ゴキブリ

 地球温暖化が進んでいる。


 かつて、ここ宮城県のこの家に、ゴキブリはいなかった。夏はせいぜい気温が上がっても30度になるかならないか位の感じで、エアコンなどなくても快適に過ごせたらしい。


 私が30歳まで住んでいた東京は違う。


 夜になるとゴキブリが出現し、父親は新聞紙を丸めて、母親はスリッパを片手に追いかけ回していた。よく漫画にある、あの絵と全く同じだ。


 プラスチックでできた茶色い箱に、一方通行の入り口があり、その中に餌を入れてゴキブリをおびき寄せ、生け捕りにする装置があった。魔法使いのような顔をした人が書かれた箱に入っていて、子供ながらに何だか不思議だった。※


 この中にゴキブリが入ると、母親が装置を外に持ってきて、太陽にさらしていた。装置の上部には透明の蓋があり、太陽光が届くようになっていた。夕方になると、ゴキブリたちはひっくり返って、中で息絶えていた。


 母親はその装置を外の井戸水で洗い、再び餌を入れて、台所に設置した。



 ほどなくして「ごきぶりホイホイ」が発売され、これの組み立てと、ゴキブリがひっつくノリ兼エサの塗布が、私の仕事になった。これは透明な部分などないので、毎日横から覗いて、何匹か入った時点で、新しい物に取り換えていた。1973年のことである。小学校に入るか入らないかという多感な時期だったからか、ごきぶりホイホイが画期的で、組み立てるのが面白くて、更にその中に生きたゴキブリがひっついているかどうかを毎日確認するのが、結構楽しかった。



 こちら宮城県で、過去にも何度かゴキブリが現れた事があったが、小さい個体だった。


 しかし今年は違い、数日前にかなり大きなゴキブリを三匹、カミサンが台所で発見した。


 カミサンはゴキブリに対する抗体ができておらず、このサイズのゴキブリを嫌がっている。まあ、ゴキブリが好きという人もそういないだろう。


 カミサンは得意のスマホで口コミなどを調べ、行きつけのドラッグストアで翌日にそれを買ってきた。


「次の日からいなくなるんだって」

「巣まで持って行くから、全部死んじゃうらしいよ」


 カミサンが調べてくれたので間違いないだろうと、私は買ってきてくれた駆除剤を台所に設置した。残しても使い道がないので、説明書に書かれているよりも密に、これでもかとばかりに設置した。


 設置した当日の夜、もういないはずのゴキブリが一匹現れた。まあ、強いヤツもいるんだろうと思っていた。


 設置二日後の昨日夜、二匹現れた。カミサンが悲しそうな顔をして訴えている。


「悪いレビューも見れば良かった」

「全然効かないで、エサでおびき寄せられたのか、余計に増えちゃった人もいるんだって」

「横を通り過ぎるだけで、全然食べないヤツとかもいるらしいし」


 何だか可愛そうになってしまい、私はすかさず答えた。

 

「この前、超音波でモスキートやゴキブリが嫌がる音を出す装置を中国の通販で買ったから、今度これを設置してみるよ」


「身体に害はないの?怪しさ満載ね」

 カミサンは可哀想顔から心配顔になった。


「大丈夫じゃねぇの?」

 よくわからない中国製の装置で、実績も何もわからないけれど、製品なんだから大丈夫じゃないかという、適当な返事になってしまった。江戸弁で、強めに返事をして、納得してもらおうと思った。


 人それぞれ、ゴキブリに対する戦い方がある。


 格闘はしばらく続きそうだ。



 

 調べてみると、これは岩谷産業のインタックという製品だった。燃料の会社とはまた違う岩谷産業さんである。販促用のゴキブリ怪獣のソフビやシールなどを積極的に製作し、販売促進に力を入れていたが、ごきぶりホイホイの登場によってあえなく姿を消してしまったという逸品だった。50年程前のこの商品、何と某アプリで未使用の新品が販売されている。


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