〈マッスル14〉 読み聞かせのお姉さん

「携帯が使えないんじゃ助けが……! がぶっ!」


 風炉島ぶろしまさんが、何度も携帯で助けを呼ぼうと試みるが、やはり駄目だ。


「デジル……。どうしよう……。歩いて山を降りるのは無茶だよね?」


「萌ちゃん。確かに、遭難した時は、基本的にその場を離れない方がいい。下山の最中、更に森の奥深くへ迷い込んでしまうかもしれない。しかし……! 山を降りる事で、大腿筋だいたいきんが鍛えられる。ボクは、ぜひこの足で下山をしたい!」


 やばい、私これから死ぬわ。


「デジル……。しかし、今は萌ちゃんや、か弱い亜房先生もいる。それに加えて、もう一人ここに美しいお嬢さんもいるんだ……。大人しく、救助を待つのが賢明じゃないか?」


「うむ、確かにそうだな!」


 万鳥まとりさんの言葉に、デジルは納得する。


 だがその時……。


「ちょっと待って! わたしは、皆と一緒なら下山してもいいわよ……!」


 緑色のベレー帽の女性が口を開く。


「わたしの名前は、夏井なつい 瑠花るか……。この地に伝わる筋肉岩の伝説、そして、首ポロ様の伝説の取材に来たの! 何か、ヒントを得られるかもしれないから、わたしはこの山を歩きたい!」


「おー、キミも筋肉を鍛えにこのバスツアーに来たのか!」


「ちゃんと話聞け、筋肉野郎! わたしは、伝説に興味があるの! 夏井ちゃんパンチ!」


 夏井さんは、デジルの分厚い胸筋を殴った。


「筋肉岩は聞いた事あるけど、首ポロ様ってなんだい?」


 亜房先生が尋ねる。


「あら、可愛い少年ね……。興味持ってくれたのかしら? 首ポロ様は、筋肉岩伝説の原点にもなるお話よ……。むかーし、むかし……。この地に存在するとある館に、一人の少女が住んでいました……」


 夏井さんは、急に真剣な口調になると、ハッキリ、聞き取りやすい声で、首ポロ様の話を始めた。


「少女は、山で迷った旅人が訪れては、館の中に招き入れ、それはそれは盛大におもてなしをしたと言います。

 どの旅人も、可愛らしい少女からのおもてなしに大満足。少女は更に、今日は外が暗くなって来たから、一晩だけ泊まって行くようにと勧めます。旅人も悪い気はせず、少女の言葉に甘え、ベッドもある空き部屋へと案内されます。少女は言います……。

 夜中、絶対にこの部屋から出てはいけません、約束ですよ。

 旅人は了承をするものの、その晩、部屋の外から聞こえる金属音が気になり、部屋の扉をこっそりと開け、館の中を歩き回ります……。音が聞こえて来る部屋の扉の前までやって来ました……。

 そっと扉を開けて、中を覗きます……」


 私も、筋肉達も、夏井さんの読み聞かせ技術に負け、すっかりと首ポロワールドへと入ってしまった。

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