メロンのせい


 ~ 十月十日(木) 甜瓜 ~


 メロンの花言葉 多産



 友達想いな人は。

 友達から想われるのが道理。


 だから、誰よりも多くの人を愛するがゆえに。

 誰よりも多くの人から愛されるこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、場所柄のせいで和風に結い上げて。

 そこにメロンのお花を一輪添えてみたのですが。


「……秋山。これ、あんたが結い上げたのよね?」

「おや? どこか失敗してます?」

「逆よ。もうプロ並みじゃない」

「その、プロの中でも最高峰という方が惜しげもなく技を教えてくれるので」


 だからと言ってとつぶやきながら。

 散々穂咲の髪を観察する渡さんなのですが。


 受験勉強もお忙しいでしょうに。

 穂咲のことを心配して下さって。


 気晴らしになるかしらと。

 放課後、茶道部へ連れて来てくれたのです。


「それよりありがとうございます。部活、もう引退したのに」

「気にしないで。私が久しぶりにお茶を点てたかっただけだから」

「ありがとうなの。やっぱ茶室は落ち着くの。お茶菓子も美味しかったの」

「そう? ……よかった」


 穂咲が楽しそうにお礼を言うと。

 心からの笑顔を浮かべる渡さん。


 穂咲の人生で、一番の幸せは。

 渡さんのような方と友達になれたことでしょう。


 それにひきかえ。

 相方の方は。


「…………渡さんが、引退した部活に顔を出すと言ったせいとは思いますが」

「あれはさすがに邪魔してるだけなの」


 茶道部のお茶室から校舎へ戻る途中。

 くたびれたベンチから校庭を見下ろせば。


 今も一人で強引に切り込んで。

 そのままシュートを決めてしまった暴れん坊が大はしゃぎ。


「渡さんの場合、後輩たちへ指導しながらお茶を点てたのに」

「六本木君の場合、後輩を振り回して楽しんでるだけなの」

「ほんとよね。明日は筋肉痛で勉強どころじゃないでしょうね……」


 やれやれと肩をすくめる渡さんでしたが。

 それでも、久しぶりに六本木君がフィールドに立っている姿を見て。

 嬉しそうになさっています。


「……道久君も、ちょっと頑張ったせいで筋肉痛なの」

「これ。情けないから言わないで下さいよ」

「なにかスポーツでもしたの?」

「…………藍川さんという女性をお姫様抱っこして、寝室まで運んだのです」

「ええっ!?」

「酔っぱらったママをお布団まで運んでくれたの」

「ああ、なんだ……。びっくりした」


 そう。

 穂咲がれんさんなんて連れてくるものだから。

 おばさんが妙に空回りして。


 そしてヤケ酒を経て。

 酔いつぶれて寝てしまった訳で。


「腕が全体的にだるいのです。特に肩が重たくて」

「そんなら丁度いいのがあるの。お茶室からくすねてきたの」

「盗まないでよ。何取って来たの?」

「お灸」

「ああ、そう言えば部費で買ったのが残ってたわね」

「たっぷりあったの」


 たっぷりあったからと言って。

 持って来てはいけません。


 そんな理屈がまかり通ったら。

 毎日、銀行の前は長蛇の列なのです。


「穂咲。ちゃんと返しなさいな」

「いいわよ一つや二つくらい。それより、たっぷりっていうのが気になるわ。部費で余計なものばっかり買って……。ちょっと戻るね」

「あんまり厳しく叱らないであげてください。そこのベンチでお灸しながら待ってます」


 俺たちが待っていると知れば。

 渡さんのお説教も長引くことは無いでしょう。


 穂咲のせいで、後輩たちが叱られるのは可哀そう。

 せめてこれくらいのフォローはしないと。


 肩をいからせた渡さんの背中を見送りながら。

 俺はベンチに腰かけて。


 そしてワイシャツを片腕だけはだけたところで。


「……金さん?」

「秋山桜なんかあるわけ無いでしょうに。お灸ですよ」

「ああ、そうだったの。でも、お灸って効くの?」

「大昔から日本にある治療法ですから。日本人のDNAはきっと、そいつが効くようにできているのではないでしょうか」

「ふーん……」


 穂咲は俺の後ろへ立って。

 お灸の準備を始めながら。

 俺の、変な理屈にやんわりと抵抗します。


「でもあたし、日本人だけど、お昼に食べた生ハムメロンで和んだの」

「まあ、人それぞれということで。実際俺には、生ハムはしょっぱすぎて。メロンとは別々に食べたいのです」

