第20の扉  ダンジョン攻略戦その2

 バタンと音がして、全員の注目が音のした翼の後ろへと向かう。翼も振り向くと、その光景に目を見開いた。


「え……」

「姫様!」


 風花が倒れていたのだ。太陽が声をあげ、真っ先に風花のもとへ駆けていく。他のみんなも全員驚きの表情を浮かべ、風花の元へ駆け寄った。


「はぁ、はぁ……」


 風花は顔が赤く、息も苦しそう。意識が朦朧としているのだろうか。翼たちの声に反応を返してくれない。太陽は自分のポシェットから眼鏡を取り出した。

 太陽のかけた眼鏡は魔法道具の一つで、状態異常などを感知できるアイテム。回復魔法を施すときに有用だ。

 眼鏡をかけた彼は風花に手をかざしながら、頭の先から足元までゆっくりと観察していく。様々な情報が眼鏡を介して太陽の脳内に伝わっていった。


「風ちゃん、大丈夫かな」


 みんなが太陽の診断を待ち、心配そうに風花を見つめていると、突然……


 ドーン


 と、重たい音が響き渡る。驚いた全員が振り向くと、庭の中心を大きくえぐって京也が現れた。


「え、京也くん」

「なんで?」

「なんでって、しずくを渡してもらいに来たんだ」


 いきなりの京也の登場に戸惑い疑問を投げかけた翼と美羽に、京也はさも当然であるかのように答える。


「しずくの反応出てるのか?」

「当たり前だろ。ほら」


 優一が疑問を感じ尋ねると、京也はレーダーの画面をみんなに見せる。確かにしずくの反応を示す赤い点が点滅していた。どうやら風花の熱でレーダーが誤作動を起こし、京也を呼び寄せてしまったらしい。


「……どうしよう」


 思わぬ敵の登場に戦闘態勢を取ろうとしていた翼たちだが、京也の視界に後ろで太陽に抱えられている風花の姿が目に入る。


「ん、風花? どうしたんだ?」


 京也は倒れている風花に気づき、心配そうに分析中の太陽に話しかけた。


「熱があるのか? 風邪か?」

「おい、何普通に桜木に近づいてるんだ。お前敵だろう? 離れろよ」


 翼と優一が普通に近づいてきた京也を、風花から遠ざけようと押しのける。


「何だよ、いいだろう」

「二人とも京也くんはゴリラだから気をつけて」


 京也は負けじと近づこうとするが、翼と優一が何とか粘る。美羽は二人に京也の怪力のことを警告していた。


「こいつ、力つよ……」

「二人で抑えてるのに……」

「お前ら退けよ!」


 わちゃわちゃと三人が近づいては離れてを繰り返している。賑やかな雰囲気が彼らを包み込んでいたのだが、分析をしていた太陽の顔が急に青ざめ、ポツリとつぶやいた。


「ローズウイルス」

「え?」

「何? ローズウイルスって」


 翼たちはポカンとしていたが、太陽の言葉を聞いて、京也だけが青ざめた。


「「うわっ!」」


 翼と優一の腕を振りほどき詰め寄ると、太陽の胸元を乱暴に掴む。その表情はひどく焦っているようにも見えた。


「ちょっと、京也……」


 掴まれた太陽を助けるために一葉が間に入ろうとするも、京也のまとう雰囲気がそれを許さない。ギロリといつもの鋭い視線を一葉に向けて黙らせると、太陽に目線を戻した。


「おい、太陽。いつからだ、いつやられた!」


 京也は焦った声で太陽に怒鳴る。とても切羽詰まっている様子だ。


「……分かりません。朝はお元気でしたし、姫様はこの世界に来てからまだ異世界へは行っておりません」


 あまりにも真剣な顔になった京也に、全員何事かと驚く。普段の彼とは全く違った雰囲気を纏っているのだ。いまだかつて、こんなにも緊迫した場面は経験したことがない。一体何が起きているのだろうか。翼たちが混乱する中、太陽と京也の間だけで話が進んでいく。二人ともひどく焦っており、翼たちのことまで気が回っていないのだろう。


