第3の扉  普通の女の子

 コツン


「あ?」


 風花を掴んでいた少年の頭に、小石が当たった。少年が振り向くと、そこにはガクガクと震えている翼の姿が。


「さ、桜木さんから離れろよ!」


 拳をぎゅっと握りしめ、声を震わせながら彼が叫ぶ。


 逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ


 翼は自分自身に言い聞かせる。今までずっと逃げてきた、弱虫だと何回も言われ続けてきた。そんな自分だけど、目の前の少女にあんな悲しい顔をさせたくないと思う。

 その一心で翼は今、立っている。


「お前死にたいのか?」


 そんな彼の小さな勇気を摘み取るように、少年は冷たく言い放つ。鋭く冷たいその視線が翼を射抜いた。


「さ、桜木さんを離せって言ってるんだ!」


 翼は少年の冷たい視線に負けそうになりながらも、声を張り上げて叫び、再び石を少年に投げつけた。


 コツン


「そうか、そんなに死にたいんだな」


 少年はその言葉と共に、禍々しい魔法を手のひらに貯め始める。先ほどと同様に真っ黒の塊が作られていった。そして


 ひゅんっ!


「え……」


 少年が攻撃を放った。翼のすぐ脇を通り過ぎていき、後ろで大きな爆発音を立てる。恐る恐る後ろを振り返るとコンクリートが砕け散り、粉々になっていた。

 

「邪魔するんじゃねーよ、風花」

「う……」


 風花は胸元を掴まれたまま壁に叩き付けられている。どうやら風花が少年の魔法の軌道を変えてくれたおかげで、翼は直撃からまぬかれたようだ。


「嘘でしょ……」


 翼は腰が抜けてしゃがみこんでしまう。

 圧倒的な強さの前に、翼の振り絞った小さな勇気の灯が消えた。自分の無力さを感じ、ずりずりとお尻を地面に擦りながら後ずさっていく。


 やっぱり僕には何もできないんだ。あんな得体のしれない力、どうにもできないよ。

 ……あれ、なんだこれ? 宝石みたいな石だ。


「死にたい奴は殺してやるよ」


 翼が手のひらに触れた感触を悩み込んでいると、少年は再び手のひらに魔力を貯め始めた。先ほどとは比べ物にならない、巨大な魔力の塊が作られていく。翼は逃げようとするも、腰が抜けて動けない。


dark shotダークショット!」

「相原、くん……」


 恐怖で顔を歪める翼に向かい、攻撃が放たれる。全てを吸い込んで壊してしまいそうな、ブラックホールが如く巨大な絶望が近づいて来ていた。


「……っ」


 嫌だ、死にたくない、と叩くが、翼の足は言うことを聞かない。どんどん黒い魔力の塊が翼に迫ってくる。

 どうして戦場に戻ってきてしまったのかと後悔した。そして自分にも力があればと、思いながら翼は目を閉じる。











 

『名前……よん……で』


 黒い塊がぶつかる瞬間、翼の持っている石が光を放ちだし、頭の中で声が響く。


『わ……たしの……名前……は』


 翼が今まで聞いたことのない声が頭の中で響き続ける。その声はとても暖かくて優しい声だった。


『「火練かれん!!!」』


 気がつくと頭の中で響いていた声と一緒に、翼はその名前を叫んでいた。

 すると持っていた石が一層輝き始め、体が炎に包まれる。突然出現した炎に翼は驚いたが、その炎は熱くない。暖かく彼を包み込んでくれるだけだった。

 そして、炎が消えると翼の髪は真っ赤に染まっており、紅蓮の衣装を身にまとっていた。手には風花と同じように杖を持っている。


「なにが起きたの?」


 翼は混乱していた。が、目の前まで攻撃が迫って来ている。もう一度頭の中で声が響いた。夢中で頭の中の声を繰り返す。


『「fire shotファイヤーショット!!!」』


 呪文を唱えると、魔法の杖から巨大な炎の塊が飛び出す。熱く、真っ赤で大きな炎の塊。それは少年の攻撃とぶつかり、あたり一面に凄まじい音を響かせた。


「おい、どういうことだよ」


 少年も突然の翼の変身に驚きを隠せないようで、ポカンと口を開けていた。翼の放った攻撃は見事少年の攻撃を相殺することに成功し、砂煙が辺りを包む。


「僕が、やった、の……」


 翼は目の前の出来事に混乱していた。今まで何もできず、恐怖に震えていたのに、巨大な力を手に入れたのだ。翼は自分の杖と、握りしめている光り輝く石を見つめる。

 少年の方を見ると、彼も状況を理解できていないようだった。しかし翼が握っている石に気が付くと、一つため息をつき


「今日のところはこれくらいにしてやるよ。次は必ずしずくをもらうからな。覚えてやがれ!」


 捨て台詞を残し、出てきた地面の穴に戻っていった。














「助かった、のかな……」


 翼は力が抜けて地面に座り込んでしまう。突然発動した力に驚きつつも、敵を撃退できたことの喜びをかみしめていた。僕がやったんだ、あいつを追い返したんだ、と。

 すると翼の変身がふわりと解けた。服も髪も元通りに戻り、先ほどまで光っていた石は輝きを失っていた。


「相原くん」


 ぼけっと座り込んでいた翼の元に、風花がやってくる。その表情はまた無表情に戻っていた。しかし、その目に宿す感情は戦闘前と同じもの。


「怪我はない?」

「僕は大丈夫だよ。そんなことより、桜木さんの方がひどい怪我じゃないか」


 翼がほとんど無傷であるのに対し、風花は腕など至るところから出血していた。それにもかかわらず彼女は痛そうに顔を歪めたりしていない。


「とりあえず病院に行こう」

「私は大丈夫、大したことないよ」

「でも、血が……」

「相原くん」


 翼の話を遮って風花が口を開く。翼の目をまっすぐに見つめて彼女は翼に尋ねる。


「巻き込んでしまって本当にごめんなさい。私の話を聞いてくれる?」

「う、うん。分かった。でも、とりあえず血を止めないと」


 翼は戸惑いながらもガサゴソと、自分のカバンの中に止血に使えそうなものがないか探す。そうしている間に、風花は血が出ているところに手を当てて「wind healウィンドヒール」と呟いた。すると、風花の手から暖かな白い光が出て、あっという間に止血してしまう。


「これで止血できた。心配してくれてありがとう」

「……すごい」

「相原くん」


 翼が風花の魔法に感動していると、風花が真剣な声で話を進める。




※※※※




「今日のことは忘れてほしいの」

「はぇ?」


 あれ? こういう時はたいてい一緒に戦ってほしいってことになるんじゃないのかな?

 僕は思っていたこととは違う展開に、つい変な声が出てしまった。


「巻き込んでしまってごめんなさい。相原くんの力はその石を持っていたから変身できて、魔法が飛び出したの。だから日常生活の中で勝手に変身したりしないから、安心してほしい」

「あ、えっと……」

「怖い思いをさせて本当にごめんなさい。それと、戻ってきてくれてありがとう、嬉しかった」


 彼女は混乱したままの僕に構わず、事情を簡単に説明する。お礼を言う時には、またあのぎこちない笑顔で少し微笑んでくれた。


「立てる? そろそろここを離れた方がいいと思うの。今の騒ぎを聞きつけて誰か人が来ると大変だから」


 そう言う彼女はまた無表情に戻っている。立ち上がり、僕が立つのを手伝おうと、手を差し出してくれる。


「え、あ、うん……」


 僕は戸惑いながらも彼女の手を借りようと手を伸ばす。その時、初めて気がついた……



















 震えている?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る