ユリのせい
~ 十月十一日(金) 獅子女 ~
ユリの花言葉
あなたは偽れない
困っている人を見つけては。
無制限で優しさを振りまくこの人ですが。
いつもなら親切をするとき。
笑顔で楽しそうにしているくせに。
ここ連日、不機嫌なまま。
れんさんへごはんを振る舞うこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を。
コック帽の中に押し込んだ教授が。
毒性のあるお花を食卓に置いちゃいけないよと。
毎日お会いするお兄さんから教わって以来。
いつも持ち歩くようになった花瓶へ。
お料理の前、ユリの花を移していました。
……が。
その花瓶を。
俺の足元に置いてあるのはこれいかに。
「…………全く身に覚えがないのですけど。俺は教授から命を狙われるようなことしましたっけ?」
「つーん! 何の話か分からないのだよロード君!」
「つーんって。ここ連日不機嫌っぱなしですけど、どうしたのです?」
「それよりだね! 君の、役に立たない机の代わりを調達してくるのだ!」
「そうでした。れんさんをお呼びしていたのですよね」
誤魔化されてしまいましたが。
確かにこのフレームだけの机。
立つ時にはとっても便利なのですが。
それ以外では役立たず。
まさか教授の机で。
三人で食べるわけにはいきますまい。
「宇佐美さん、机貸して?」
「いいけど、その代わりに秋山の昼飯はあたしが貰う」
「……他をあたります」
穂咲大好きな宇佐美さん。
彼女が辛辣という事は。
やはり、俺が何かをやらかしたという事なのでしょうけど。
どう首をひねっても。
穂咲を怒らせた理由が分かりません。
仕方が無いので岸谷君に席を貸していただいて。
ランチョンマットなど並べていたら。
「ちょーっと! どなたか知らないけど、教室に勝手に入ろうとしないで……? 超絶美人っ!?」
「い~れてちょ! 穂咲ちゃんにお呼ばれしたのよ!」
野口さんとれんさんが。
教室の入り口でバトルを開始していました。
「お呼ばれ?」
「そうそう! 道久君と穂咲ちゃんと、ごはん食べようって!」
そんな言葉と共に。
おなかを盛大に鳴らしたれんさん。
わざわざここまでお呼びしたので。
せめて電車代以上には。
食べさせてあげたいところですが。
「みち……!? あ、あたしだって秋山って呼んでるのに!」
「なんの話?」
「問答無用! あたしが出す問題に答えられない限り、ここは通さないわ!」
なんということでしょう。
旅人を試すスフィンクス。
彼女の問いに答えられなければ。
れんさんはお昼を食べるどころか。
野口さんに食べられてしまうのです。
「でーは、問題! 生まれた時は四本足、次に二本足、最後には三本足になる生き物はなーんだ!」
「可哀そうに右前足をくじいたミーアキャット」
「くっ……、正解……」
「当たりなのですね、その珍解答で」
野口さん。
両膝を突いて右の拳を床にたたきつけて。
三本足で悔しがっています。
そんなダメなスフィンクスへ。
教授が声をかけました。
「れんさんを通してあげるの。あと、さくさくもこっちで一緒に食べるの」
「穂咲ちゃ~ん! お邪魔します!」
「え? ……あ、あたしも!?」
「焼きそば祭りは、沢山いた方がいいの」
そう言いながら。
鉄板へ大量にソースをぶちまけた教授。
無論、一瞬で教室全体がソースの香りで満たされて。
それと同時にみんなのお腹が。
一斉にぐうと鳴り響くフルオーケストラ。
「教授! これはテロです! 今にも国連が介入しそうなのです!」
「大丈夫! 誰もが銃を握る気にもなれなくなるまで焼き続けてみせる!」
そんな宣言から始まった焼きそば祭り。
教授は舞うように焼きそばを焼き続け。
俺は一列に並んだ国連軍の皆様へ。
せっせと焼きそばを配ります。
そして全員へ配り終えた教授が。
れんさんと野口さんへ焼きそばをよそって。
