両国

 義父は今日退院する予定だ。


 日付に関しては、カミサンの所に本人からメールが来た。


 LINEじゃなく、メールである。


 そこには、「貴方の予定によっては予定が変わるかも知れないので」などと書かれていた。病み上がりでいつ再発するかもしれないカミサンに来て欲しい、来てくれて当然のようなその文面に彼女は怒り、再び血圧を上げてしまった。


 結局、介護タクシーを使って帰ってくることになった。私達になど言わず、はじめからそうして欲しかった。


 一昨年、一度目の入院の際は、かなり派手な感じで病院に入ったので、親戚やご近所、町内会などの知り合いに、彼の事は盛大に知れ渡っていた。いざ退院となった時には、いろいろな人から「おめでとうございます」などと言われて、何だかなと思ったものである。


 あれから二年が経過したので、彼の存在は薄くなり、周囲もさすがに落ち着いている。今回はもう、誰にも何も言われないだろう。


 前回の際は、常時の酸素吸入が必須だとかで、機械の説明があったり、自宅を改修するとかしないとか、デイサービスをどうするとか、お弁当はこうなりますとか、ケアマネージャーを中心として、いろいろと面倒な打ち合わせ事が発生した。


 てっきり施設に入ると思っていた私とカミサンは、酸素を吸入しながら自宅に帰って来ると聞いたときに、倒れそうになったものである。


 その後、何故か酸素は夜だけになり、皆様の大事な税金を使ってペースメーカーも入れ、自宅で約二年間、自由奔放な生活を続けている。


 自分の身体の為にと設定された配達のお弁当を断り、好きな物を買ってきて食べる。台所が臭くなり汚れる。夜に行う酸素吸入を嫌がってしないので、データが飛ばず、カミサンに連絡が来る。「全部自分でできる」と私達に啖呵を切ったくせに、洗濯物は洗濯機を回すだけで、干す、取り込む、畳んで収納するは、全てカミサン任せ。自分のエゴで太っているため、両国の相撲取りの洋服屋さんから取り寄せる綿100のグンゼの下着一式は扱いが大変で、毎日カミサンは約束が違うと愚痴を言いながら洗濯機から洗濯物を取り出し干しているので、ここでも血圧が上がってしまう。まだまだ、細かいことを言えばきりがない。本人は当然の権利のように思っているだろうか全くわかっちゃいないが、親子が同居するということは下の者にとってはとても大変なのだ。


 この二週間は静かでとても幸せだった。


 早く…してくれ、と、家にいる子供夫婦に思われているなど、微塵も思っていないだろう。おめでたい限りだ。

 

 当然、彼の病気はどうで、こうで、など、知らないし、知る由もないし、知りたくもない。


 傍から見れば悪い子供であるが、自分が蒔いた種でこうなっているのだから仕方ない。夫婦、親子、職場、人間が集まればいろいろな事がある。こんな風に公開されているのはほんの一部だけで、数多くの人が苦しんでいるに違いない。


 さすがに私には武器を取り出す勇気などないので、唯一の武器である筆にて反撃した次第である。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る