AI

ずまずみ

プロローグ

「父ちゃん、あれは何?」

 父親に手を引かれながら、アキトはそう尋ねた。

「この間テレビで説明しただろう?毎日パトロールしてくれてるドローンさ」

「あーあれがかぁー!毎日ご苦労様です!」

 ぺこりとお辞儀をする三歳児が、ドローンのカメラレンズに映る。そしてシャーッと音を立て、ドローンは飛び去っていった。

「おー、良い子だねー」

 丁寧な仕草を覚えた息子の頭を、父親はぽんぽんと叩く。

「あのドローンさんが、良いことも悪いことも全部見ているからね」

「悪いことするとあのドローンが逮捕する人呼んじゃうんだっけ?」

「そうそう、だから悪いことしちゃダメなんだよ」

 本当はドローンが警官を呼ぶのではなく、ドローンから送られてくる映像を解析している中央が警官派遣を指示するのだが。そんな細かいことを言っても仕方ないな、と父親はひとり苦笑する。

 はじめの頃は、カメラを搭載したドローンの市街地配備について「市民の監視が加速する」などと批判の声も大きかった。今もなお、音もなく市民を監視し治安維持に務めるドローンを気持ち悪がり忌み嫌う者も多い。必要悪というものなのだろう。

 周囲の冷たい視線にも負けずドローンに手を振る息子を、父親は誇らしく思った。この先も、屈するんじゃないぞ。我が子を握る手に、自然と力がこもる。


 技術的特異点シンギュラリティを迎えシンガポール政府に人工知能が導入されたのを皮切りに、各国で行政への人工知能の導入が進んだ。日本はもちろん出遅れていたが、他国のものは何でも正しく見えるマスコミや国民の強い圧力により渋々導入が決定した。そしてひとたび入ってしまえば、後はものすごい勢いで人工知能の導入の拡散は進んだのは日本らしい。



「ナツキくんたちと遊んでくるー!」

「気を付けていってらっしゃい」

 アキトの母親はそう言って送り出した。気を付けてとは言ったものの、街中には世界でも類をみないほどの高密度でドローンがパトロールにあたっているため、治安の心配はほぼ無い。狭い国土と豊かな財政・技術を兼ね備える日本ならではだ。

「ナツキくーん!」

「ようアキト」

「もうアキトくん、おっそーい!」

 近所の公園には、既にナツキとミフユの姿があった。同じ学年になる三人は、小さな頃からしょっちゅう一緒に遊んできて、母親同士の仲も良い。春からの小学校でも同じクラスになれるか、が目下の三人の問題だ。

 木々の中を、アキトは二人の元へ駆けてゆく。夏の季節ならば芝生が青々と生い茂っていたが、冬のこの時期には流石に緑色は見られない。それでも優しい土で覆われたこの公園は、子供達やペットを遊ばせるのにうってつけだ。ドローンに見守られた公園では、誰もが皆のんびりしている。

「なあアキト、あのドローンには鉄砲がついてるんだぜ、知ってたか?」

 三人で砂場に作った山に、火山の火口のくぼみを作りながらナツキは言う。

「えー、そうなの?」

 トンネルを掘る手を止め、アキトは答える。

「てっぽうってなに?」

 山のふもとに「ミフユのいえ」を描いていたミフユが尋ねた。

「おまえ鉄砲も知らないの!?鉄砲ってのは悪い奴を殺す、すげー強いブキさ!」

「ぶき?」

「そう、めちゃくちゃ速い鉄砲の玉を飛ばすんだ!それに当たると死ぬんだぜ!」

 こーんな感じでな、とナツキは手にした小さな泥玉を山に投げつける。下手なトンネル工事で不安定になっていた山はすぐに崩れ落ち、「ミフユのいえ」は砂に埋まる。ただ単に地面に埋もれてしまった両手をひっぱりながら、アキトは少し悲しくなった。