「なんだよ、説明してくれよ」

「ふ、深淵の覇者との戦いでも聞いたことのない名前だ」


 しびれを切らした優一と彬人が聞くと、京也から冷たい声でひどく残酷な答えが返ってきた。




「通称【死のウイルス】と呼ばれているウイルスに感染してる」





「死のウイルスって……」

「うそでしょ」


 京也の言葉を聞き、重い空気が辺りを包む。


 死のウイルス?

 そんな恐ろしいものに、桜木さんは感染したのか?


 翼の中を恐怖が包み込み、手が足がぶるぶると震える。京也は翼たちにはそれ以上構わず、太陽に目線を戻して焦りながら尋ねた。


「犯人に心辺りは?」

「……ありません」

「くそっ、ダンジョンしかないか……」


 また太陽と京也の間だけで会話が進んでいく。しかし、二人には翼たちを気遣う余裕すらない。それだけ切迫した状況なのだと、嫌でも思い知らされるようだ。


「……」


 もどかしい思いを感じながらも、翼たちは何もできずにいた。

 自分たちは何も知らない。ウイルスがどんなものなのか、どうしたら彼女を助けられるのか。

 分かることは、風花が危険な状態にさらされているという事実だけ。


「はぁ、はぁ……」

「桜木さん……」


 苦しそうな風花の息遣いが翼の耳に届く。先ほどよりも息がか細くなっているのは気のせいだろうか。翼はぐっと拳を握って、思い切って口を開く。


「……ね、ねぇ、犯人ってどういうこと? 何が起きてるの?」

「「……」」


 翼の投げかけた質問に二人の動きが止まる。何を隠しているのだろう。一瞬の沈黙ののち、迷っていた様子の太陽が口を開いた。


「ローズウイルスはこの世界・・にはございません。だから感染するはずがないんです。姫はここ最近異世界に行っていない。と、なると……」


 太陽の答えに全員の顔が更に青くなる。その先の誰もが聞きたくなかった残酷な答えが、京也の口から返ってきた。



「誰かが風花を殺す・・目的で、故意にウイルスを感染させたことになる」





 ※※※※




「ウイルスを感染させた本人なら、解毒薬を持っている可能性もあった。だがどこの誰か分からないとなると、探している間に風花は間違いなく死ぬだろう」


 京也くんが苦しそうな顔をして説明してくれる。事態は一刻を争う状況のようだ。早く薬を飲ませないと桜木さんの命が消える。


 桜木さんが死ぬ……

 嘘だよね、そんなことないよね。


 僕の目に苦しそうに息をする彼女が目に入る。ウイルスが身体を蝕んでいるのだろう、さっきから息をすることさえも苦しそう。


「ねぇ、京也。ダンジョンってなに? そこには薬があるの?」

「ある」

「それなら……」

「ダメだ」


 藤咲さんの質問に、京也くんは真剣な顔で言い切った。


「ダンジョン攻略は難しい。番人たちが待ち構えているんだ。今のお前たちの実力で挑んでも全滅だぞ」

「そんな……」

「他に方法はないのか?」

「ない」


 彬人くんの質問に、京也くんが絶望を突き返す。

 僕たちの周りを暗く重い空気が辺りを包み、桜木さんの苦しそうな息遣いだけが響いていた。


 ダメだ、この人を死なせたら。国の人たちがこの人の帰りを待っているんだ。絶対に帰さないとダメなんだ。

 それに守るって決めたんだ、僕が……

 もうこの人を傷つけるわけにはいかない……


 僕の頭の中に、桜木さんの笑顔が浮かぶ。














「行こう」









 重く長い沈黙を破ったのは、一番弱虫で臆病な僕だった。

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