アメリカン・ブルーのせい


 ~ 十月十四日(月祝) 穽 ~


  アメリカン・ブルーの

      花言葉 清涼感



 台風一過。

 澄み渡る青空。

 清々しい秋風。


 だと言うのに。


 昨日も晴花さんと二人。

 上手にプレゼンできずに追い払われて。


 日曜の夕暮れ時。

 お隣の店番などしていたら。


 遊びに来たおばあちゃんから。

 正座させられてみっちりお説教。


 散々な目に遭った俺に。

 おばあちゃんが言うには。


 身の回りを整理すると。

 気の流れが良くなるとのこと。


 確かに、ここのところ忙しさにかまけて。

 部屋がかなり汚くなっていましたので。


 祝日の今日、俺は朝から。

 部屋の大掃除など始めてみたのですが。


「あ。これもらっていい?」


 お手伝いと言う名の盗賊。

 そのお頭の名前は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 簡単に二つに結んで。


 耳の上に。

 アメリカン・ブルーなど活けているのです。


「それは……、ああ、初めてバイト代で買ったグローブですか。あげますよ」

「じゃあ、ついでにこれももらってくの」

「オルゴール? そんなの持っていましたか。あげますあげます」


 押し入れの中の物を引っ張り出して。

 拭き掃除などしている間に。


 いらない物の山から。

 穂咲がなにやら見つけ出しては。

 引き取っていくのです。


 そしてワンコ・バーガーから貰って来た段ボールへ。

 必要なものを詰めて元に戻そうとするのを。


 こいつは、蓋をした端から中身を漁って。


「ねえ、これも欲しいの。ヘッドホン」

「ダメですよ。それは、いる物の箱なので」

「じゃあ、貸しといて欲しいの。今生の間」

「また現れましたね、怪盗・カリパクホサキンちゃん」

「ちゃんと返すの。来世になったら」

「はあ……。好きにしてください」


 ヘッドホンくらいあげてもいいかと。

 ため息交じりにぞうきんを絞って。


 本を抜き出した棚を。

 ごしごし磨いていたら。


 今度はこの人。


「お手伝いするの」


 綺麗にしたところへ。

 ジャンル分けしながら本を格納してくれるのです。


 ……が。


「ねえ」

「なあに?」

「……君の見解」


 なぜ星座図鑑の一巻と三巻の間に。

 宇宙戦争もののSFマンガを挟みますか。


「ドラマが始まるの」

「二巻の立場」

「二巻、借りていい?」

「……お好きにどうぞ」


 こいつは、おじさん譲りで。

 物を捨てることをしないので。


 必要な時には。

 ガラクタ部屋と化した。

 おじさんの部屋を探せば済むのです。


「あ! これも欲し……、借りたいの!」

「借りるという言葉の定義をちゃんと勉強してから言いなさいな。……ああ、それはダメです。ヘアアレンジの本は、これから必要なのです」


 付箋だらけの。

 いつも持ち歩いている本と違って。


 そちらはまだ。

 俺には難し過ぎますが。


 でも、必ず役に立つからと。

 おばさんからプレゼントされた品なのです。


「むう……。でも、すごくいい感じの本なの」

「君の部屋にも、似たような感じの本ありましたよ?」


 もっとも、ヘアアレンジというよりは。

 簡単なメイクとスタイリングの総合誌でしたけど。


「どんなやつ?」

「君の好きな、つり目のモデルさんが表紙のやつ」

「ああ、そう言えばあれ、借りっぱなしだったの」

「どなたから?」

「葉月ちゃんと瑞希ちゃん」


 そんな返事をしながら。

 『あたしが貰っていくもの』段ボールに。

 俺の本を投げ入れているので。


 慌てて回収しながら。

 穂咲へお説教です。


「ちょっとそこに座りなさい」

「……座ってるの」

「ペタンコ座りじゃなく。…………椅子に、でもなく」


 ぶつくさと文句を言う穂咲でしたが。

