どら焼き

 休みの日の昼ご飯は、カミサンがご飯の残を調整して、最低でも一膳分を炊飯器の中に残しておいてくれる。


 ところが昨日、お昼ご飯を食べようとすると、ご飯がない。我が家には自家用と義父用、二つの炊飯器があるが、両方とも空である。


 ちょっとおかしいなとは思ったが、私は食に対して全くこだわりがないので、冷凍庫から冷凍されたご飯を取り出し、解凍して食べた。


「うそ!」


 夕飯時、カミサンにその事を報告すると、目を丸くしていた。

「あたし、ヒロシの分、ちゃんと残しておいたよ」


 先日、めでたく初荷列車が出発したが、宮城県は全国有数の米どころ。米に対して強いこだわりを持つ人が多い。新米が発売され、我が家も早速新米を食べている。炊飯器の中にあったのは新米で、これを新米狙いの義父が食べてしまったらしい。義父は最近病院から戻ってきて、カロリーがコントロールされた弁当を食べている。新米が食べたかったのだろう。昔からの習性で、私たちには何の断りもなく食べてしまう。


 そして今日、朝起きて冷蔵庫の中を見ると、私のどら焼きがなくなっている。


 「ヒロシのどら焼き、冷蔵庫にあるよ」


 どら焼きは秋限定、栗のあんこが入っていて、カミサンは何度も私に食べるようにすすめていた。長いこと一緒に暮らしてきて、女子はさつまいもや栗、あんこ、といったものが好きなのがわかった。カミサンはラグビーワールドカップの試合を見ながら、美味しそうに食べていたのだが。


 過去に何回か、カミサンは私のおやつを、私に断りなく食べてしまったことがある。今回もそうだろうなと、私は勝手に犯人をカミサンと決めつけた。


 このような状況、たちが悪い。喧嘩の火だねになりかねない。私はカミサンに何と言って確認しようかと考えていた。文面を考えれば考えるほど喧嘩腰になり、しまいには精神が不安定になってしまった。


「俺のどら焼きないよね?」


 昼休みに確認した。確認しないのに犯人と決めつけるのはいけない。するとすぐ、カミサンから電話がかかってきた。よっぽどの用事でなければ電話は来ないので、これは緊急事態だ。


「どら焼き食べてないの?」

「食べてないぞ」

「うっそー。信じられない」


 どうやら義父が食べてしまったようだ。買い物と食べ歩きが趣味だった義父は病を発症し、入院。数ヶ月後自宅に帰ってきたが、買い物には行けず、不自由な暮らしが続いている。それにしても、一つだけ冷蔵庫にある我が家のどら焼きを、断りもなく食べてしまうとは。


 義父は高齢と病気で、食への理性が効かなくなってしまった。食欲のボケである。


「私たちで防衛するしかないね」

「危なく誤解するところだったよ。疑ってごめん。よかった」


 カミサンに確認しておいてよかった。原因がわかり、私の精神状態も元に戻った。


「電話したの私だっけ?」

「そうだね」

「じゃぁ切るね。午後からも気を付けてね」


 5分喋ると有料になってしまうプランのカミサンは、そう言うと電話を切った。


 通話時間4分50秒。さすがだ。




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