第1章 はじまり

第1の扉  出逢い

 今日はあずま中学校の始業式。東中学校は中高一貫校で、中学1年生から高校3年生までの6年間をこの学校で過ごす。何人もの生徒が校門を通過していった。

 門のそばには何本もの桜が植樹されており、今年も満開の花を咲かせている。


「不思議な感じの子だったな……」


 桜の木の下で、ポツリと呟いているこの少年は相原翼あいはらつばさ。中学2年生となり、ようやくぶかぶかだった制服も馴染んできた。サラサラと彼の髪が風になびく。


 キーンコーンカーンコーン


「あ、教室に行かないと」


 桜の木の下にぼけっと立っていた翼は、鐘がなり自分の教室へと急ぐ。







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「おはよう、翼」

「優一くん、おはよう。また同じクラスだね」


 彼は成瀬優一なるせゆういち。翼と優一は一年生の時にクラスが同じで仲良くなった。去年は優一と仲良くなれたおかげで翼にとって、楽しい一年となった。今年も楽しくなることだろう。翼の心は自然と軽くなる。


「そう言えば、転校生が来るみたいだぜ」


 翼が口元を緩ませていると、優一が話を振る。クラスの名簿表に見知らぬ名前があったようだ。


「転校生……」


 翼は先ほど桜の木の下で出会った少女のことを思い出す。彼女が転校生だろうか。不思議な感じのする女の子だった。


「みなさん、おはようございます」


 翼が転校生について思いを馳せていると、担任の西野と副担任の大和が教室に入ってくる。騒がしくしていたクラスメイトが、それぞれ自分の席へと慌ただしく戻っていった。翼たちも自分の席へと戻る。


「おはようございます。担任の西野智也にしのともやといいます。1年間よろしくお願いします」

「副担任の大和千里やまとちさとです。よろしくお願いします」


 西野は30歳くらいで数学を担当している。眼鏡をかけており、優しい雰囲気で生徒たちからの人気も高い教師だ。

 大和は去年新卒でこの学校にやってきたばかり。教科は国語を担当している。生徒たちと年齢も近いせいか、休み時間に楽しそうに話している姿を見かけた。

 二人の挨拶に続いて翼たち生徒も「よろしくお願いします」と頭を下げる。


「転校生を紹介しますね」


 西野が教室の扉に向かって声をかけると、一人の少女が入ってきて隣に立った。その少女の姿を見て、翼から「あ」と声が漏れる。


桜木風花さくらぎふうかです」


 その少女は、翼が先ほど桜の木の下で出会った少女だった。髪は肩につくくらいの長さで、真っ黒。目はクリッとした二重で瞳は薄い緑色を帯びている。


「これからよろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げ、透き通った声が教室に届く。風花は緊張のためだろうか、無表情のまま挨拶をしていた。


「桜木さんはご両親の都合で、今日からみなさんと一緒に勉強します。席は窓側の一番後ろの席ですね」

「はい」


 風花は西野にお礼をいい、自分の席へと歩いていく。


「さて、これからですが、まず体育館で……」


 風花が席につくと、西野から今後のスケジュールが発表される。まずは体育館で、校長先生からの長い長い話があるようだ。憂鬱になりながらも、次々と生徒たちは体育館へと移動していく。






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「えー、みなさん、おはようございます……」


 校長先生の話は長い。とても長い。次々と船をこぎ始める生徒たち。


(寝たらダメだ……)

「ふぁあ」


 翼は頑張って目を見開き聞いていたが、優一はつまらなさそうに欠伸をしていた。


「……」


 ふと気になり、翼は風花の方をちらりと見てみる。風花は相変わらずの無表情で、話している校長先生の方を見ていた。しかし、その瞳は真剣そのもの。真面目に校長先生の長い長い話を聞いているようだ。

 ほとんどの生徒がつまらなそうに話を聞く中、風花のその真剣な瞳は珍しい。


(真面目でいい子なのかな……)


 翼は校長先生の話そっちのけで、不思議な雰囲気のする転校生について思いを馳せていた。













「はい、それではみなさん。気をつけて帰ってくださいね」


 どれくらいの時間が経っただろう。生徒のほとんどが眠りの国に旅立つ中、やっと長い長い校長先生の挨拶が幕を閉じた。

 今日は始業式のみなので、翼たちは半日で学校から解放される。


「やっと終わった。翼、一緒に帰ろうぜ」


 翼と優一は途中まで帰り道が同じなので、よく一緒に帰っている。二人仲良く肩を並べて、家への道を歩き始める。


「ずっと春休みだったらいいな。半日学校にいただけでこれだけ疲れてたら、明日からが心配だ」

「そうだよね、身体がなかなか勉強モードにならないよ」


 休み明けはいつも憂鬱な気分になる。明日から本格的に授業も始まるので、二人はますます憂鬱な気分を感じていた。


「ちゃんと勉強しないとな……」

「俺が教えてやるよ」

「いいの!?」


 優一の申し出に、翼の目がキラキラと輝く。優一は成績優秀で学年主席なのだ。真ん中程度の平凡な成績の翼からしてみれば、彼に教えてもらえることほど頼もしいことはない。


「俺で良ければ」

「ありがとう! 僕頑張るよ!」


 翼は鼻息荒く拳を握っている。彼らの通う学校は中高一貫校なので、高校受験はないのだが、いい点数を取れることに越したことはない。それに何より友人が自分のために時間を割いてくれるのだ。頑張らざるを得ないだろう。


「おっと、ここでお別れだな。また明日」

「うん、またね」


 翼がやる気に満ち溢れていると、二人の家の分かれ道にたどり着いた。お互いに分かれの挨拶を交わし、家路につく。











「ん?」


 しばらく翼が歩いていくと道の先に風花がいるのが見えた。しゃがみこんでキョロキョロしている。何かを落としたのだろうか。翼は首を傾げながら、風花に話しかける。


「どうしたの? 何か探している?」

「あ、相原くん」


 風花は突然の翼の登場に一瞬目を見開くも、すぐに無表情になって彼の名前を呼んだ。転校初日の転校生が、自分の名前を覚えていてくれたので、翼の頬が少し緩む。しかし、風花は相変わらずの無表情。学校では緊張のためと思っていたが、普段からこんな感じなのかもしれない。


「何か落としたの? 探すの手伝おうか?」

「いいの? これくらいの大きさの石を落としてしまったの」


 風花は指で大きさを示して教えてくれる。手のひらの半分もないサイズの石で、雫の形をしているようだ。


「この辺りで落とした? それくらい小さいと探すの大変だよね。すぐに見つかるといいけど……」

「ありがとう」


 風花はお礼と共に、少しだけ表情に変化をみせた。その表情は笑顔とはいえないくらいに硬いものだったが、少し口角が上がっている。会って間もない彼女だが、その表情は初めて見せた感情らしい感情だった。


「あ……」


 翼が風花のぎこちない笑顔に驚いている間に、風花はまた元の無表情に戻ってしまった。やはりあまり感情を外に出すタイプではないのかもしれない。






______________






「見つからないね」

「……」


 翼は腰が痛くなったので、立ち上がって伸びをしていた。二人で捜索を開始するも、探し物は30分以上経っても見つからない。翼の心の中に諦めの感情が沸き起こるが、風花は依然黙々と草むらを探している。彼女の顔は無表情のままだったが、その目には焦りの色が浮かんでいるようにも見えた。よほど大切なものを失くしてしまったのだろう。


「よし!」


 翼が諦めの気持ちを吹き飛ばして、捜索を再開しようとしていた時……




 ドーン、と大きな音が鳴り響き、2人の後ろの地面が割れた。

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