「ちょっとやめてよ!!」

 幼い女の子の叫び声が響く。今にも泣き出しそうなミフユの目を受け、ナツキはバツの悪そうな顔をする。

「……、い、いいだろそれくらい。『ミフユのいえ』なんてすぐに描けるだろ」

「良い訳ない!!どうしてくれるのよ!!!」

 意味不明な言い訳をしたナツキも、下を向いて涙をこらえるような声を聞くと流石にうろたえた。

「……ごめん」

「……」

「…だからごめんって。泣くなよ」

「…………」

「ごめん、ゆるしてって」

「じゃあね……」

 そう言いながら顔を上げたミフユには、涙は一粒も見えなかった。

「……ナツキくん鬼ね。にーげろー!」

 そう叫ぶや否や、ミフユは駆けだした。呆然と顔を見合わせるナツキとアキト。突然の展開に頭が追いつかない。

「何してるのアキトくん!ナツキ鬼だよ。早く逃げなきゃ!!」

 距離をとってこちらに叫ぶミフユを見ると、「じゃあ、そういうことだから」と言ってアキトも走り出した。

「お、おい、待てってアキト!!ずるいぞ!ミフユも!!」

 すぐさまナツキも追いかける。必死で逃げるアキトとミフユ。しかし三人の中で一番運動神経の良いナツキに敵うはずもなく、ミフユはすぐさまタッチされてしまった。

「次はお前鬼な!」

 嬉しそうに逃げ去るナツキ。それとは対照的に悔しそうに睨みつけるミフユ。その悔しそうな顔が、アキトの方を向いた。

「アキトくん!待って!!」

 アキトへ向かい走り出すミフユ。しかしアキトが同年代の女の子に追いつかれるはずもなく。やがてミフユは無理だと悟ったのか、ナツキに狙いを変えるも、当然ながら追いつけない。そんなミフユを、ナツキは意地の悪い笑みを浮かべながら眺めていた。

「ナツキくん…アキトくん……待って……」

 ミフユは立ちすくんで、息を切らしながら、うわずった声で二人の名を呼ぶ。

「……」

 呼ばれた二人は少し距離を置いたところで、ばつの悪そうな顔を向け合った。

 しばらくしてアキトは一つ決心すると、ミフユに歩み寄る。

「ほら、僕に渡して。僕が、追いついてやる」

「……え、いいの?」

 ミフユが顔を上げる。

「おい、ずるいぞ!アキト!!」

 ナツキの声を無視して、アキトはさらにミフユに近寄る。

「うん」

「……じゃあよろしく」

 ミフユの手がアキトの肩に触れる。

 ふうぅっ、と息を吐くと、アキトはナツキに狙いを定める。ナツキに追いつけるとは思えないけど、ショートカットを駆使すればなんとか……。

 アキトは走り出した。


「はぁはぁ……、もうやめにしよーぜ?」

 しばらく走り回った後、鬼となったナツキが呼びかけた。その言葉が、白い息となって空気に溶ける。がむしゃらに走って火照った身体に、冬の冷たい風が心地良い。

「じゃあ止めましょ。もうタッチ禁止だからね」

 保険を掛けながらミフユが歩み寄る。アキトもそれを聞いて二人に合流することにした。

「じゃあこの後何するの?」

「そうだなー、あっそうだ!このそばに『たちいりきんしばしょ』見つけたんだよ!」

 こっちこっち!と駆けていくナツキを、アキトは好奇心から追いかけていった。こんなところにも『たちいりきんしばしょ』があるなんて。どんな秘密があるんだろう?

 後ろから、「待ってよ二人ともー」とミフユも駆け寄ってくる。幼い三人にとって、日々は冒険なのだ。

「ほら、ここさ!」

 ナツキは自慢げに振り向き紹介する。

 フェンスで四角く囲まれた小さな場所の中央に、コンクリートの穴のようなものがあり、その上に金属のアミのようなフタがされている。そのフェンスには、大きな白いプラスチックの看板がくくりつけられていた。

