アシダンセラのせい


 ~ 九月二十七日(金) 竜髭菜 ~


 アシダンセラの花言葉 豊かな気品



「もーう! 毎日見てらんなかったわよ!」

「すいません」

「これでしょ? 見つけてきてあげたわよ!」

「すいません」

「なんだか。秋山はあたしに謝ってばっかね……」

「すいません」


 やれやれと。

 ため息をつく野口さん。


 彼女が仁王立ちするお昼休みの教室で。


 俺は、久しぶりに椅子に座って。

 机を前にします。


「…………なによ。文句でもあるの?」

「いえ。ないのですが」


 何となく見覚えのある、机の足についた傷。

 穂咲が輪ゴム鉄砲で油性ペンを発射した時についた赤いラインもありますし。


 これは。

 間違いなく俺の机だとは思うのですが。


「………はげた?」

「天板どこにも無いんだから、しょーがないでしょー」


 俺の机。

 しばらく見ない間に。

 随分と頭がすっきりとしてしまったのです。


 引き出し部分も無いので。

 ただのパイプオブジェ。


 椅子に腰かけた俺の膝も靴も。

 丸見えなのですが。


 ちょっとだけ。

 みんなのより教科書を置きにくいかな?



 ……どこからか。

 机のフレームだけを見つけて、わざわざ持ってきてくれた野口さん。


 きっと大変だったことでしょう。

 心から感謝したいのですが。


 どうしても。

 このように。


 微妙な顔になってしまうのです。


「……あとで、美術室から画板でも借りてきますか」

「サイズ足りないんじゃない?」

「ではどうしろと?」

「ロード君! さくさくの親切に対してその言い草は無いのだよ!」


 いつものように。

 豪快にフライパンを振り回し。


 ステーキなど焼いているのは藍川あいかわ教授ほさき


「たしかに。まずは本当にありがとうございました」

「その渋柿みたいな顔で言われてもねえ?」

「いえ、本当に感謝しているのです。だから教授にお願いして、野口さんの分もステーキを焼いてもらうことになっているのです」

「任せておきたまえ! 今日は思う存分腕を振るおう!」


 そう言いながら胸を叩く教授の姿を見た野口さん。

 彼女がありがとうねと笑って見つめる先で。


「よし焼けた! では、まずはロード君から食べたまえ!」

「おお。なんだか今日は凄いのです」

「ふふん! 料理には気品も必要だからね!」


 気品。

 ええ、そうですね。


 教授の机には真っ白なテーブルクロス。

 その上に、白いお皿が一枚置かれ。


 フライパンからステーキをよそい。

 グリルしたアスパラガスと。

 シャトーにカットしたニンジンを添えて。


 最後に、頭のお団子から。

 高貴なフォルムと美しい白さを誇るアシダンセラを抜いて一輪挿しへ活けると。


「さあ召し上がれ!」

「おお! 写真撮っておきたいのです!」

「うむ! 存分に撮るがいい! ……あ、忘れてたの」


 そしてせっかくの完璧な一皿へ。

 雑に目玉焼きを乗せてしまうのでした。


「……さすがにこれは」

「じゃ、自分の分を焼くの」

「お待ちなさい。教授の分、どこへ置く気です?」


 テーブルクロス付きの豪華な食卓以外にあるのは。


 このパイプオブジェだけなのですけど。


「パイプとパイプの間に、テーブルクロスをぴんって張って留めればいけそう?」

「ちょっと不安ですが、行けますかね?」

「じゃあ、抜くの」

「抜くって、こいつを?」


 そして教授は。

 目玉焼き以外は完璧なテーブルから。

 クロスを抜こうとしているのです。


「落ちますって!」

「落ちないの。だって、テレビで見たの」

「落ちないのが奇跡的だからテレビでやるんでしょうが!」


 教授が雑にクロスを持ち上げるので。

 まずは倒れかけた花瓶を床にエスケープ。


 そんな間にも。


「たしかこう持って、さん……、にい……」

「まてまてまて!」


 後で思えば。

 皿を持ち上げればよかったのですが。

 慌てふためくその時の俺に言うには酷な話。


 食べ物を粗末にしてはいけないと。

 急いでニンジンとアスパラガスとステーキと目玉焼きを口に押し込みました。


「ちょっと、秋山……」

「……そんなにお腹空いてたの?」

「もげ(はい)」

「だったら逆に、ゆっくり食べるものなの」

「もげ(今度からそうします)」


 呆れ顔で見つめる教授と野口さん。

 その正面にはリスが一匹。


 ある程度、口にものを詰めても。

 意外とちょっぴりずつ噛んで飲み込むことが出来るものですが。


 アスパラガスが二本。

 髭のように口からはみ出す程ぎゅうぎゅうでは。


 後で、もいちど出してからでないと食べることはできなそう。


 しかしこれで。

 教授がクロスを抜く必要が無くなりました。


「じゃあ、引っこ抜くの」

「もげ(なんで!?)」

「……こうかな?」

「もげ(もっと平行に!)」

「こっち?」

「もげ(そっちは垂直)」


 野口さんがオロオロとしていますけど。

 そこのおバカさんに。

 やめるよう言ってくださいな。


「こ、これ、止めた方がいいのかな?」

「もげ(そうなのです)」

「なに言ってるか分からないわよ」

「もげ(あれ? 教授は分かりますよね?)」


 俺が教授の方を向いて聞いてみると。

 なぜかこの人、ニヤリと笑って。


「そうか! うまくいったら帰りにクレープ食べ放題とは豪気だな!」

「もげ(このやろう! わざと聞き間違えましたね!?)」

「では! うまくいったら御散財!」

「もげ(ご喝采なのです!)」

「さん、にい、いち!」



 がしゃーん!!!



 ……なんという予想通り。

 そして、廊下の遥か向こうから。


「なんだ今の音は!」


 また、面倒な人に聞かれてしまいました。


「秋山!」

「ロード君!」


 ええ。


 そのお皿を片し終えるまで。

 時間稼ぎが必要ですよね。


 仕方ない。


 俺は、二人揃って指をさす先へ。

 扉の前に、立つことになりました。


「こら! なにやら大きな音が聞こえたが、また貴様らか!? なんとか言え! 秋山!」


「………………もげ」

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