今後の話

「やあ。さっきぶり。ずいぶん綺麗になったね」

「おう。ぴっかぴかだ」

 白黒の女に少女は少年の部屋まで連れていかれた。

 小綺麗になった自分を少しだけ誇らしげな感じで少年に見せびらかせて、少女はその場でくるりと回った。

 少し身の丈に合っていない使用人服のスカートの裾がふわりと舞う。

「うん。可愛くなったね」

「そうか? まあお前がそういうんだったらそうなんだろうよ」

 きひひ、と少女が不気味に笑う。

 どうもそういう笑い方が癖になっているらしく、先ほどからそういった笑い方をしていた。

「ところで殿下。こちらの少女の今後ですが」

「うん。それがどうかしたの?」

 白黒の女は小難しい顔で口を開く。

「人形にすると仰っていましたが……何をさせるおつもりでしょうか?」

「そばに置いといて、話聞いてもらったり一緒に遊んだりするだけだよ。たまに抱きしめたり泣きついたり。母上とおんなじようにね……それだけ」

「だけ、ですか?」

「うん。ご不満?」

 にこりと少年が笑う、白黒の女は表情を変えずに小さく頷いた。

「殿下。恐れながら申し上げます。彼女をただの人形として扱うのはどうかと……それにこの少女、物を知らなさすぎです」

「ん? 遠回しに馬鹿って言ってんのか?」

「いえ。どちらかというと頭は良い方かと。ただ知っていることが少なすぎるのですよ、あなたは」

 おそらく理解力は悪くない方なのだろうと白黒の女は考える。

 それにわからないことや気になったことをきちんと『わからないから教えろ』と素直に聞いてくるのも悪くない。

「ですのでしっかりと勉強はしておいた方がよろしいかと。殿下のお側に置いておくのであれば、それにふさわしい教養を身につける必要があるかと」

「えー……別にそういうのよくない?」

「いいえ、よくないです。貴方様はそれで良いかもしれませんが……最低限の教養どころかマナーすら身についていないこの子を厭う者が大勢出てきてしまうでしょうから」

「そうだとしてもこの子は僕の人形だよ。文句なんて言わせないし」

「……それでもこの子を見る目は良くないもののままですよ」

 おそらくこの少女は奴隷としてこの少年が買ってきたのだろう。

 言ってしまえば何処の馬の骨かわからないような最底辺の身分の人間だ。

 そんな身分の少女だ、ただここにいるだけでその存在を厭い蔑む者がここにはたくさんいる。

「うーん……まあ確かにそうかもしれないけど……」

「ただでさえこの子のことをよく思わない人間はたくさんいるでしょう。貴方様のそばにいる、ただそれだけの理由で殺されてしまう可能性だってあります」

「はあっ!!? なんで!!?」

 話をぼんやりと聞いていた少女がバッと白黒の女の顔を見上げた。

「この方はとても高貴な方ですから」

「こうき、ってなんだ?」

「……要するに、すごく偉い方なのです」

「ああ、そうだな。金持ちだもんな?」

「……ええ、そうです。お金持ちなのです。お金持ちな人と仲良くなれば、その人から多くの物をもらえるかもしれませんよね?」

「ああ、まあそうだな? 今の私みたいな感じってこと?」

「ええ。ですから多くの方が殿下と仲良くなりたいと思っているのです。そんな方たちは、殿下に買われて大事にされているあなたのことを邪魔だと考えます。あなたさえいなければ仲良くなれたのは自分だったかもしれないのに、と」

