高校生編(2) 見学

「とまあ、室内はこんな感じ。所詮ただの物理室だから、どうってことないけどね」

 長身の先輩はツネオミとアキトを招き入れると、ざっと室内を紹介した。後ろの長机には、授業で使うのであろう数台のオシロスコープとともに、工作用の銅線や基板などが入った段ボールが無造作に置かれている。

 さて次は何の紹介をしてくれるのかと先輩を見つめていると、その前を一機のドローンがぶうん、と音をたてて飛び去っていった。

「まあこんな感じで、ドローンを弄ったりしてるわけ。……そうだ、自己紹介を忘れていたね。僕は二年生のソウジ。あっちでドローンを飛ばしてる奴が同じく二年生のコウスケな」

 コウスケ、と呼ばれた男子生徒はかるく会釈をすると、再びドローンがツネオミ達の前へ躍り出てくるりと一回転してみせた。

「で、まあ軽い活動の紹介だけど」

 ソウジは眼鏡の位置を直すと、説明を続けた。

「『全国高校総合情報大会』って知ってるかな?」

「え、あの『ドローン甲子園』ですよね」

 ツネオミの素早い回答に驚いたように、ソウジは目を丸くした。

「そう、それ。高校生が情報技術を磨き、披露し、競う大会だね。その中でドローンレースが一番有名な競技だから、世間的には『ドローン甲子園』の名前の方で通ってるみたいだけど」

 知らなそうに首をかしげるアキトに向かって、ソウジはそう説明した。

「その大会に向けての活動が、やっぱりこの部活での一大目標かな。やっぱり我々電情高としては負ける訳にはいかんのですよ」

 そう言ってソウジは拳を握ってみせた。なるほど、と隣でアキトが頷いている。しかしツネオミの頭にはどうも今の話は引っかかった。脳内に浮かび上がった言葉を言うべきか躊躇ったが、結局ついツネオミは口にしてしまった。

「でも最近電情高、負け続きですよね」

 それを聞くと、ソウジは苦々しげに顔を歪めた。やはり言うべきではなかったか、と少し後悔していると、ソウジは穏やかに、しかし力強く続けた。

「よく知ってるね。その通り。でも、だからこそ頑張り甲斐があるってものよ。表彰台の上にあぐらをかいているようじゃあダメだからね」

 黒縁の眼鏡の奥に、炎が揺らめいている。その熱意を、ツネオミはひしひしと感じた。

「まあじゃあザックリ説明したところで、せっかくだしドローンでも操縦してみようか」

 そう言いながらソウジはコウスケに目で合図を送ると、ドローンは緩やかに二人の前に着陸した。コウスケはコントローラーを持ってこちらへ歩み寄り、ソウジに預ける。

「え、大丈夫ですか?」

 いくら高校用のドローンとは言え、それなりの質量を持ちそれなりの速度で飛行するのである。こんな狭い室内で飛ばしていい代物だとは思えない。

「大丈夫大丈夫。飛ばしてみなきゃ、ウチの部の体験ができないじゃんよ。新歓でサッカー部がボール蹴らせたり、それと一緒さ」

 笑いながらソウジはコントローラーを手渡してくる。

 仕方がないのでツネオミはそれを受け取ると、しっかりと両手でコントローラーを抱えた。

「操作方法は分かる?」

「一応。中学の運動会とかで何度か飛ばしたので」

 コウスケの見守る中、ツネオミはグッとレバーに当てた指に力を込めた。

 四つのプロペラが一斉に回り出し、緩やかに機体が浮かび上がる。もう一方の手の指で別なレバーを倒すと、ドローンは少し身体を傾け、前へ走り出した。

「おっ、重い」

 スピードが乗る分、軽快には曲がれない。中学の小型ドローンとはずいぶんと勝手が違うようだった。

「そりゃあ、それなりにちゃんとした機体だからね。でも地区予選規格の機体はもうちょっと癖があるし、全国大会で支給される公式機体は更に扱いづらいって話さ」

 とはいえ何度か近くでぐるぐると回ると、大分感覚が掴めてきた。その感覚を頼りに、教室外周ギリギリを勢いよくなぞっていく。

「え、地区予選用の機体もあるんですか!?」

「勿論だよ、地区予選に出るなら練習は必須だしね。……興味津々だねー。大丈夫、入部すればいくらでも触らせてあげるさ」

「本当ですか!」

 興奮から、ツネオミの声が無意識に高くなっていた。

 そうこう話している間にも滑らかに機体は一周して、ツネオミの前へ戻ってくる。ツネオミは穏やかに着陸させると、コントローラーをアキトに渡した。

「おお、凄い!君、飲み込みが早いね、即戦力だよ」

 ソウジが目を輝かせている。ツネオミは照れくさそうに頭を掻いた。

「じゃあ次は、そっちの君も飛ばしてみるか」

 ソウジはくるりとアキトの方へ向くと、そう促した。アキトは少し困ったような表情を浮かべ、それなりの重さのあるコントローラーを握っている。

「おっ、君はもしかして初心者かい?いいよ~うちは初心者も大歓迎さ」

 そう言いながら笑顔でソウジはドローンの操作方法を教えていく。アキトは頷きながら、初々しい手つきでドローンをゆっくりと浮上させていった。

「そう、その調子。次はこっちのレバーを倒すと、機体が傾いてその方向に進むよ。……っとそこは慎重に。あんまり倒しすぎるとスピードで過ぎたりして制御が効かなくなるから」

