ガウラのせい


 ~ 十月八日(火) 襯衣 ~



 ガウラの花言葉 舞姫



 もともと落ちたと宣言していたせいで。

 一晩眠って、そこそこ回復した現金なこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をツインテールにして。


 その結び目に一つずつ。

 ガウラなど活けているものだからまるでアニメキャラ。


 でも、まったく萌えたりしないのは。

 君が悪役だからなのでしょうかね。


「なあに? あたしの顔、何かついてる?」

「目と鼻がいくつかついてますね」

「……意地悪な道久君なの」

「ずっと不機嫌な君に言われましても」


 ……昨日。

 東京に出るのが怖いと。

 考えたところがスタートで。


 東京怖い。

 その理由の九割はゆうさん。


 ゆうさんと言えば榊原姉妹。

 榊原姉妹と言えばれんさんという連想ゲーム。


 今日は二時間目までで学校はおしまいだったので。


 差し入れのメロンパンを手に。

 デパートへ来てみたところ。


「大盛況なのです」

「その中心で踊る舞姫がいるの」


 姫?

 まあ、確かに心の目で見れば。

 そう見えなくもないですが。


 小学生が、ところ狭しと走り回る屋上広場。

 そのただ中で、笑顔で拍手する子供たちに囲まれて。

 幸せいっぱいに踊るネコの着ぐるみが一匹。


 君の目には舞姫かもしれませんが。

 俺の目には、ちょっと浮かれた化け猫にしか見えません。


 ……デパート内に作られた劇場で。

 子供向けのお芝居が開催されていましたので。


 きっとそれを鑑賞した後。

 晴れ渡る空の下。

 屋上でお弁当という遠足プランなのでしょう。


 未だお弁当を食べる子供たちが半分。

 ネコさんを囲んで、一緒に踊る子供たちが半分。


 そんな、穂咲曰くの舞姫が。

 俺たちを見るなり飛び上がって。


 どったばったと走り寄ると。


「どわあああああ!!!」


 ……俺に抱き着いて。

 そのまま浴びせ倒すのでした。


「痛い! 重い! あと、ほんのり湿っぽい!」

「道久君、熱烈に抱き着かれてるの」

「いえ、これは単なる大はしゃぎからの、はた迷惑な電池切れのようです。どっこらしょ……」


 むちゃくちゃ激しく踊っていましたので。

 こうなるのもやむなし。


 俺は、覆いかぶさったままグロッキーとなったネコを何とかひっぺがし。

 両脇に腕を通して、無理やり引きずるのですが。


 その姿を。

 子供たちが呆然と見つめているのです。


 ここは視線を無視して。

 何事もなかったかのように振る舞うしかありませんね。



 ……そしていつもの屋台の裏。

 簡単な作りの、れんさんの休憩室。


 なんとかここまで引きずって。

 ネコの頭を外して。


 具を取り出そうとしたのですが……。


「大丈夫ですか!? ……って、そうでした! 先生! 出番です、先生!」

「……そんくらいでドキドキする方がスケベなの」

「そうは言いましても!」


 俺にとってのれんさん。


 我が人生は、すべて子供の笑顔のため。

 そんなコンセプトで日々過ごす。

 ゆうさんに負けないほどの美人さん。


 つまり俺の理想の女性が。

 汗で透けたTシャツ姿でのびているのです。


 そりゃあ照れますって。


「れんさん。れんさーん。……まるで起きないの」

「え!? 大丈夫なのですか?」

「からめ手から攻めるの。……れんさん、早くしないとメロンパンの食べ放題が終わっちゃうの」

「食べ放題っ!?」


 ……さすが貧乏フリーター。

 夢のような言葉に、がばっと跳ね起きて。


 そして穂咲とおでこでごっつんこ。


「……お二人とも、大丈夫ですか?」


 もともとグロッキーだった所へこのダメージ。

 れんさんは頭で『の』の字を描きます。


 それを見かねた穂咲が。

 自分のおでこをさすりつつも。

 下敷きでれんさんをぱたぱた仰ぐと。


「ち、ちがうし……。暑いわけじゃないのよ?」

「でも、れんさんヒートアップしちまってるの」

「それな~。子供たちが喜んでくれるから夢中で踊っちゃったのよ~。でもお腹ペコペコで、れんは限界を迎えてしまったとさ!」


 めでたくないめでたくない。


 まったくこの人は。

 子供の笑顔のためなら命懸けなんて。

 それこそアニメキャラなのです。


 ……などと、心の中で尊敬していたら。

 この人、それを差っ引いても余りあるダメ発言を始めました。


「そうだ道久君! なんでも言うこと聞いてあげるから、メロンパンの食べ放題に連れて行ってちょ!」

「なんでもって。……まさか、相変わらず貧乏しているのですか?」

「……十日」

「十日も食べてないのですか!?」

「まさか~! そんなことしたら死んじゃうし!」


 そりゃそうですよね。

 びっくりしましたよ。


「確かにそんなことしたら死んじゃいますよね。安心しました」

「そうそう! 先月ごはん食べた日数が十日ってだけ!」

「死んじゃいます!」


 ああもう!

 なんでそこまでしますかねこの人は!


