マスク

 コロナのはじめの頃、マスク不足が起きていた。

 

 出入りしている工場でもマスクが必須となり、私もマスクを着け始めた。


 同じ車に30年以上乗っているなど、元来物を捨てられないとか、言葉を変えれば物を大切にしなければならないという気持ちが私にはある。


 当時マスクは市場になかったので、一枚のマスクを何日も何日も使っていた。


 見かねたカミサンが、洗濯して何度も使えるタイプのマスクを楽天で買ってくれたので、これをずっと使っていた。予備に、ということで、もう一枚同じ物を買ってくれたが、こちらは封を切らず、有事に備えて備蓄している。


 毎日仕事から帰ると洗剤を入れた洗面器に浸け置きし、翌日の朝、風呂の中で洗って、水分をタオルで吸い取って持って行くのが習慣になった。


 同じマスクで季節が二つくらい進んでしまった。繰り返しの洗濯で紐が伸びてきて、マスクの輪郭が少し傷んできた。同じ車に30年乗っている私としては、こんな事は何ともなく、これからもこのマスクを着用する予定だった。


 しかし、ある日突然、カミサンから声がかかった。


 アイリスオーヤマ製のマスク、一箱30枚入りが差し出され、今のマスクをやめて、これを毎日使って下さいと言われた。カミサンは大病をしてから、特にコロナ対策に力が入っている。基礎疾患があるので、コロナにかかったら死んでしまうかもしれない。当然だろう。


 私は自分のエゴを捨て、カミサンの提案を素直に受け入れた。



 義父は、週に三回デイサービスに行き、自分では洗えない自分の身体を洗ってもらっている。自宅に帰ってきても手を洗わないので、見かねたカミサンが注意したらしいが、デイサービスで洗ってきたからと言って注意を聞き入れず、家に入ってもエゴを貫き手を洗わない。


 この老人には本当に困った。カミサンが死んでしまうじゃないか。


 

 今日も私は新しいマスクを箱から一つ取り出し、昭和53年製造の車に乗って職場に行き、トラックに乗った。人生いろいろあるけれど、何とか凌いで、一年後くらいにはもう少しいい感じになっているといいな、などと思った。



 

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