キンモクセイのせい


 ~ 十月二十二日(火祝) 酣 ~


 キンモクセイの花言葉 陶酔



 俺たちの家族旅行。

 今まで、屋外ばかりだった理由がよく分かりました。


 このメンツ。

 こういうところに連れて来ちゃいけないみたい。


「わははははは! お兄ちゃん、ビールお代わり! 大ジョッキで!」

「こっちも! 中ジョッキでいいわ! あと、枝豆みたいなの無い?」

「こちらも貰おうか、小ジョッキ。つまみにしたいから前菜をもう一皿くれ」

「居酒屋みてえなペースで飲むのな、あんたら」


 まーくんは呆れ顔で。

 ワインのグラスを傾けていますが。


 デパートの上の階。

 それなり高級。

 それなり静かなレストランで。

 このテーブルだけ大騒ぎ。


 騒がしさもさることながら。

 きっとお酒の量もマナー違反。


 大変恥ずかしいのです。



 ……でも。


「楽しいの」


 本日の主役さんに。

 そう言われるでは仕方なし。


 しかもこのお店に。

 皆さんを集めたのも俺ですし。


「やむなしなのです。いつものように、俺が立っていれば済むのですか?」

「ごはんは、たったらダメだよおにーちゃん!」

「おっと、そうでしたね。ひかりちゃんは何でも知ってるね」

「えへへ~!」


 ちょっと見ない間に。

 随分としっかりお話するようになったこの子は藍川ひかりちゃん。


 ダリアさん譲りのプラチナブロンドを両側で三つ編みにして。

 耳の上に、穂咲から貰ったキンモクセイを挿していて。


 利発で可愛いお姫様に見えます。


 そしてそのお隣りに座るのは。

 ひかりちゃんとまったく同じ髪型で。

 まったく同じ位置にキンモクセイを活けているというのに。


 バカにしか見えない藍川あいかわ穂咲ほさき


 ちょっと癖の強いピーマンを。

 自分の皿から俺の皿へ。

 ひょいひょい置いてますけど。


「ひかりちゃんが真似して、まーくんのお皿にピーマンを乗せるのでやめなさい。お店の外に立たせますよ」

「よく立つ人が必要な、βミチヒテンを多く含んでるの」


 なんです?

 その奇怪な成分。


「だから俺が食べろと?」

「違うの。食べないからあたしは立たなくて、食べる道久君が代わりに立つの」

「なるほど、それなら筋が通ってちょっと待て」


 いつもの不思議な論拠で。

 煙に巻かれそうになりましたが。

 俺ばかりが損なのです。


 とは言え、主役のお誕生日様へ。

 今日は文句など言えるはずはありません。


「……楽しんでいただけてますか?」

「うん。みんなが楽しいと、あたしも楽しいの」


 自分ではなく。

 みんなが楽しいことが楽しい。


 そう思うのならば。

 も少しこの人たちに。

 静かにするよう言ってもらえませんかね。


 周りの席の皆さんが。

 呆れてため息などついているので。


「皆さん、ちょっと酒量と声のボリュームを減らしてくださいな」

「わはははは! どっちもムリ!」

「そうよねえ! 二人のお誕生日祝いなんて、あと何回出来るのやら!」

「ほんとにそう思ってます? 祝ってるようには、まったく見えないのです」


 さっきから、俺と穂咲が小さな頃の話をしてはお酒を飲んで。

 まるでお酒のおつまみ扱いですし。


「そんなことより道久、冷奴的な物はないのか聞いてくれ」

「自分で聞きなさい。そんな恥ずかしいことできませんよ」

「バカもん。恥ずかしいから頼んでいるのだろうが」


 あいも変わらず。

 俺を便利に使ってくれますね。

 

 仕方なくウェイターさんに質問して。

 苦笑いと共にお詫びをされて。


 顔を赤くさせた俺に。

 ダリアさんがぽつりとつぶやきます。


「……少年も誕生日だというのに、ゴクロウだな」

「まあ、半ば覚悟の上の事でしたので」


 俺の返事に。

 まーくんと同時に肩をすくめるダリアさん。


 ふと、何かを思い出したような顔をした後。

 軽く頷いてから。

 驚くようなことを約束してくれました。


「では、クリスマスにはいい思いをさせてあげよう」

「え? なんのことです?」

「二十五日まで数日あけておくように。ゆっくり過ごせる宿をプレゼント」

「また旅行に連れて行ってもらえるのですか?」


 なんて嬉しいお話でしょう。

 俺の不遇を見かねて優しい言葉をかけてくれるなんて。

 さすがはダリアさんなのです。


「で? 行き先はどこなのです?」

「さあ。それは……、うふふのふ」

「どうしてミステリーツアー? 有難いのに素直に喜べないのです」


 しまった。

 この人が一番おかしな人だということを。

 ついつい忘れる悪い癖。


 うふふのふって。

 妙な所では無いでしょうね?


