キウイのせい
~ 十月七日(月) 彌猴桃 ~
キウイの花言葉 生命力
「…………落ちたの」
「こちらもまるでだめでした」
穂咲の試験と。
俺のプレゼン。
どちらも仲良く。
失敗に終わりました。
……ちょうど一週間前。
机に突っ伏す穂咲を見て。
気を使って。
放っておいてくれた先生。
それが、今日陸に上がったアザラシは二頭に増えて。
放っておいてくれてはいるのですが。
さすがにこめかみに血管が浮いています。
「……俺は、今週末も二か所ほど回ってみます」
「がんばるの。……あたしは、二十日の試験に向けて漢字の特訓なの」
「頑張って下さい」
お互いに傷を舐め合って。
一見、相手を励ましているようにも見えますが。
その実、自分の事ばかり考えているので。
こうしてアザラシになっている俺たちなのです。
……そこを認めさえすれば。
出てくるものは愚痴ばかり。
まともに漢字さえ書ければ簡単に入学できる穂咲と比べて。
俺の道の、なんと険しい事か。
大人から、辛辣な言葉を食らって。
学生だからとバカにされて。
さすがに心が折れそうなのです。
……まあ。
穂咲は逆に。
俺より辛いと考えていそうですけどね。
「……でも、道久君よかあたしの方が辛いの」
ほらやっぱり。
俺は机に押し付ける部分を。
おでこから右の頬へ変更すると。
ちょうど同じように。
ぐるりと顔を向けるこいつと目が合いました。
そんな、真っ赤なおでこをしたこいつの名前は
軽い色に染めたゆるふわロング髪を四角い箱の形に結って。
白い綿を詰めて、キウイの実を詰めて。
ついでとばかりにキウイのお花を突き立てているのですけれど。
……そのかっこで。
よく落ちませんね、キウイ。
「辛いの」
「はあ」
「お誕生日に試験なんて」
「ああ、なるほど」
もしも先日の試験に合格していたら。
誕生日には、別段用事も無かったはずで。
一年に一度の素敵な一日を。
大手を振って満喫できたことでしょうに。
「確かにそうですね」
「それに、次の試験に受かったとしても高校より遠くなるの」
「でも、そこも落ちたら一人暮らしになっちゃいます」
「どうして一人暮らし?」
「今からでも願書受け付てるとこなんて、都会の学校ばかりでしょう?」
その辺りの情報はいまいち知りませんけど。
でも、たしか三番目と四番目に近い料理の専門学校は。
既に願書を受け付けていなかったはず。
「……都会、怖いの」
「そうですね」
「都会でなんか暮らせないの。あたし、生命力無い方なの」
「俺も生命力無い方ですが、ひょっとしたら都会に出ることになるかも」
俺の言葉に。
穂咲のタレ目が一瞬大きく開きましたけど。
でも、お互い目指すところが違う訳ですし。
離れ離れになる可能性の方が。
高いに決まっているでしょうよ。
「なんで、都会?」
「都会の方じゃないと、こんな変わった仕事を受け入れてもらえないかも」
「そんなこと無いの。いいアイデアだから、きっと近くのとこでお仕事できるの」
「そうでしょうか? ……まあ、確かに都会へ行くのは気が進みませんが」
「道久君、生命力無いの」
「……母ちゃんならどこでも生きて行けそうですが」
「生命力ありそうなの」
そして何となく安心したような表情を見せるのは。
俺と離れたくないからなのでしょうか。
都合のいい解釈と。
我ながら思いますけど。
でも、正直。
一人で都会へ出るのは。
不安でしかありません。
窓の外には鳥が舞い。
昼というのに虫の音が響く。
そんな場所で育った俺に。
どこにも土の見えない世界は。
まったく違う次元への旅立ちと同義に感じるのです。
「……でも、あれを持つのは憧れなの」
以前、夜を明かして走り回った恐怖の土地を。
何となく思い出していた俺に。
穂咲が珍しく。
都会への憧れを語り始めたのですが。
「あれじゃ分かりません」
「あれに使うあれ」
「一気に狭まった努力は認めますが、まださっぱりなのです」
「大阪のカード」
「カード? …………ああ、電車の?」
「それ」
憧れか。
ちょっと分かります。
この辺りでは。
交通系カード、ありませんからね。
「大阪のがいいの?」
「そう。名前がいいの。……ホナネ」
「帰り道にしか使えなさそう」
珍しくまともな話をしていたと思えばこれ。
ほとほと呆れる記憶力なのです。
「東京のは? 何ていうんだっけ?」
「…………あれ? 思い出せません」
「キウイ?」
「いえ、何か違いませんか?」
穂咲の頭から生えたキウイを見つめながら。
キウイと言われたものだから。
他の単語が頭に浮かばないのですけれど。
これ、やっぱり違いますよね?
それが証拠に。
俺達の与太話が聞こえていたらしいご近所の皆さん。
そろってそわそわしているようなのです。
「……皆さん、言わないで下さいね? こういうのは自分で思い出したいのです」
「それに無駄話すると立たされるの」
と、無駄話をする穂咲のせいで。
皆さんのそわそわが。
むずむずに変わり始めます。
「ええと……、イチゴ?」
「それは君が食べたいだけでしょうに」
「じゃあ、プリン」
「離れた気がします」
もう、むずむずがイライラに変化した皆さんが。
今にも正解を口にしそうになっている中。
さすがに怒った先生が。
とうとう雷を落としました。
「やかましい! 罰としてこの単語の意味を、あい……、いや、あき……、いや、神尾! 答えろ!」
……雷。
落下地点を探して探して。
無関係な神尾さんを直撃です。
でも、そんな彼女は。
勢いよく席を立つと。
「い、言えません!」
妙なことを言い出したのです。
「なんだそれは! 分かりませんならともかく、言えないとはなんだ!」
「だって……、言えません!」
「では岸谷! 代わりに答えろ!」
「言えません!」
がたっと席を立った岸谷君も。
神尾さんに倣って変な解答。
一体、何が起きているのかしら。
俺が穂咲と一緒に黒板を見つめると。
そこに書かれていた文字は。
watermelon
「「それだ!」」
「やかましい! 四人共廊下に立ってろ!」
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