「うんうん。…………あー、だから邪魔な私は殺しちまおうってこと?」

「そういうことです」

 少女が理解できたらしいので白黒の女はとりあえずホッとした。

「えー……そんな理由で殺されたくないんだけど……」

「ええ。ですのでただ殿下のご寵愛を受けているだけ、という状況は避けた方がよろしいかと」

「ごちょーあい?」

「大事にされている、という意味ですよ」

「ふーん……で? どうすればいいんだ?」

「働いてください。それでもまだあなたの存在はよく思われないでしょうが、何もしないよりはまだ良いでしょう」

「ほう? 何をすりゃいい?」

「あなたにはまず下働きのメイドとして働いてもらいます」

 メイドって何すりゃいいんだと少女が聞こうとしたところで、少年が口を開いた。

「ちょっと待って。僕のなのに働かせるの?」

「殿下のものだから働いてもらうんですよ。最初から殿下付きにするのは色々と問題があるので……基礎を一通り叩き込んでから殿下付きのメイドとして働いてもらいましょう……それでもだいぶ特別扱いとなってしまいますが……」

「なあ、めいどって」

「……メイドなんてさせたら遊べないじゃないか」

「殿下だって四六時中この子と一緒にいられるわけではありません。その間なら問題ないでしょう? まだ子供ですからそれほど長時間働いてもらうわけにもいきませんし……」

 白黒の女がそう言うと少年はうーんと唸った。

「それにそういう理由付けでもない限りいつかこの子は追い出されてしまいますよ。いくら殿下のお気に入りであったとしても。……いいえ、殿下のお気に入りであるからこそ」

「……わかったよ。任せる」

 どうやら折れてくれたらしい少年に白黒の女はホッと息をついた。

 実際、この少女のことを少年が完全に囲い込んでただの人形として扱うのは実は簡単なことだっただろう。

 この少年の身分ならそれをしても許されてしまう。

 だがそれではこの少女はどうなる?

 ただの人形として愛でられるだけの存在としてしか生きられないだろう。

 今はまだそれでもいいだろう、だがもしもここ少年が少女のことを飽きて捨てようとしたら?

 そうすれば、何も知らない何もできない状態でこの少女は捨てられるのだろう。

 飽きられずに捨てられなかったとしても、年頃になった頃には色々と問題が出てくる。

 そうなればただ寵愛を受けるだけの人形でしかない少女は確実に命を狙われる。

 だから少しでもましな方へ、せめて少女にこれから向けられるであろう殺意を少しでも減らさなければ。

 何もしなくても別によかった、むしろ白黒の女の立場なら何も言わずに黙っていた方が身のためだっただろう。

 それでも、黙ってはいられなかったのだ、何もせずにはいられなかった。

「なあなあ、めいどって何すりゃいいんだ?」

「掃除やお洗濯などを」

「ふーん……やったことないんだけど大丈夫か?」

「ええ。私が一から教えますから」

「なら大丈夫か……?」

「大丈夫ですよ。安心してください」

 不安そうな顔の少女の頭をうっかりかつて娘にそうしていたように撫でたら、少年が少しムッとしたような表情をした。

「でも今日からってわけじゃないよね。早くても明日からだよね?」

「ええ。服もそれだけですし……サイズがあったものが準備出来次第、といったところでしょうか」

「わかった。なら今日はずっと僕の人形ってことでいいよね。今日は母上も僕がいなくて大丈夫みたいだし」

 と、少年が少女の手を引っ張って自分の方に引き寄せて、しっかりと抱きかかえてしまった。

「……ええ。今日は何も」

 おもちゃを取り上げられそうになった子供のような少年の顔に白黒の女は溜息を飲んでそう答えた。

「おい。何を」

 少女は不満そうな声を上げるが、それでもおとなしくしていた。

「それじゃ、ありがとうメイド長。休憩と仕事の邪魔をしてしまってすまなかった」

「いえ……何かあればまたお申し付けください」

 言外に出ていけと言われたので、白黒の女はおとなしく引き下がることにした。

「色々とありがとうな、めいどちょー」

 一礼して部屋を出る前に少女にそう笑いかけられ、白黒の女は表情を少しだけ緩めた。


 ――こうして未だ名の無い少女は少年のメイド兼人形として働くこととなった。

 名前のない少女はその後主人から名を与えられ、少年のメイドとして18歳までは多くの困難に直面しつつもたくましく生きることとなる。

 彼女が自らの主人である少年の母親に毒を飲ませて殺したあの日までは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人形の人形 朝霧 @asagiri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