知人は阿久悠レベル

 田舎暮らしを実践するにあたって、ご近所はとても大切だと思う。


 かつての日記にも何度か登場しているけれど、私がキャンピングカーで暮らしていた土地には、三軒お隣にTさんがいた。


 屋久島に興味を持った当初は右も左もわからず、屋久島パインに勧められるがまま、屋久島の綺麗な海と山の景観に心惹かれるがままに土地を購入した。


「水あるから、よかったらうちへおいでよ」


 購入後は何度か自分の土地を訪れ、テントを張って寝たりしていたのだが、その際にお隣のTさんが声をかけてくれた。


 Tさんも同じ東京からの移住組。田舎暮らしの本を見て、屋久島パインのアンケート葉書を投函したことから始まり、土地の購入、家の建築、そして移住となった方だった。打ち解けるのに時間はかからなかった。


 Tさんはその人柄から地域の人にも愛されていた。次第にTさん宅は地元の方が夜な夜な集まる場所となり、私も時々顔を出すようになっていった。ここで紹介してもらうことで、集落の生活に馴染むことができた。


 島を離れても、年賀状や季節ごとに屋久島特産のたんかんを毎年送ってくれていた。私も宮城県の名産品を贈ったりして、数少ない、心を許せる人の一人だった。


 「身体がだんだん弱ってきた。最後に会えないか?」


 数年前の手紙にこう書いてあった。


 私は今でも事業の借金を返済しながら、何とか毎日を凌いでいる生活が続いている。屋久島に行くとなれば、今生活を支えているバイトを休まねばならないので、その分の給料は貰うことができない。当然、交通費もかかる。


 私は申し訳ないけれどどうしても行けない旨の返事をした。


 秋になって、そろそろ果物も出てきたので、今年も何か贈ってあげようと思い、何か喜んでもらえる物はないかと探していた。うちのオヤジと同じ、酒好きのTさんにはやっぱり笹かまぼこだよな、ということで、今年は宮城県産の笹かまぼこを地元のネットショップから注文して、屋久島のTさんのお宅へ発送してもらった。


 数日して、荷物のステータスを見てみると、転居(転居先不明)になっていた。


 すぐに発送してもらったネットショップに連絡すると、配送できなかった場合は、一度に限り、自宅に同じ商品を届けてもらえるのだという。


 有り難かったが、複雑な気持ちになった。


 あれだけお世話になった方だったし、東京は住みずらいので、屋久島に骨を埋める覚悟だとも言っていた。


 あの時、無理をしてでも遭いに行くべきだったのだろうか。


 かつて、休みも給料も心配することのない会社員だった頃と、今の苦しい生活とでは、全く状況が違う。


 今後、私の親を含めて、このような話を耳にする機会が増えるだろう。


 さすがに親の場合は何とか行かねばならないと思っているが、それ以外の場合は、ここから出て行くことは難しいのが現実である。


 少し怖かったが、Tさんの名前を検索してみた。


 音楽関係、とだけは聞いていたけれど、日本を代表する大物歌手のレコードのプロデユーサー欄にTさんの名前を発見した。阿久悠、森田公一レベルの立ち位置で、紅白歌合戦のトリで二回も歌われている有名な曲もあった。


 毎日焼酎ばかり飲んで、どうやって暮らしているのだろう…


 正直、島ではこんな噂にもなっていたが、四半世紀来の謎が今解けた。


 無理をしてでも遭いに行くべきだったと今さら後悔しても、もう時すで遅かった。

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