 不安しか感じない俺を尻目に。

 穂咲は随分と大はしゃぎ。


 行き先をあてずっぽうで言っては。

 とぼけるダリアさんを笑顔にさせるのです。


 ……いつもながら。

 人間の大きさと言いますか。


 同じことで心配する俺と。

 期待に胸を膨らませる君。


 この性格の差に。

 不条理を感じる俺なのでした。


「マア、それまでに進路が決まっていることがジョウケン」

「はい。頑張らないと……」

「道久君。ほんとに俺の手助けいらないのか? 式場なんていくらでも紹介できるけど」


 ダリアさんの向こうから。

 まーくんが心配そうに言うのですが。


「もうちょっと自分で探してみたいと思っているのです」


 俺の返事に。

 まるでおじさんのようにこめかみを掻いて。

 ため息をつくまーくん。


 お気持ちは嬉しいのですが。

 ギリギリまで頑張ってみたいのです。


 ……例えばこれが。

 同世代から、ちょっとした知り合いを紹介されるという程度なら話は別なのですけれど。


 もしそうなら、俺の仕事について。

 ご理解いただけなかった時点で簡単に断って下さると思うので。


 でも、先生だったり。

 まーくんだったり。


 そのような方からの紹介だと。

 俺の仕事はどうでも良くて。

 式場として、別口のメリットを見て引き受けてしまいそうで。


 もしそうなったら。

 思ったような仕事が。

 到底できるとは思えません。


「しかし、まったく仕事先見つからないんだろ?」

「一か所、交渉中の所があるのですが条件が厳しくて。……まーくんの目から見て、何か所くらいと契約できないと成り立たないでしょうか?」

「そうだな。……三か所でギリギリ。できれば四か所」


 なんと。

 そいつは結構厳しいのです。


「うむむ……。そう言われると、ちょっと自信が無くなって来ました」

「いやいや、最初から四か所なんて無理な話だ。まずは妥協せずに、道久君が思った通りの仕事をさせてくれる場所を一か所でいいから探すんだ」


 まーくんが。

 親身になってアドバイスをくれると。


「そう……、いや、なんでもない」


 一瞬、父ちゃんが何かを言いかけたのですが。

 すぐに、誤魔化すように店の入り口の方へ視線を移します。


 照れているのか。

 それとも、まーくんのアドバイスに対して自分の意見を言うことに抵抗があったのか。


 俺としては、父ちゃんの意見を聞きたいところなのに。

 この人は言葉を濁して。


 その代わりに。


 メガネをずり落としながら。

 叫び声をあげたのでした。


「ね……、猫が店に入って来た!?」


 そんなバカな。

 飲みすぎて、何かを見間違えました?


 そう思いながら、皆さんに遅れてのんびりと入り口の方を向いた俺に。


 ……巨大な猫が。

 フライングボディーアタック。


 そして俺は顔からテーブルに押し付けられて。

 コンソメスープへダイブしたのです。


「ごぼはっ!? げっほげほっ! スープの皿で溺れかけたのです!」

「やっと見つけたし! デパートに入って来たとき見かけて、一階から全部探して歩いた!」

「れんさん、落ち着くの。さすがに店内が騒然としちゃったの」


 そりゃそうだ。

 着ぐるみの猫が乱入してきて。


 お客に飛びついて。

 テーブルもめちゃめちゃにして。


 皆さん、席からガタっと立ち上がって。

 店員に連行されようとしている猫を凝視しています。


「ああん! 待ってちょ! あたし、道久君に用があって来たの!」

「その……、すいません店員さん。お宅で飼っている猫さんとは確かに知り合いなので、用件とやらを言う時間をあげて欲しいのです」


 両腕を引っ張られて。

 引きずられていた猫さん。


 ナプキンで顔を拭う俺の言葉に両足をバタバタさせて喜ぶと。

 その姿勢のままで話し始めるのでした。


「ごはんたべさせて?」

「帰れ」


 そして再び引きずられていく間に。

 大声で騒ぎ始めます。


「ああん! 道久君が探してた結婚式場! 珍しいとこ見つけてあげたから!」

「珍しいとこ? ……すいません。詳しく」


 珍しいとはどういう事だろう。

 興味が湧いた俺は。

 れんさんの言葉に一瞬で食い付いたのですが。


 そんな話の腰を。

 酔っ払い共がぼきりと折ってしまいました。


「その声、このあいだの凄い美人!?」

「わはははは! 道久、結婚すんのかい? 猫と!」

「ちょっ……、ほっちゃん! 負けずに式場を道久君に紹介しなさい!」

「どこを紹介すればいいの? れんさんと道久君が結婚式あげるとこ?」

「そこは全力で爆破してきなさい!」


 もともと目をつけられていた迷惑なテーブル。

 繰り広げられるは、意味の分からない痴話げんか。


 さすがにお店の偉い人たちが出てきて。

 これ以上騒ぐとつまみ出すぞと一同を𠮟りつけるのでした。


 ……こんなの。

 ひかりちゃんに見せてはいけない光景なのです。


 俺は可愛い目を両手で塞いであげていたのですが。


「おにいちゃん。ごはんは、たっちゃダメよ?」

「いいえ。俺はいつでも立つことが許されている選ばれた人間なのです」

「すごーい! あたしもそれ、できる?」


 俺の手をかいくぐって振り向いたひかりちゃんが。

 羨望の眼差しで見上げてくるので。


 俺は、この時ばかりは。

 真剣に教えてあげたのでした。


「……ならば、βミチヒテンをちゃんと食べるのです」


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