「じゃあ、なに人なら生ハムメロンが美味しくなるDHAを持ってるの?」

「…………半魚人」


 どうしてDHAになった。


「半魚人って、どこの国に住んでるの?」

「さあ。世界中探せばどこかで会えるかもしれませんね」

「じゃあ、いつか世界一周旅行に行って見つけるの。……世界一周ってどこからどこまで?」


 なんだか、今日の穂咲は。

 なんでなんでばかりなのですが。


 そんなに構って欲しいなんて。

 寂しいことでもあったのですか?


「べつにどこからどこまでというルールは無いでしょうけど。行ってみたいところはあるのですか?」


 穂咲が俺の肩に。

 いい香りがするお灸らしきものを乗せながら。


 行ってみたい国を考え始めます。


「インドネシアってとこに行きたいの」

「ほう」


 最初に出てくる国としては。

 随分珍しいですね。


「あと、オーストラリアに行って、コアラを見たいの」

「……ふむ」

「それと、南極にも行きたいし、ブラジルと、ナイアガラの滝と、カナダでメープルシロップ食べてみたいし、ホッキョクグマにも会いたくて……」

「おいおい」

「あと、ダリアさんの故郷にも行ってみたいの」

「そっち方向に一周したいって言う人を初めて知りました」


 普通は横に一周するものです。


「そんじゃ、火をつけるの」


 そして急に。

 世界一周旅行の話が終わったかと思うと。


 箱マッチを取り出す音が聞こえてきました。


「……家から持ってきちゃったの?」

「パパにお線香あげて、急いで家を出たから」

「まあいいか。それじゃ、お願いします」


 ヘタに動くと、お灸が肩から落ちそうなので。

 俺は曇り空を見上げてじっとしたまま。

 縦方向の世界一周について考えます。


 横に一周した場合は。

 日付変更線をまたぐことになりますけど。


 縦に一周すると。

 どこで日付が変わるのでしょう?


 なんだか煙にまかれた心地でいる間に。

 穂咲がマッチを擦ると。


 肩から、草の香りとマッチの香りが漂ってきて。

 俺の心を落ち着かせるのです。


「……いい香り。なんだか、効きそうな気がします」


 それにしても。

 もぐさって、こんな香りしましたっけ?


 あと、今更ですが。

 お灸って、こんなにチクチクしましたっけ…………、って!!!


「あついっ!」


 尋常じゃない熱さに驚いて。

 肩からお灸を叩いて落としたのですが。


 地面に落ちた物は。

 俺の良く知っているもぐさと違って。


 マツバのように緑色をした物が。

 めらめらと燃えているのですけど。


「これはイグサ! 一文字違うのです!」

「そうなの?」

「お茶室から取ってきたって……、畳からむしって来たの!?」

「和室は、お灸の名産地なの」


 呆れ果てて、落とした肩。

 地味にヤケドしてヒリヒリします。


「ああもう、こんなにむしってきて……。あとで渡さんに謝っとかないと」


 弁償しようにも。

 畳って、おいくらほどするものなのか。

 見当もつきません。


 それにしたって、こんな真似をした穂咲を。

 しっかり叱っておかないと。


 そう、想っていたのですが。


「肩こり、治った?」


 心配そうに。

 俺の顔を後ろから覗き込む。


 こいつの気持ちは。

 どうやら善意、百パーセント。


 …………また貸しと同じ。

 目の前の親切しか見えないから。


 それが誰かの迷惑になることなんて。

 考えやしないわけで。



 茶道部の皆様へご迷惑をおかけすることより。

 珍しく、俺の体を気遣ってくれたことが。


 呆れながらも。

 嬉しく感じて。


 肩のヒリヒリが。

 なんだかぽかぽかと。

 暖かく感じる俺なのでした。



 ……なんて。

 綺麗に終わるはずもなく。



「やっぱもぐさじゃなきゃダメだったの」

「ん?」

「面白そうだったからイグサを焚いてみたの」


 …………ええと。


「道久君、カチカチ山みたいだったの」


 わざとやりやがったのですか?


「確かにかちかちときますね、君のやることなすこと」


 秋山桜による名裁き。

 俺は下手人を。

 チョップの刑に処したのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る