 アキトの操縦するドローンはゆっくりと前傾し、前へと進んでいった。やがて旋回の方法を教わると、機体は大回りにゆっくりと上空を旋回した。

「よし、じゃあ一通り学んだね。せっかくだし、君も教室一周させてみよう!」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫だって。ものは試しさ。まあ、さっきの彼みたいにスピードを上げると操作効きづらくなるから、スピードは抑えようか」

 ソウジはアキトの側に立ち、もう一度さっき教えた操作方法を再び伝えている。アキトは真剣な面持ちで、ドローンとそのコントローラーに全神経を集中させていた。

「さっき言ったことをもう一回やればちゃんと進めるから。さ、自由に飛んでみよう!」

 浮上したドローンを見上げ、ソウジは明るくそう言った。アキトは小さく頷くと、初々しい手つきでそのレバーを倒した。

 ゆっくりと進むドローンは、壁に突き当たる前にゆるやかにその方向を転換する。再び教室の壁に沿って直線区間を飛びながら、アキトは徐々に機体を前に倒してその速度を上昇させていった。

 再びドローンは、教室の壁へと一直線に向かっていく。アキトはコントローラーをしっかりと握りながら、その動向を凝視していた。その様子を見るツネオミの拳にも、つい力がこもる。

「あっ」

 思わずツネオミの口から声が漏れた。あのスピード、あの機体の重さ、あの機体と壁との距離。もう曲がり始めなければ、追突する。先ほど身に着けたツネオミの感覚は、そう警告していた。

 自分の感覚を疑うことなく、ツネオミはアキトの元へ駆け寄ろうとした。今すぐ止めなければ。しかしそのツネオミの行く手を、一本の手が阻んだ。その手の伸びる方向へ目をやると、不敵な笑みを浮かべるソウジと目が合った。

「あれ、ドローンが止まっちゃったんですけど」

 ツネオミもソウジも、その声の主の方を向く。さっきまでそれなりの速度で直進していたドローンは、気がつくとホバリングしていた。

「ふっふっふ……。どうやら君は操縦に失敗したようだね」

「えっ」

 ソウジの言葉に、アキトの身が硬くなる。

「そしてそっちの君、良い感覚だ。うん、やっぱり即戦力級の才能だよ」

 ソウジはツネオミの方に顔を向けると、にこやかにそう伝えた。ツネオミは頭を下げつつも、疑問の眼差しをソウジへ向けた。

 黒縁メガネ越しに、再びアキトの顔を捉える。

「いや大丈夫大丈夫。失敗したって壊れた訳じゃないから。安全装置が働いただけ、想定の範囲内さ」

 余り深刻になりすぎないよう、大げさに手振りを加えてソウジは言った。

「ドローンの速度、障害物との距離を常時認識して、衝突しそうかどうかドローン自らコンピューターで判断していて、ぶつかりそうならその前に自動的に停止する、ってわけ。じゃなきゃ流石に中学出たての新入生に触らせたりしないさ」

 ソウジは笑顔でそう言うと、アキトからコントローラーを受け取り、再び壁へと向けて一直線に機体を走らせた。危ない!とツネオミが身を強ばらせるや、ドローンはにわかに空中で停止した。

「ね。こういう危険回避の自動操縦技術も、競技の対象で、この部の活動内容の一部なのさ」

「なるほど……」

 ツネオミもアキトも、大きく頷いた。

「……ま、本当はここら辺の制御も、力を入れたいんだけどね」

 ぼそり、とソウジは呟くと、すぐ二人の方に向き直り再び笑みを浮かべていた。一瞬そのレンズに冷たい光が反射していたように見えたが、それは気のせいだったかもしれない。

「一通り説明は終わったかな……。何か質問があれば気軽に聞いてくれて良いし、まだ見たいものがあれば満足のいくまで自由に見ていってよ」

 とはいえツネオミは、追加で聞くようなことは特には思いつかなかった。何の疑問もなく『これぞ入りたかった電情高だ』という感慨が、ツネオミの胸を熱くしていた。

「ありがとうございました」

 そう言ってツネオミがお辞儀すると、アキトもそれに習った。

「おう。新歓期間、何度でも来てくれて構わないぜ」

 と、笑顔でソウジに送り出してもらいながら、ツネオミとアキトは第一物理室を後にした。


 靴を履き替えると、ツネオミは早足で駐車場へと向かう。アキトも靴箱に上履きをしまうと、ツネオミの後を追った。

 ツネオミは何台も止められた自動運転車の中から四人乗りを見つけ出し、ドアに学生証をかざす。ピッという軽い音の後、室内に明かりが灯る。

 ツネオミは奥の座席に腰掛けカードリーダーに学生証を差し込むと、アキトに手招きした。アキトもそれに答え車内に乗り込むと、ドアを閉めて学生証を差し込む。

 最寄りの駅へ。二人を乗せた自動運転車は、音も立てずに走り出した。

「今日は付き合わせて悪かったな」

 地下道の景色にも見飽きて、ツネオミはアキトの方を向きながら言った。

「いや、むしろ。これが…、これが……やる…べきことだと……思った」

 地下道に設置された、一定の間隔をおいてある照明。その横を通り過ぎる度に、周期的にアキトの顔が照らされる。一瞬見せたアキトの苦しそうな顔は、しかしすぐまた暗がりに紛れていった。

「そっか、なら良かった。……じゃあこれからも、一緒にがんばろうな」

 そう言って、ツネオミは手を差し出す。その手を、アキトが力強く握り返してくるのを、ツネオミは感じた。


 ……そう、それで。それだけで、良かったのだ。

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