思わせるほど強いものだった。
「太陽、頼めるか」
「もちろんです!」
京也が思いを巡らせる中、優一が風花を背負い、太陽が腕を一振りする。すると、深緑色の扉が出現した。所々に蔓が絡まっているその扉がダンジョンへの入り口なのだ。これで準備は整った。6人は改めて決意を固める。
「じゃあな、京也」
「いろいろ教えてくれてありがと」
「何だかんだ、いいやつだよね」
「ふ、また会おう」
訳)行ってきます
「必ず助けるよ、桜木さん」
シュン
翼たちは扉をくぐり、ダンジョンへと消えていった。
「あいつら……」
京也は翼たちの消えた先をじっと見ている。
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「着いた……」
翼たちは太陽の魔法でダンジョンの入り口までやってきた。6人は森の入り口に立っている。そこから先がダンジョンのようだ。一見ただの森のように見えなくもないが、奥からは禍々しい気配を感じる。
翼はその雰囲気につばを飲んだ。
「はぁ……んぅ……」
風花は最初に比べ、息づかいが荒くなっており、苦しそうな様子である。優一の背中でぐったりとしている様子が翼の目に入った。
「ローズウイルスは進行が早く、身体に寄生して生命エネルギーを吸います。生命エネルギーは魔力ともつながっておりますが、姫様の魔力は不完全。かなり危険な状況です」
魔力量が多い人なら生命エネルギーを魔力で代用することも可能だが、魔力が心のしずくとなって散らばってしまっている風花にはそれはできない。
「……少しでも姫様が魔力を使えば命の危険があります」
太陽の重い言葉に全員の表情が引き締まる。
「あ、これ使えないかな?」
翼はふと思い出し、自分のポシェットの中から青色のポーションを取り出す。
「何かあるといけないので、ご自身の分はそのまま持っていてください。姫の分と私の分をお飲みいただきましょう」
風花の分3本と太陽の分3本の合計6本を、風花に飲ませる。ほんの少しだけ風花の呼吸が楽になったように見えた。しかし、時間が限られていることに変わりはない。
「とにかく時間がないな。急ぐぞ」
「うん!」
優一が声をかけ、翼たちはダンジョンへと進んでいく。
ダンジョン入口の物影から翼たちの様子を観察していた者がいた。口元に不敵な笑みを浮かべて……
「また挑戦者だね」
「遊んでやるか」
「今度の奴らは楽しませてくれるといいがな」
「メンドクサイ」
「さぁ行きましょう」
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「森だな」
彬人はぽつりとつぶやいた。そう、森である。
「このダンジョンには5人の番人がいると言われています。いつ襲ってくるか分かりませんので、気をつけてください」
ダンジョン内は獣道のようになっており足場も悪い。そして、たくさんの木で視界も悪い。6人は注意しながら先を急ぐ。しかし……
シュン!
鋭い音と共に、美羽に向かって矢が飛んできた。
「横山、危ない!」
「え?」
彬人が気がつき、美羽を突き飛ばす。美羽が居たところに飛んできたが、間一髪でかわすことができた。
「本城くん、ありがとう」
美羽が彬人にお礼を言い、彼は上機嫌で鼻の下を伸ばしていた。彬人が矢に気がつかなければ、今頃美羽は怪我を負っていただろう。どこから攻撃を仕掛けられるか分からない。ここはダンジョンなのだ。平和な日本とはわけが違う。全員の心に緊張の色が濃く表れ始めた。
そんな中、彼らの前に一人の少年が現れる。
「フ、我が名は森林の守護神。この先へ行きたければ俺の屍を越えて行くがいい」
訳)私はここの番人です。ここから先へは行かせません
番人はピシっと意味不明なポーズを披露し、翼たちに自己紹介した。
「「……」」
翼たちはいきなりの番人の登場に警戒していたのだが、その様子を見て拍子抜けする。そして唯一彬人だけはキラキラと目を輝かせながら、番人と同じようなポーズを披露し、こう告げる。
「ふ、どうやら俺の出番のようだな。俺のエクスカリバーが火を噴くぜ」
「お前は火出せないだろう?」
彬人の言葉に冷静に優一がつこっむ。が、そんなことはお構いなしで、番人と彬人の間で『どっちがカッコイイポーズを決められるか対決』が始まってしまった。
「んー、任せていいのかな?」
「本人がそう言ってるし、大丈夫でしょ」
ポカンと口を開けて二人のポーズを見ていた5人だったが、一葉の後押しもあり、先へ進むことを決断する。「相手の屍越えてないけども」と美羽はぶつぶつ言っていたが、気にしないことにするようだ。
「彬人くん、先に行く。必ず追いついて」
「ふっ」
訳)みなさん気をつけて。桜木さんのことをお願いします。
先を進んでいく翼たちの様子をちらりと見ながら、番人の少年が彬人に疑問を投げかけた。
「フ、なぜ我の攻撃に気がついた?」
「ふ、葉が俺にささやいてくれたのさ」
訳)矢を構えるときに葉が揺れました
「フ、面白い戦いになりそうだ」
二人の戦いが始まろうとしていた……
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