続・カミサンのワクチン【胸の断崖】

「本当に何もなくてよかった…」


 ファイザーのワクチンの二回目を接種し、数日の間様子を見るも、何も身体に変化の起こらなかったカミサンは何度もこう言っていた。


 同級生などは、二回目接種後に倦怠感や発熱などの症状を発症していたので、私は密かに心配していた。


 ところがである。


「かいかいかいかいかいかいかいかい」


 ある日を境に発疹が起こり、激しい痒みに襲われ、耐え切れずにぼりぼり掻いてしまっている。


 カミサンはアレルギー持ちで、脳の病気でMRIを撮影した際の造影剤でも同じような症状を発症した。


 皮膚科は混んでいて嫌だと自らでかなり強めの薬を買い、自分で塗っていたが、発疹は右側の背中に多く、思うように塗ることができない。


「悪いけどこれ、塗ってくれる?」


 私も薬の塗布を手伝うことになった。


 朝と夜の一日二回、カミサンの背中に薬を塗る。剣道三段の彼女は、私がふざけて身体に触ろうとすると、物凄い形相で嫌がり、素早く振り払う。そんな元気もどこへやら、今は年相応に垂れてしまった胸が収まる、くたびれた、金具もパッドもないゆるゆるのブラジャーを引っ張り、あっちこっちの患部を私に差し出す。人間の本能の羞恥心なのだろう、胸の先端だけは一応、私の前でも隠している。


 患部の発疹は薬を塗ると数日で紫色に変化し、やがて消滅する。その間にも身体の様々な箇所に発疹が発症する。


 数日して胸の横に、次の日には胸の元谷間の断崖に、そして次には首にと、症状は広がっていく。市販の強い薬は小さなチューブに入っているもののかなりの金額がするので、効率よい塗布の為、私が塗りすぎに気を付けながら、注意深く薬を塗っていく。もちろん、横乳にも、元谷間の現断崖にも。


 「ご新規さん」の患部は赤みが強く膨らんでいる。大概は彼女が搔きむしった跡の真ん中位にある。薬を塗ってあげると数日で痒みはなくなり、患部が紫色に変化し、やがて消滅する。言い忘れたが、リクシアナという血液をサラサラにする薬を飲んでいるので、これも厄介だ。


 今日はご新規さんが二人いたが、初期に大量に出没した箇所は青あざのようになり、殆ど症状はなくなっている。薬は強いので、何日も続けて塗布してはいけないらしい。強いからよく効いているんだと、彼女は自分なりに分析している。


 様々な困難を乗り越え、何とか二回の接種を終えた彼女。何とか頑張ってもらい、無事に抗体ができることを祈るばかりである。




 

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