10年

「おい!」


 庭仕事をしていると、隣のお爺さんに声をかけられた。


「切ってけろ。雨で濡れるから」


 向こうのあじさいを指差して、爺はそう言った。


 爺は近所でも有名な変わり者。免許がないのに、車に乗っていたような人だ。我が家では相手にする者もいなかったが、私が来て、一応愛想良く応対しているので、何かあると私に声をかけてくる。


 かつては私も穏やかでいることができたが、今はちょっと状況が変わってきた。義父は朝から大音量でテレビを見ている。庭を綺麗にしても、ねぎらいの言葉もない。私やカミサンが作業をしていても、かまわず勝手に台所に入ってきて、自分の食事を持って行く。先日は代引きでイカの燻製を買い、冷凍庫はイカだらけ。網を出して焼くので、これが臭う。


 外で身体を動かさなければやってられないので、今朝は庭の手入れをしていた。そこへ隣の爺がこんな事を言ってきたのだ。


 あじさいだって、そんなに伸びている訳じゃない。隣の木だって、うちの邪魔をしている部分がある。長い間、庭木に関しては、「お互い様」が暗黙の了解となっていた。


 虫の居所が悪かった私は、ついつい、大きな声を出してしまった。


 先日は、私がタイヤ交換時の歯止めとして使っていた、ちょうど良いサイズの石を、この爺が勝手に持って行き、庭のゴミの重しにしていたので、この件も言った。


 しばらくの間、爺からは遠い玄関前の石に座って、カミサンが朝買ってくれたペットボトルのジュースを口にしながらぼーっとしていた。雨が少し強く降り出した。


 今日は雨が降るからと、カミサンが家の中に干して行った洗濯物を、私が「雨が降ったら入れるから」と、外に出していた。この洗濯物を、慌てて部屋に入れた。


 昼、ご飯を食べた後、カミサンにLINEで、隣の爺とやり合ってしまった旨を告げた。



 仕事が終わったカミサンは、私を、隣町のショッピングモールに連れ出してくれた。久しぶりに、津波被害で浸水し、かさ上げ工事が完了した道路を通った。


 当たり前に車やトラックが走っているが、このかさ上げ道路を作るのは大変だった。山から海まで、朝は暗いうちから、夜は日が暮れるまで、毎日毎日ダンプカーで、スピード違反をしながら、既定の回数、土を運んだ。


 数本ばかりの、津波を生き延びた松が見える。川の両岸は、護岸工事が完了し、コンクリートの建造物が海までびっしりと続いている。


「10年か…」

「10年でやっとこれだもんね」


 長いようで、短いようで、やっぱり長い10年だ。


 今回、平成2年7月豪雨で被災された方々は今、大変な思いをされていると思う。復興には時間がかかるけれど、何とか一歩一歩前進し、頑張って欲しい。かつてはどうにもならないんじゃないか、もうこの地域はダメなんじゃないか、と思っていた、津波被災地域も、何とかこのように、完全ではないけれど、復興を遂げている。自然の力は偉大だけれど、人間の力もまた、偉大である。


 がんばろう日本。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る