郵便局のギフト

「やられちまったよ」


 実家の父から電話がかかってきた。開口一番、こんな事を言うので心配になった。


 父は警戒心が強いし、実家の電話には振り込み詐欺対策の機械が取り付けられている。まさかとは思ったが、ちょっと心配だった。


 親からの電話は、最近となっては、いよいよ良くない知らせが来てしまったのかと思ってしまう事が多くなった。


 よく聞くと、ローストビーフが何とかかんとか言っている。あれ、これ、それ、どれ、と、代名詞が増えてきて、外国人とまではいかないけれど、ちょっと聞き取るのに難儀する言葉の繋がりもある。


「戻ってきた」

「郵便局」

「おまえに贈ったのが」


 連想ゲームのようにして想像すれば、大抵わかる。まあ、そこまではおかしくないのだが、ちょっと大げさに書いてしまった。


 父と母は毎年、夏と冬に荷物を送ってくれている。こちらの義父は身体が大きいことから、かつては両国まで行って、相撲取り御用達のお店から服を贈ってくれたりしていた。その後も姉に連れられて、近くのデパートの売り場から、毎年、生活に必要な食用油やコーヒー、私たちが普段買う事のできないお菓子などを贈ってくれていた。


 ここ数年は外出もままならなくなってしまったことから、贈り物はもっぱら、近所にある郵便局からのギフトになっていた。


 今回も私達宛にローストビーフを贈ってくれたのだが、それが自分の所に送られて来てしまった、とのことだった。


 確かに、郵便局から荷物を贈るにしても、送る人と受ける人の名前を書く必要がある。おそらく、これが何かの勘違いか手違い、確認ミスによって、逆になってしまったのだろう。


 郵便局の人も、地元の団地の住所と宮城県の住所が書いてあるのなら、どっちがどっちなのだか、対面なのだからきちんと確認してくれたらよかったのに、と、一瞬思った。地元の郵便局に私が電話をして、こんな事がありましたので注意して下さいね、と、言おうかと思ったりもした。でも、やめた。


 父は心配性で、私達の家に何か変な物が届いてしまわないか心配だから、夜にもう一度電話をくれと言い、電話を切った。


 その夜、もちろん、何も届くはずはなかった。


 父に電話をすると、安心していた。今度は気を付けるから楽しみに待っていてくれ、とのことだった。


 肝心なローストビーフはどうしたのかと聞いてみた。


「期限があるからよ、今、かあさんと食っちまったよ」


 父は嬉しそうにそう言った。


 昭和一桁生まれで、太平洋戦争を体験し、戦後の食糧難を生き抜いてきた彼らにとって、返品などというおこがましい行為は、はなから頭にないようだった。


 次回は無事に届くことを祈るばかりである。


 

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