ダリアのせい


 ~ 十月十八日(金) 素封家 ~


  ダリアの花言葉 華麗



 世に美食は星の数ほどあれど。

 これに勝るものは無し。


 純白と黄金との、妙なるハーモニー。

 朝露がこの上なく似合うなめらかな肌。

 夕闇の中にも眩しく輝くその色艶。


 本日は、私と彼女との心躍る物語について。

 ここに書かせていただこうと思う。



 高校生という四角い箱庭にあった私。


 四方を覆う高い壁。

 不自由という名のその枷が。

 如何に頑強な鎧であったのかという事を。

 箱庭から外へ飛び出す間際になって初めて。

 肌で感じることができる。


 よちよちと世界へ歩き出すまでの間。

 私達を守るためだけに。

 親が準備してくれた安全な場所。

 大人になるための場所。


 そんな学校というものと。

 同じ素材で作られた白磁の輝きに。

 私は指を添わせ考える。


 親の愛を結晶にしたその姿。

 この形状を評す言葉は他に無く。

 己自身の名が修飾語として存在するのみ。


 丸みを帯びた先端から柔らかな曲線が広がって。

 それがお尻で収束して。

 半球を形成する。


 涙型でもなく。

 楕円でもない。


 その名は。

 卵型。


 母親が娘を守るためにあつらえたその殻は。

 意地の悪い、真正面からの悪口をやすやすと弾き飛ばしてしまう。


 でも、人の心と同じよう。

 すぐ横から差し伸べられた優しさひとつで。

 硬い心にも簡単にひびが入り。


 その身を熱く焦がすほどの恋へと。

 真っ逆さまに滑り落ちるのだ。



 穢れも知らぬ透明な肌には白くファンデーション。

 柔らかかった瞳をアイラインできっちり硬くさせて。


 熱い恋に、恋する乙女は。

 このままでは火傷をして。

 きっと捨てられてしまうだろう。


 そんな彼女の目を覚ますために。

 私は乱暴にも。

 コップの水をその顔にかけてしまう。


 ああ、彼女は怒るだろうか。

 それとも許してくれるだろうか。


 答えを聞くには勇気が無くて。

 しばらくの間。

 私は彼女の顔を見ることができなくなる。


 この蓋は、心を分かつ扉。


 愛するがゆえに突き放して扉を抑え込む私と。

 はち切れんばかりの思いで泣き濡れたまま扉を叩き続ける彼女。


 そして彼女の涙も涸れ果てて。 

 扉を叩く力も弱くなると。


 私は意を決して。

 二人を分かつ天岩戸を開くのだ。



 霧立ち上る泉の畔。

 しばらく見ない間に。

 彼女はすっかり大人びて。


 白い薄手のケープにその身を包み。

 優しい香りと共に、私に話しかける。


 久しぶり。

 また会えてうれしいよ。


 水も滴るほど。

 どんな男性でも振り返るほど。

 美しくなったあなた。


 だけど私は知っている。

 あなたはそうして。

 大人ぶっているだけで。


 中身はあの頃と変っていない。

 まだまだ私と同じ。


 半熟のままだ。


 そんな彼女を白いベッドへ横たえて。

 黒いマフラーを回しかけると。


 彼女は。

 ただいまと呟いた。


 だから私は。

 心からの笑顔で返事をしたのだ。


 お帰り。

 そして。


 いただきます。



 ~🌹~🌹~🌹~



「合格!!!」

「……泣くほど?」


 昨日話していたプレゼンのため。

 わざわざ東京から来ていただいたダリアさんに。

 小論文を書いてみせたこの人は藍川あいかわ穂咲ほさき


 お店からはおばさんが顔を覗かせて。

 居間の俺たちの様子をチラ見していましたが。


 ダリアさんの反応に。

 しきりに頭を下げていらっしゃいます。


「素晴らシイ。穂咲ちゃんの才能へ、三億マデなら投資することを約束しよう」

「言いたい事がよく分からない変な作品に、出し過ぎなのです」

「そうなの、そんなにいらないの。三校くらい受けれればいいの」

「気の済むまでジュケンするといい」

「大学受験じゃあるまいし、全部受かっちゃいますから。行きたいとこ一つにしときなさいな」


 俺の指摘に。

 穂咲は五通ものパンフレットをテーブルへ並べると。


 内容も確認せずにカミサマノイウトオリ。


「もっとちゃんと選びなさいな」


 今週末と、来週末にも試験があるのに。


 あと一校。

 それだけ受ければきっと大丈夫。


 だから最後の一つ分だけ。

 ダリアさんに受験費用を出してもらいなさい。


「条件とか、校風とか。選ぶ基準は山ほどあるでしょうに」

「この五つは厳選した最終候補だけど、どれもあんま変わんないの」

「そうなのですか?」

「そうなの。週末に受けるとこ以外は、結局んとこ、あんま行きたくないの」

「なんで」

「全部、家からすんごく遠いの」


 なんと。

 そうなのですか?


 パンフレットを一つずつ確認してみましたが。

 確かにどこもかしこも。

 下宿した方がよさそうな駅名ばかり。


 ここのところ。

 穂咲の受験と自分の仕事先ばかり夢中で考えていた俺でしたが。


 パンフレットを眺めているうちに。

 嫌でも思い出すことになりました。


 ……もうすぐ。

 君の隣にいることが。

 できなくなるのですね。


「……ムダになっても構わない。その五か所、全部申し込んでおくとイイ」

「さすがにそんなに甘えられないの」

「分かっていない。私は、アマエてもらいたいのだ。オバとして」


 ダリアさんも。

 こう見えて、穂咲のことは大好きで。


 こちらに住んでいた頃は。

 暇さえあれば会いに来ていたのですが。


 今ではめっきり。

 お会いすることもなくなりました。


 一番近しい親戚も。

 離れて暮らすと縁遠くなるのが当たり前。


 なんだか。

 切なさと焦りが。


 一度に押し寄せてきたのです。


「……ええと、明後日受けるとこは近いのですよね?」

「そんでも高校より遠いけど……」


 そう言いながら穂咲が差し出してきたくしゃくしゃなパンフ。


 俺は駅の名前を確認して。

 ようやく人心地つきました。


「ここなら通えますね」

「そうなの」

「じゃあ、何としても受かってきなさい!」

「……そのつもりだけど、急にどうしたの?」


 うぐ。

 しまった。


 つい焦って。

 いらんことを言いました。


 答えあぐねて。

 視線を泳がせていたら。


 穂咲は急にくすくすと笑いだして。


「変な道久君なの」


 そして、着替えてくるのと席を立って。

 二階へ上がってしまうのでした。


「…………少年」

「はい」

「コドモのようなことを言わない」

「うぐ」


 確かに。


 穂咲の将来の事を考えたら。

 俺の不安を押しつけるなど良くないわけで。


 こちらの五校に比べて。

 条件の良くない学校ならば。


 否定しなければいけません。


 でも、一縷の希望。

 この学校が、他とそん色ないのなら。


 そんな気持ちで。

 パンフレットに視線を落として。



 ……そして、俺は。



 絶望したのです。



<試験内容>

 〇面接

 〇筆記試験(小論文(英語))



「えいごおおおおっ!?」


 慌ててパンフレットをめくってみれば。

 外人さん向けの国際料理専門学校と。

 しっかりはっきり書いてありました。


 ……これ。

 よく願書通りましたね?


「……少年」

「へい」

「take it easy」

「…………thanks」



 せっかく見つけた漢字の辞書。

 必要ないじゃない。

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