中学生編

中学生編(1) これからも、よろしく

「おっ、アキトとミフユは今年もまた同じクラスか~」

「ばっ、馬鹿やめろって」

 クラスメイトに冷やかされた二人は、流石に中学三年生にもなると目が合ってもすぐ目を逸らす。同じ中学校になってからというものの、あまり面と向かって話せなくなってしまった。同じ小学校だった頃は平然と話せてたというからまたもどかしい。

 何が変わってしまったんだろうか。その原因を考えたアキトは、顔が赤くなっている気がして咄嗟に俯く。

「担任のタカハシだ。これから一年間、どうぞよろしく。みんな好きな高校にいけるよう頑張ろうな」

 一瞬静まりかえった教室全体で、おそらく「受験」の二文字が共有されたことだろう。「好きな高校に行く」この自由のための戦争は、すでに始まっているのだ。

「それでは、クラス委員を決めたいと思う」

 クラスメイトの簡単な自己紹介が終わったあと、タカハシ先生は言った。

「ではまずクラス委員長。これはクラス全体をしk…」

 先生がクラス委員長の紹介を言い終わる前に、白く輝く腕が伸びる。その腕の主は…ミフユだ。細い腕のはずなのに、とても力強く見える。

「えぇっと…他に立候補する人はいないか?」

 困惑気味にタカハシ先生は言う。もちろん、他に手が上がるはずもない。

「……それでは、よろしく頼む。後の司会も…任せていいかい?」

「はい」

 ミフユはきりっとした口調で答えると、クラスメイトの拍手の中、すっと立ち上がり前へ出る。

「はい、では次に副委員長を決めたいと思います」

 先生に手渡された紙に目を落としながら、ミフユはそう言う。すると、教室の中の何人か、アキトの知り合い達が、一斉にアキトの方を振り向いた。

「なっ、なんだよお前ら……」

 アキトも薄々分かってはいる、が、分かっていることになってはいけない。白々しいと自覚しつつ、アキトは不思議そうに言った。

「わかってんだろ?アキト」

「な、なんだよツネオミ……」

 意地悪そうな笑みに、アキトは腹をくくる。

「じゃ、じゃあ、誰も居ないなら…俺がやります」

 もちろん対抗馬なんか出るはずもなく、教室中に拍手が沸き起こる。とんだ茶番だ。自分だってやりたいと思ってたのに。アキトは自嘲する。

「よろしく」

「よ、よろしく……。俺、黒板書くよ」

 赤らんだ顔を誰にも見られないように、アキトは黒板に顔を向けた。


 午後に入学式が控えているからか、今日は部活もない。新しいクラスメイトと、去年のクラスメイトと、みんな思い思いに話しながら下校していく。

 アキトは、今年もまた同じクラスになったツネオミ達と話しながら帰っていた。その視界の隅に、ミフユを捉えていることを悟られないようにしながら。

「じゃあな、副委員長さん。また明日」

「おう、また明日」

 交差点で分かれ、姿が見えなくなったのを確認した後、アキトは前を歩く女子中学生へと駆け寄った。

「ミフユ」

「あら、アキト」

 黒く長い髪を揺らしながら、ミフユは振り向く。

「また…同じクラスだな」

「そうね、今年もよろしく。…副委員長、ありがとうね。あのまま立候補が出なかったらどうしようかと思ったよ」

「いやいや、そんなことはないよ、頑張ろうね、委員長さん」

 流石に委員長に立候補したときは驚いたけど、と心の中で呟く。

「これからも、よろしく」

 そう言って、ミフユはニカリと笑う。風にたなびく髪の隙間から、外の光が射し込んでいた。

「うん、よろしく」

 笑顔に一瞬思考を奪われていた自分に気づき、アキトはあわてて返事をする。

「まずは来月の運動会ね」

 学校にいるとき話してくれれば良かったのに、と思いはしても、口にするほどミフユも馬鹿ではない。

「そうだね、今年最後だし」

 その後も続く、とりとめのない話。その時間が、アキトには心地よかった。

「……の件なんだけど、」

 ふと、ミフユの言葉が途切れ、歩みが止まる。

 目は口ほどにものを言う。

 そのミフユの目線の先には、小さな頃よく遊んだ公園があった。そう、忘れもしないあの公園が。


 あの事件のことを話すのは、タブーとなっている。

 だからアキトもミフユも、口を開かない。




「ナツキくんのこと、ママから聞いた?」

「ううん。ミフユは?」

「私も全然」

 あの事件から一週間。二人は公園に行く気もせず、アキトの家で話していた。

 インターホンの音が鳴り、アキトの母親は玄関口へと走る。

「ナツキくん、大丈夫かなあ」

 二人の間に、重い空気が漂う。

 そんな中、玄関口から「あら、ナツキくんのお母さん!?」とアキトの母親の声がした。アキトとミフユは目を見合わせると、玄関口へと走る。

「ナツキくんのお母さん!ナツキくんは――」

 ナツキの母親の重々しい表情に、ミフユは言葉を詰まらせる。その冷たく悲しみを湛えた瞳に、少女の心臓は止まりそうになった。

 瞳の奥の深い闇から、声を振り絞る。

「二人とも、ごめんなさいね」

「どうして、ナツキくんは撃たれたの?」

 ずっと脳内でくすぶっていた疑問を、アキトは投げかけた。その声に、外を歩いていた人が振り向く。ナツキの母親の視線を感じると、その人はそそくさと歩いていった。

「ちょっと、止めて」

 ナツキの母親の顔が歪む。

「でも分からないの。どうしてナツキくんは撃たれなくちゃいけなかったの?」

「止めてちょうだい!」

 怒声。ナツキの母親の顔は、真っ赤になっていた。

 叫び声がほんの少しの時間、玄関口に滞留する。ナツキの母親はハッとしてすぐさま「ごめんなさい」と頭を下げた。それを見てアキトの母親も「いえ、うちの子がすみません」と頭を下げる。

「悪いのはこちらですので……。……今日は帰ります」

 そういって、ナツキの母親は玄関口を後にする。

「二人とも、余所でこの話をしちゃ絶対にダメ。何があってもね。分かった?」

 いつになく真剣なアキトの母親の顔に、二人は頷くしかなかった。

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