プロテアのせい


 ~ 十月二十四日(木) 木阿弥 ~


 プロテアの花言葉 王者の風格



 でかい。

 怖い。


 頭のお団子から。

 大きなプロテアを生やしたこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 学校へ来る間に。

 お巡りさんから三回も叱られましたが。


 そんな穂咲さん。

 いよいよ明日は。

 大阪の専門学校を受験するわけで。


 本日、授業が終わったらその足で。

 現地へ前入りすることになっています。


 ……クラスのみんなに愛される人気者。

 専門学校との勝負に二連敗中というこの人を。


 誰もが応援していて。

 朝から沢山のエールをいただいて。


 エールばかりでなく。

 お守りに千羽鶴に。

 必勝鉢巻きに日本一ののぼり。


「最後のは何のつもりです?」

「こんなに応援されたら、落ちるわけにはいかないの」

「まったくなのです。そののぼりだけは除いて」

「そんなことないの。愛情がこもってるの」


 この人、のぼりを随分とお気に召して。

 先ほどからブンブンと振り回しては。

 神尾さんを困り顔にさせるのです。


「あと、お守りをたくさん持ったら喧嘩しちゃうのです。どれか一つになさい」

「大丈夫なの。みんな仲良くするように言い聞かせたから」


 神様を諭すことができる大物。

 さすがはプロテアを頭に活けた王者。


 ならばその風格で。

 試験にも軽々受かってきてください。


「おばあちゃんが、いいお宿を取っておいてくれたの。晩御飯楽しみ」

「それで落ちたら大目玉ですね」

「平気なの。今度こそ余裕なの」


 授業中だというのに。

 鼻歌など歌う君の向こうに。

 うっすらフラグが立ったように見えます。


「調子に乗っていると、また失敗しますよ?」

「そんなことないの。この試験が終わったら、あたし、道久君と満漢全席を食べるの」

「なんというこてこてのフラグ」


 しかも。

 だれが支払うのです?


 君はそうして。

 笑顔でいますけど。


 俺はずっと。

 不安で仕方ありません。


 ――近い将来。

 もう、数ヶ月後には。


 別々の朝を起きて。

 別々の電車に乗って。

 別々の友達と笑い合うというのに。


 受験当日、たったの一日。

 となりにいないという事が。


 こんなにも俺を不安にさせるなんて。


 でもまさか。

 大阪までついていくわけにもいかず。


 心配で仕方のないこの状況。

 少しでも俺自身を落ち着かせるために。

 ちょっとテストでもしてみましょうか。


「では、満漢全席について小論文を書いてみなさい」

「簡単なの」


 そう言いながら書いた冒頭。

 やはりと言いますか。

 不安的中なのです。



 『満貫全四千』



「親ですか」


 とは言えさすがに。

 これは冗談でしょう。


 そう思っていたのですが。

 続く本文を見て。

 さすがに慌てました。


 I get victory party .


「いやいやいや。なに書き始めましたか」

「あってるの。特訓したの」

「特訓?」

「だって、こないだのテスト分からなかったから。英語の特訓したの」


 え?

 この間のテスト?


 ……外人さん向けの料理学校の!?


「ちょおっ!? 英語の特訓してどうするのです?」

「試験に役立つの」

「もしかして、漢字の勉強は!?」

「絵日記でばっちり」

「それで特訓してるの、絵ですよね!?」

「完璧なの」


 開いた口が塞がらない。

 そんな俺をよそに。


 穂咲は戦勝祝賀会らしき。

 満漢全席の模様を絵で描き始めたのですが。


 この人。

 絵文字で小論文でも書く気でしょうか。



 ……何かを取ると。

 何かを忘れる。


 そんな容量十メガバイトちゃん。


 今度はどうやら。

 出発時刻も忘れたご様子。


 おもむろに席を立って。

 旅行鞄を引きずって。

 日本一ののぼりを立てて。


「では、いざ鎌倉なの」

「大阪です。……もう行くの?」

「タコ焼きがあたしを待ってるの」

「……いってらっしゃい。頑張って下さい」


 不安しか感じない俺に手を振ると。

 穂咲は意気揚々と。


 たこ焼きの歌を口ずさみながら。

 教室を後にしたのでした。



「……まだ授業中だというのに。あいつはどこへ行く気だ?」

「連れ戻してくるのと、俺が廊下で立っているの。どちらを取ります?」



 後者になりました。


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