七ヶ宿ダム

 宮城県と山形県を結ぶ道路は何本かある。


 南北に奥羽山脈があり、これを突っ切るように東西を結ぶことになるので、どこも峠道だ。


 殆どの道はタンクローリーの仕事で走ったことがあるのだが、県の南に位置する七ヶ宿と南陽を結ぶ国道113号線は、会社から通ってはいけないと言われていた。


 しかし、この道は美味しいお蕎麦屋さんが沢山あることで有名で、カミサンのリクエストもあり、ドライブがてら最近訪れるようになった。小原温泉の先に一件、昔ながらのスタンドがあり、そこへは何度か配送に来たことがあったのだが、そのスタンドから上は殆ど通ったことがなかったので、私も楽しみだった。


 以前訪れたのは夏だった。歴史のある、とても美味しいお蕎麦屋さんが何件もあるので、新蕎麦の季節になったらまた来よう、という話をしていた。


 とある有名なお蕎麦屋さんは代が替わり、今風のマーケティングをしている。ホームページがあり、LINEのアカウントがあり、様々なサービスを提供してくれている。


 カミサンは早速LINEの友だち登録をして、新蕎麦の情報を得ようと楽しみにしていた。


 しかし見落としたようで、今回思い立ったように出かけることになった。


 私は今年スタッドレスタイヤを買い換えたのだが、実はこの蕎麦屋へ来るために買い換えた。峠はあの有名な小国峠へと続く国道。かなり雪が多いと聞いていたので、北海道でも評判の良い韓国製のナンカンというブランドのスタッドレスタイヤを通販で買い、密かに組み付けておいた。


 峠を登り県境も近くなると、今まで乗用車ではあまり走ったことのないような圧雪だった。秋田との県境でもよくこのようになるが、アスファルトに氷が張り付いているような感じになっており、こうなってしまうと除雪車のカプラーで引っ掻いたところで路面は出てこず、大型車だと、絶対に上り坂では止まれない状態である。


 しかし今日は乗用車だし、スタッドレスも新品だったので、このような路面状況だったが大丈夫だった。後ろから地元民のような車が張り付いてきたので、これに気を遣いながら60キロくらいで登ることができた。


 峠の頂上少し手前にあるその店に無事到着したのだが、あいにくの臨時休業だった。カミサンの情報によると、新しいご主人が腰を悪くしており、その影響もあるのではないかとのこと。こればかりは仕方ないと、途中に営業していた他のお店に行くことにした。


 次に到着したお店は、雪の中、がんばって営業してくれていた。参勤交代の頃から営業しているという、とても歴史のあるお店だった。寒かったので「にしん蕎麦」あたりを食べたいとカミサンは言っていたが、やはり蕎麦は冷たいのがいいかなと、二人で王道の天ぷら蕎麦をいただいた。


 天ぷらはさくさくの絶品、干し柿の天ぷらが珍しかったが、美味しかった。蕎麦もとてもいい蕎麦の香りがした。さいごのそば湯まで十二分に楽しませていただき、店を後にした。


 この峠には、途中にダムがある。道の駅の隣に資料館があるので、今日はここへ行ってみようということになった。以前来たときには有料だったので辞めてしまったのだが、今回は二人とも、本能的に行きたいという衝動に駆られていた。


 あまり人が来ないのか、私達が料金を支払うと、係の方が展示室の電気を点けてくれた。中にはダムに沈んでしまった集落の写真や歴史が解説されている。当時の写真や、実際に生活していた家の中の様子や道具などが展示されており、興味深かった。


 とりわけ私達の興味を惹いたのは、この道路が参勤交代で使われていた歴史がある、ということだった。当時はもちろん車などない中、地方と江戸を往復するのはさぞかし大変だったことだろう。ここはまだ江戸から300キロと少しなのでいい方であり、1500キロ近く離れている薩摩の方々は本当に大変だったよなぁ、などと二人で話をした。


 先ほど蕎麦をいただいたお店も、この人たちをもてなす仕事をしていた歴史があると、店の中の解説にあった。草履を作って売っていたと言っていたが、当時の人たちは長い道中、何足の草履が必要だったのだろう。


 また、このダム建設にあたっては、三つの集落が水の中に沈むことになったという。都市部の産業発展の為とはいえ、参勤交代のもっともっと前の時代から、先祖代々受け継いできた土地を離れなければならなかった人たちの気持ちを考えると、今、何の不自由もなく暮らすことが出来ている私達の生活は、このような人たちの犠牲の上に成り立っているのだと、感謝せずにはいられなくなった。


 展示資料を見ていると、このダムの水は、約50キロも離れている私の家まで、水道水として届けられている。


 私達は、ダムに沈んだ集落の歴史をこうして残してもらったこと、今現在、何不自由なく生活ができていること、蛇口を捻れば美味しい水がいつでも飲めるのは、ダムに沈んだ集落の人たちの犠牲があったからこそだということ、もっともっと様々な事柄に目を向けて、感謝しながら生きていかねばな、と、この歳にして思ったのであった。



 

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