妻の友人【続き】

 二つ前の話で、妻の友人が倒れたと書いた。


 しかし時を同じくして今回、妻が再び倒れた。


 倒れた、にもいろいろな状況があるとは思うが、妻曰く、今回は動悸が激しくなり、心臓が飛び出そうな状況になり、このまま死ぬんじゃないかと思うような状態になってしまった。


 昨日夜、一緒にテレビを見ていた頃から動悸の症状があったらしい。朝起きたら治っているだろう、私に心配をかけてはいけないと、そのまま寝たのだが、翌日になっても回復する事はなく、症状は悪化して行った。


 仕事中も胸に手を当てると、ばくばくと速い脈が打っており、本当に大丈夫なのかと思いながら何とかパートの勤務を終え、いざ我が家でのリハビリ会議へ。


 顔なじみの看護師さんがいたので脈を取ってもらうと、明らかな異常を認めた。看護師さんに「体調が悪いので会議は早く切り上げて下さい」と嘆願するも、会議は30分ほどかかり、その後かかりつけ医へ。


 かかりつけ医で診察中、妻の動悸は段々と酷くなって行く。脈拍は130を超え、心電図には今まで見たこともないような波形が確認され、かかりつけ医では対処できないと判断された妻は、紹介状を書いてもらい、一年前に手術をした大きな病院できちんと診てもらうことになった。


 かかりつけ医が紹介状を書いている間、妻は待合室で待っていたのだが、この時が一番動悸が酷く、何度か救急車を呼んでもらおうと思ったという。


 かかりつけ医は大病院に連絡を取り、当直医に妻の状況を説明し、きちんと段取りを付けてくれた。


 何とか我慢して家に帰り、これから大きな病院へ行くという時、私に電話が来た。


 その日は電話が多く、着信が誰からかも確認しないで電話に出たのだが、電話に出ると元気のない妻からだった。


 動悸が酷く体調が悪いので、大きな病院へ行く。もしかすると入院になるかもしれないので、悪いけれどよろしくお願いします、との内容だった。


 その大きな病院は県内でも数少ないドクターヘリを有する大病院だが、先日コロナのクラスターが発生したと報道されていたので心配だった。


 電話があったのは仕事の現場で、そこから運転して会社に帰ったのだが、道中は上の空状態だった。途中、前に強引に割り込んできたハイエースがいたので、珍しく大型車のクラクションを6秒鳴らして威嚇した。


 そんな事はどうでもよくて、妻の状態が心配だった。


 入院となれば、妻の状態を一番に心配しつつ、一方でまた、あの苦しい生活が始まる。掃除、洗濯、買い物、弁当&食事作り、洗い物、ゴミ出し、そして自分勝手な義父への気遣い…。今、妻にお願いしていることを全て自分でやらねばならない。数年だけ、一人暮らしの経験はあるにせよ、もう、今は全て妻任せになってしまっているので、こうなると私は痩せ細ってしまう。昨年妻が倒れた時には10キロ以上体重が減った。


 また、妻がこうなってしまった原因を考えると、更に気分が悪くなった。私が思うに、妻の身体自体はおそらく健康だと思う。丈夫な身体を持って産まれているので、殆ど風邪を引かないし、臓器や身体の部位に悪い箇所があるようには思えない。


 これを引き起こしているのは、紛れもなく、ストレスだと思うのだ。私との話の中で、妻は義父の存在を察知してしまうだけで嫌なのだと言っていた。存在の気配、物音、テレビ音、トイレや台所に動く音、そして好き勝手に買い物をし、大量にゴミを出し、魚の缶詰を洗いもせずに捨てて臭いを出し、身体の事も考えない自分勝手な食事をし続ける姿に、我慢がならないのだ。


 自分勝手極まりない義父と、繊細で気遣いが出来過ぎるあまり、自分でストレスを抱え込んでしまう娘である妻。


 私が家に帰り、台所でお茶漬けを作っていると、義父は私の隣にひょうひょうとやってきて、何も語らず、あらかじめ食べようと自然解凍してある、通販で買った味の濃い豚丼の肉を、フライパンで焼き始めた。


 我が家の換気扇は現在少し調子が悪く、回すと大きな音がするようになってしまった。新しい物を通販で買って私が直そうかと妻に聞いたところ、少し大きな音がするだけでまだ使えるから大丈夫だよ、と言われたので、新品の購入と修理はあえてせずにいた。


 義父は先日、一つ1500円もするかぼちゃを買ってきて、自分では切れないので私にカットを依頼し、それを煮たのだが、その時、換気扇を回していなかった。自分の気に入らないことはしない自分勝手な性格、音がうるさいので換気扇を回さないという事実が、如実に彼の人生と性格を表している。


「うるさいかもしれませんけど、料理するときは換気扇を回して下さいね。油が部屋に回って、妻が大きなストレスを感じてしまうんですよ。今回の病気も、こういう小さな事が積み重なった結果なんですよ」


 豚丼を当然の如く、換気扇を回さずに作り始めたので、私は大きな声でこう言い、横から換気扇を回す紐を力任せに引っ張った。換気扇が調子の悪い呻りを上げる中、義父は返事もせず、自分の食べる、味の濃い豚丼をフライパンで作り続けた。ちなみに彼は昨日、リハビリ会議で体重が増えすぎているので食事に注意するようにと指導されたばかりである。彼にとって、食事に関する指導や提案は、あってないようなものなのだ。


 食事をし、洗濯機を回し、洗い物を済ませ、洗濯物を干し、明日の弁当の米をとぎ、今日は一階の居間で寝ようと、二階の自分の部屋からいつも寝ている寝具一式を持ってきて、妻から電話が来たら起きようと眠りについた。


 寝入りばなに妻から電話があった。


 何とか状態が回復して、今回は入院せずに済みそうなので、悪いけれど病院まで迎えに来てもらえますか? との事だった。よかった。


 夜の大病院は一年ぶりだ。緊急患者入り口の赤いサインや、広大な駐車場に数台の車しか停まっていない様は何度も見たいものではないけれど、それなりの雰囲気がある。


 タクシー乗り場と少し離れた所にある、送迎専用口に車を着けると、勤務上がりの看護師と見られる若い女性が数人、小綺麗な格好をし、スマホを片手に横を通り過ぎて行った。


 精算、薬、会計で時間がかかったようで、40分ほど待っていると妻が出てきた。


 妻は開口一番、明日の朝も早いのに申し訳ないと私に謝った。その後、今日自分の身体に起こってしまった事を、順番に説明してくれた。


 実はこの症状、妻の友人に起きたものと殆ど同じだった。


 更に驚くことに、この大病院は新型コロナウィルスの感染者が出たことで、一昨日、昨日と、緊急患者の受け入れを中止しており、今日から再開したのだという。


 家に帰ると妻はすっかり元気になっていた。


 彼女と一緒に暮らす事のできる一日一日に心から感謝して、大切に生きて行けねばと思った。



 

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