「たつ…ひと………とまる?」

「ばかアキト!これで『たちいりきんし』って読むんだよ!」

 なるほど。これが「たちいりきんしばしょ」か。その下に書いてある漢字は読めないが、小さな冒険心がくすぐられる。

 三人でぐるぐると、何かを探すようにフェンスの周りを何周もする。見たところ、特に秘密はなさそうだ。

 するとナツキが「おーい!」と手を振りながら叫ぶ。

「ここになんか穴があったぞ!」

 ナツキが指さす先には、子供一人くらいは通れそうなフェンスの穴があった。

「……入ってみる?」

 そう言うナツキの顔に、子供っぽい好奇心の笑みが浮かぶ。

 入ってみたい、そうアキトが言う前に、ミフユが口を挟む。

「ダメだよ!『たちいりきんしばしょ』って入っちゃいけない場所のことだよ!?」

 ナツキはつまらなそうにミフユの方を向く。

「大丈夫だって、誰も見てないんだから」

 アキトは周りを見渡すと、確かに誰もいない。少しくらい入ったってバレやしないだろう。

「でもダメなものはダメだって!」

「じゃあミフユはそこで待ってろよ!いこうぜ?アキト」

 くぐるのに邪魔と思ったのだろう、ナツキは持っていた帽子を乱暴にミフユの方に投げつけた。ふん、と穴の方へ向き直ったナツキは、四つん這いになって穴をくぐり抜ける。

「ちょっとナツキ!」

 お節介な年頃だからか、ミフユはしつこく注意する。そんなミフユに、ナツキは自慢げな笑みを向けた。

「アキトも来いよ!」「ダメだよアキトくん!」二人の板挟みになってアキトは困窮する。中は気になるが、しかしミフユを怒らせるわけにはいかない。これ以上機嫌を悪くされでもしたら……。


 瞬間、頬を空気の塊が切りつける。


 パスッ


 空気を切り裂く乾いた音。

 かと思うと、すぐに湿っぽい音がした。

 何事か、と音の方を見ると、そこにはナツキが倒れていた。地面に赤黒い染みを作りながら。

「ナツキくん!」

 そう叫ぶやフェンスの方に駆け寄るミフユ。視界の隅にドローンを認めると、アキトは慌ててミフユの腕を掴む。

「ダメだよミフユちゃん!入っちゃ!!」

「でもナツキくんが」

「大丈夫、ドローンが見てるから」

 そう言うとアキトはドローンの方を指さす。

「だから、大丈夫。ドローンが大人とか呼んでくれるはずだから」

 アキトは動転したミフユの両肩を掴み、落ち着かせる。ここは僕が落ち着かなくては。僕まで動転してどうする。アキトは幼いながらもそう自分に言い聞かせる。そんな二人を、ドローンはプロペラの音を鳴り響かせながらも見つめていた。


「こら!君たち、そこを離れなさい!!」

 黒い制服に身を包んだ大人がこちらに駆け寄ってくる。

「あの、すみません、あの中に友達のナツキくんが」

 すっかり気が動転して会話できないミフユに代わり、アキトが状況を説明しようとした。

「いいからそこを離れなさい!」

「あっでも」

 聞こえなかったか?と言いながら、黒い制服の男は荒々しく二人を引っ張る。

 アキトは恐怖心から、ナツキのことを言うのを止めた。同じような制服の男が何人もフェンスの方へ走っているのを見て、ナツキの方も大丈夫だろうと一安心する。

「君たち家は?」

 乱暴に二人を引っ張りながら、制服の男は尋ねる。怖くて緊張してか、ミフユもアキトもすぐには返事ができない。

「家は?と聞いているんだ」

 口ごもるミフユを見て、アキトは軽く息を吸う。

「僕の名前はアキト。そこを右に曲がってしばらくして左に曲がったところにある家に住んでるんだ」


「こら!何したのアンタ!!」

 家の玄関口で、アキトは思いっきり母親に頭を叩かれた。

「それがですね、ちょっといいですか……」

 黒い制服の男が母親に状況を説明しようとする。

「…ちょっと、待ってもらえます?……こら、アキト、家の中入ってなさい。ミフユちゃんも」

 母親に促されアキトとミフユは家の中へ入る。

 制服の男と母親は何か話しているようだったが、リビングからだとうまく聞き取れない。

 二人は、恐怖と罪悪感から、黙って椅子の上に座っていた。胃の中がぐちゃぐちゃな感じがして、とても気分が悪い。

 アキトが横を向くと、ミフユは泣きそうな顔をしていた。

「……ごめん」

 そんな顔をみるとつい、アキトは謝ってしまう。

「……だからダメって言ったのに」

 震える声でそう、ミフユは口にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る