お皿を机に置くのですが。
……ん? めずらしいですね。
「教授。俺の斜め前で食べるのですか?」
「む? 不満かね?」
「…………いえ」
そんなに怒っている事って。
何なのでしょう。
恐怖はあれど。
分からないでは仕方なし。
俺は素直に教授の斜へ腰かけて。
手を合わせていただきます。
……いただきます。
できませんって。
「すいません。野口さんが座らないと、食べ始めることができないのですが」
「あ、え? うん、その、あの、みち……、あ、秋山の隣?」
「みたいです。どうぞ」
れんさんが、俺の正面にとっとと座ってしまったので。
必然的に、ここが君の席。
でも、どうしてでしょう。
くねくねあたふたとする野口さん。
随分時間をかけてやっと椅子へ腰かけても。
なんだか俺から距離を取るのですが。
まあいいや。
冷めちゃう前にいただきましょう。
まずは目玉焼きをめくって。
麺をずるりとすすってみれば。
「ん! うまい! オイスター?」
「そう! 皆には普通の粉ソースを使ったのだが、ここの四皿は特製なのだよ!」
「昨日のも美味しかったけど、今日のも美味しいし!」
「ほ、ほんと……。おいしい」
おや。
言葉とは裏腹に。
なにやらしゅんと落ち込んだ様子の野口さんなのですが。
そんな彼女が。
がつがつと焼きそばをむさぼるれんさんに。
改めて質問します。
「あなた……、穂咲の知り合いなのよね?」
「そうだし!」
「……道久君を狙ってるとか、無いわよね?」
ん?
何の話?
「何の話~? 全然、そんなの無いし!」
当たり前なのです。
こんな美女に好かれる道理があるわけないじゃないですか。
「ふーん。……じゃあ、問題ないか」
「無い無い! 問題なんか、な~んもない!」
「そう。よかった……」
「私は、道久君のいう事をなんでもきく家来ってだけ!」
「大・問・題っ!!!」
野口さんが叫ぶと同時に。
近くで焼きそばをすすりながら。
俺たちの会話を聞いていた国連軍が一斉に武装蜂起。
あっという間に俺は椅子に縛り付けられて。
取り上げられた焼きそばは。
宇佐美さんが美味しそうに召し上がっているのです。
「ちょっと! れんさんを呼んだのは教授なのに! なんで俺が被害を被っているのです!?」
「うるさい黙れブサイクジゴロ!」
「貴様はハーレムエンドでも目指してるのか!?」
「しかも、こんな美女を家来になんて……!」
「そのまま立ってろ!!!」
「…………椅子に縛り付けられて立つのは不可能なのです」
そもそも、家来がどうとかなんて。
冗談でれんさんが言い出しただけですし。
それくらい。
顔の出来を見比べればすぐに合点がいくでしょう?
俺は文句の矛先を。
尖らせた下唇にのせて。
教授へと向けながら。
「いつもの教授のわがままのせいで、とんだとばっちりなのです!」
そんな文句を口にしたのですが。
教授はなぜか、寂しそうに。
ぽつりとつぶやくのでした。
「二人を、道久君がもてなすの」
「…………このかっこで?」
そして最後に。
ため息をついた教授は。
「たまには、わがままになりたいの」
食事中だというのに席を立って。
廊下へ行ってしまいました。
……おいおい。
わがままになりたいって。
わがまま王女が。
何を言い出しました?
文句しか脳裏に浮かんでこない食卓では。
れんさんばかりが幸せそうに。
焼きそばを口いっぱいに頬張っていたのでした。
「…………野口さんも、召し上がって下さいな」
「あ、あたしは、なんだか胸がいっぱいで……」
「ほんと!? じゃあ私にお代わりちょ!」
「だ、だめよ何言ってるの!?」
……なぜゆえ野口さんは。
れんさんに冷たいのでしょう。
どうにも居心地の悪い食卓ですが。
このかっこでは。
廊下へ逃げることもできないのでした。
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