 もうほんとに。

 優しくて稼ぎのある男性と。

 早いところ一緒になって欲しいと願わずにいられません。


 れんさんの所へ行こうと俺が言い出して以来。

 どうにも不機嫌な穂咲も。

 さすがに心配顔。


 そんな狭苦しい休憩室に。

 ひょっこり小さなお客様が顔を出しました。


 おっとっと。

 着ぐるみを見えないようにしなきゃ。


 俺が慌てて男の子の前へ飛び出すと。

 その子は先生と思しき方の後ろに慌てて隠れます。


 するとその先生。

 女性らしい赤いメガネの縁を上げて。

 軽く咳ばらいを入れて話し始めました。


「あの……、つかぬことをうかがいますが」

「はあ。なんでしょう?」

「このお弁当箱、そちらの方の物でしょうか……」


 何の話でしょうか。

 さすがにこれは当事者でなければ分かりません。


 俺は、未だにふらふらして床にへたりこむれんさんへ振り返ると。


「あちゃあ。少年、先生に言っちゃったのか~」


 なにやら苦笑いを浮かべながら。

 頭をぼりぼりと恥ずかしそうに掻くのです。


「この度はありがとうございました。ですが、トラブルがあると我々の責任になりますので……」

「ああ、そうですよね~! 今度から気を付けます!」


 余計なことをしてすいませんでしたと頭を下げて。

 お弁当箱を受け取ったれんさん。


 男の子にバイバイと手を振りますが。

 ピリピリとした先生の機嫌を察したその子は。

 れんさんの顔も見ずにその場を後にしてしまいました。


 そんなれんさんが、手にしたピンクのお弁当箱のふたを開けて。

 中身がからっぽなことを確認すると。


 天使のような笑顔を浮かべるのです。


「……それは?」

「いや~! 怒られちゃったし!」


 苦笑いでとぼけるれんさんでしたが。

 こういう時だけ名探偵の穂咲にかかれば。

 あっという間に解決です。


「そりゃあ、勝手にあげたりしたら叱られるに決まってるの。なんであの子にお弁当をあげたの?」

「それがさあ、あの子、立ってお弁当箱開いてうろちょろ歩くもんだから、転んで中身ぶちまけちゃってね!」


 ありゃま。


「……それでご自分のをあげたのですか」

「今日は特売ミートボールと卵焼きにしたから! 子供は喜ぶかなって!」

「そうなの。あの子、とっても喜んでたの」

「ほんと!? あたし、見る目ないなあ! 困ってたのかと思った!」


 穂咲に言われて無邪気にはしゃぐれんさん。

 その姿は本当に嬉しそうで。


 あの子の気持ちはよく分かりませんけど。

 少なくとも。

 俺と穂咲はこんなにも嬉しい気持ちになりましたよ。


「……道久君」

「なんです?」

「約束通り、れんさんをメロンパンの食べ放題に連れて行ってあげるの」


 やれやれ。

 それでは仕方ない。


「そうですよね。何でもしてくれる代わりに連れて行くって約束しましたもんね」


 ほんとは約束なんかしていませんが。

 それに、心もとないお財布の中身ですが。

 この、細いお腹がいっぱいになるくらいなら買えると思いますし。


「え? ほんと!? あ、でもでも、パンを食べ終わったら、あたしは道久君の家来になるのね……」

「いりませんよこんなコスパの悪い家来なんて」


 世間の相場じゃ。

 きび団子一個で、人類がまるで歯が立たない生物との命がけのバトルへ付き添うのが家来というものです。


「いやいや! あたしだって約束は守るし! 何だって言うこと聞くよ!」

「ですからいりませんって」

「じゃあ、パン屋に今行こうすぐ行こう! 着替えてくるから待っててちょ!」


 そして疾風のように走り去るれんさんの背中を見つめながら。

 思わず、二つの意味でため息です。


 一つはもちろん。

 れんさんの行く末を心配して。


 もう一つの方は。

 お財布の中身。


 穂咲の誕生日プレゼントを買うために貯めていた。

 なけなしのお金。


 手痛い出費なのです。


 ここはなんとか。

 お金のかからないプレゼントを探すことにしましょう。


「……二十日ですよね」


 思わず口をついてしまったタイムリミット。

 それに穂咲は。

 一つ頷いて。


「そうなの。勉強しなきゃなの」


 意外にも。

 テストの話と勘違いしてくれました。


 あれだけ誕生日にテストなんて嫌だと言っていたこいつが。

 どういう風の吹き回しでしょう。


 ……でも。


「ちゃんと漢字の勉強してくださいね」

「当然なの。前回の失敗をばねにするの」

「失敗から学んで成長出来ることは、いいことなのです」

「みんなにも心配かけちゃったし……」


 そんな殊勝なことをつぶやきながら。

 こいつは鞄から本を一冊取り出します。


「物語は面白くないけど、香澄ちゃんが貸してくれた問題集ちゃんとやってるの」

「面白くないとか言いなさんな」

「でも、漢字は覚えやすいの。道久君にも貸してあげようか?」

「…………そっちの失敗からは何も学んでないのですね」

「なんのはなし?」


 なるほど。

 きみのまた貸しは。

 親切心の延長線なのですね。


 でも。

 そのせいでどれだけの迷惑をかけたのか。


 反省文を、俺が代わりに書いたせいで。

 こいつ、まるで反省してないのです。


 𠮟りつけてやろうと思って口を開いたところに。

 幸せそうな顔で、よだれを垂らしながられんさんが駆けてきたので。


 ひとまず、彼女から見えない角度で。

 穂咲にチョップをくれてやりました。


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