 ひとまず胡坐で妥協して。


 俺だけ正座で。

 なんでも借りっぱなしのこいつに教えてあげました。


「借りたものは、なるたけ早く返してあげなさいな」

「……そりゃ、当たり前なの」

「おいおい。借り物競争の世界ランカーが大きく出ましたね」

「あたし、世界レベル?」

「ヤドカリの次くらいには」


 この人の感覚。

 未だに測りかねるところがあるのですが。


 さすがに世界有数ということは理解してくれて。

 殊勝に首を垂れています。


「こないだ、クラスの皆にまとめて返してあげた時は、別に構わないよって言ってくれたの」

「それは優しさでしょうに。あるいは、興味って波があるじゃないですか。その人にとって、それを楽しむことが出来た時期を君が奪ってしまっているかもしれないのです」

「うう……、はいなの。ちゃんと返してくるの」


 言うが早いか。

 穂咲は部屋から飛び出して。


 ワンコ・バーガーでバイト中の二人に。

 本を返しに行った模様。


 しかし、素直なヤツとは思いますが。

 こんなことの面倒までみなければならないとは。


 時に大人びて感じることもありますけど。

 呆れるほど子供な所もあるヤツなのです。



 ……さて。

 本棚を復元しないと。


 ついでに、いらない本をまとめましょう。


 俺はちょっと思い切って。

 本当に必要な本だけをセレクトして。

 捨てることにした本を山に積んでいきます。


 穂咲が戻ってきたら。

 欲しがる本もあるかもしれませんし。



 ……図鑑の類は。

 もう見ないですね。


 辞書も、もういらないかな……。

 


 おや?



 ふと手にした漢字辞書。

 渋い緑色の装丁は。

 手垢と日焼けで。

 すっかりくたびれて。


 いらない本の山へ積もうとしたところで。

 どういう訳か思いとどまったこの辞書を。

 ペラリとめくると…………。


「これ……、まさか……」


 『亜』の字から矢印が出て。

 『阿』の字の四角へ停車すると。

 こざとへんの両開きの門の向こうに。

 『ただいま』と落書きされている。


「穂咲の……、いえ、これはおじさんの辞書なのです」


 小学生の頃。

 穂咲が、おじさんの部屋で見つけた本。


 それを大層気に入って。

 漢字博士とまで言われるほどに丸暗記してしまった。

 穂咲にとっての童話の本。


「それを、俺、いつ借りたのでしたっけ?」


 いつ、も。

 どうして、も。


 まったく思い出せませんけれど。


 これは意外な落とし穴。

 借りっぱなしを咎めておいて。


 俺自身。

 穂咲から借りっぱなしな品があったのです。


「ただいまなの!」

「ひょえっ!?」

「……ひょえ?」


 慌てて背中に隠しましたが。

 見つかっていませんよね?


「なんだか怪しいの」

「怪しくもなんともないですよ?」

「……今週末の入試の後、あたしを労ってどこかへ行くの」

「あ、ええ! もちろんいいですとも!」

「怪しさ百パーなの」


 動揺を隠しきれずに。

 安請け合いしたことで。

 勘ぐられてしまうとは。


 どうやら俺は。

 穂咲の掘った落し穴に。

 はまってしまったようで。


 顔色を。

 じろじろと観察されます。


「やっぱり怪しいの。何かを誤魔化してるの」

「や、やだなあ! 心から労いたいと思っていますよ?」

「じゃあその時、散々あたしにご馳走すると良いの」

「まあ、そこそこならば……」

「…………絶対怪しいの」


 まるでガマのあぶら。

 だらだらとたれ落ちる汗を拭うこともできずに。


 俺は、背中の辞書を握りしめるのでした。



 さて、この悪事。

 何日でバレるか。


 予想大会の始まり始まり、なのです。


 ……さあ。

 張った張った。

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