第2の扉 小さな勇気
ドーン、と突然大きな音が鳴り響き、二人の後ろの地面が割れた。驚いた翼が振り向くと、割れた地面の中から少年が出てくる。
「よっこいしょっと」
驚くほどに真っ黒な髪と瞳、黒色のローブを身にまとい、全身真っ黒づくめの不気味な少年が現れた。そして、ギロリと光るその瞳で翼のことを睨む。
「ひっ!?」
翼の口から小さく悲鳴が漏れる。少年に睨まれただけなのに、息が詰まるような感覚を覚えたのだ。
少年は翼や風花たちと年もほとんど変わらないように見える。ただ唯一違うのは彼が纏う雰囲気が重く、禍々しいものということ。
「……」
戸惑う翼の隣で、風花は驚いた様子もなく無表情のまま少年を見つめている。しかし、彼女の目から焦りの色は消えており、代わりに別の感情が浮かんでいるように見えた。
翼が風花の目の中の感情の意味を考えていると、少年が不気味な笑顔で話しかけてくる。
「風花、久しぶりだな。俺も上手くこっちの世界に来れたみたいだ、ポイントもずれてない」
少年は手に持っている丸い機械を見ながら呟く。機械には画面がついており、赤い丸が点滅していた。
「父様がお前のしずくをご所望だ。渡してもらいに来た」
「しずくは渡さない。私の大切なものなの」
風花は少年に無表情のまま言葉を返すが、その言葉には強い意志が込められているように聞こえる。
「……何が起きているの?」
翼は風花と少年のやり取りを全く理解できず、混乱していた。「しずく」とは何か、現れた少年は誰なのか、どうして地面から出てきているのか、など翼の疑問は尽きない。
「それなら、力ずくで奪うまでだ」
混乱している翼に構わず、少年は手のひらを風花に向けた。それと同時に足元には魔法陣が出現し、黒色の塊が手のひらに形成されていく。
「俺に勝てるかな?」
少年は鋭いまなざしで風花のことを射抜く。彼は余程自信があるのだろう。余裕の笑みを携えながら風花のことを見ている。
「……」
一方の風花は相変わらずの無表情。透き通ったその目で目の前の少年を見つめていた。
「桜木さん、逃げよう」
風花と少年が対峙していると、震えている翼の声が響いた。風花が声に反応して振り向くと、声と同様に全身ガクガクと震えている翼の姿が。そして、風花の手を掴み、逃げようと引っ張ってくる。
彼は混乱する頭の中で、この場から離れなくてはいけないということを理解したのだろう。
「ごめんね、相原くん」
風花は翼が掴んでいる手をそっと離した。そして一つ深呼吸をし、目を閉じると、彼女の足元にも魔法陣が出現。竜巻のように風が回り、風花を中心として包み込む。
「どうなっているの……」
翼の混乱が続く中、風花を包み込んだ竜巻が消えた。
現れた彼女は黒かった髪を白く染めており、真っ白で純白のワンピースに身を包んでいた。胸元には桜の花びらの紋章がついており、手には魔法の杖のような物を持っている。アニメや漫画によく出てくる魔法少女が如く変身していた。
「……」
その目には先ほど宿した感情をそのままで、今まで無表情だった表情には変化を示す。
翼は風花の表情を見て目を見開いた。その表情は、翼の知っている
「桜木さ……」
「巻き込んでごめんね。落とし物一緒に探してくれてありがとう」
「え、あ」
戸惑う翼をそのままに、風花は少年に向き直る。両手で杖をしっかりと持って、少年から翼を庇うように立ってくれた。
「まだ力が戻っていないのに、無謀だと思うぞ?」
そう言う少年は手のひらに禍々しい黒い塊を溜めている。その塊の威力はどれほどなのだろう。翼が震えながら考え込んでいると……
「
少年が手のひらに貯めていた魔法を風花に向けて放った。黒く不気味な塊が、ひゅんっとものすごいスピードで飛んでくる。
「
風花は持っていた杖から風の盾を形成し、少年の攻撃を受け止める。ボンッと衝撃音がして彼女が煙に包まれた。
「ケホッ……
風花は少し煙を吸い込んだようだが、目立った外傷は無さそう。すぐさま呪文を唱えて杖の先に風の魔法を貯め始めた。風花の髪がふわふわと風に舞い、白色の塊が形成されていく。そして、少年へ向かい真っすぐに飛んでいった。
「ふんっ」
しかし、少年はひらりと風花の攻撃をかわし、新しい攻撃を貯め始める。ボンボンと二人は次々と魔法を繰り出し、戦闘が始まっていった。
「何が起きてるの……」
翼は呆然とその場に立ち尽くし、二人の魔法バトルを見ていることしかできなかった。そんな中……
バン!
翼の近くに二人の戦いの流れ弾が流れてくる。
「ひっ!」
翼は流れ弾に小さく悲鳴を上げる。翼を通り越した攻撃は地面に当たり、コンクリートが砕け散っていたのだ。
それを見た瞬間、翼は二人の戦いに背を向けて走り出す。足が震えて上手く走れなかったが、それでも必死に走って、走って、ひたすら逃げた。
※※※※
僕は逃げた。できるだけ遠くに全力で走った。
一体何が起こったのか全く理解できない。でも、これだけは分かる。
僕があの場に居ても、何にもできない、と。
弱虫の僕なんか何の役にも立たない。それにさっきみたいにまた攻撃が飛んできて、当たったら大変だ。死んでしまう。だから、逃げるんだ……
僕は遠くへ走りながら、頭の中で言い訳ばかり並べていた。
桜木さんならきっと大丈夫。魔法使いみたいだし。
それに相手は人間だ、言葉の通じない怪物とかとは違うんだから、殺したりまではしないはず。
でも……
桜木さんの最後の表情がちらつき、僕は走るのをやめる。
今まで、感情が見えなかったのにあんな顔をしてた。
僕は立ち止まっていた歩みを再び一歩ずつ進める。
※※※※
ドカーン!
大きな衝撃音とともに風花は壁に打ち付けられた。
「おい、風花。あきらめてしずくを渡せよ。そうしたら俺は大人しく帰るからさ」
「い、や」
「これ以上やると死ぬぞ?」
「絶対に、渡さない」
少年は風花の頑ななその様子にため息をつく。そして彼女の胸元を掴み、強引に引き上げた。それと同時に苦しそうな声が風花から漏れる。
「う……」
「もう一度だけ聞くぞ、しずくを渡せ」
「いやなの、しずくは、私にとって、大事なものだから」
少年は威圧的に声のトーンを低くしながら告げるも、風花は拒否。その声は弱弱しくて途切れ途切れであったが、固い意志が見えた。彼女の意思は折れないようだ。
コツン
「あ?」
少年が再びため息を吐き出していると、頭に石が当たった……
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