〈マッスル13〉 遭難する筋肉達

 最早、どこが前なのか後ろなのか、上なのか下なのか、分からない。ただ、なんとか私は生きている……。デジルが、私を守ってくれたのだ。


「デジル……? 大丈夫……!?」


「ああ、私の筋肉も無事だ! みんな、大丈夫か!?」


 デジルは、ぐしゃぐしゃになったバスの中で叫ぶ。私も上体を起こして辺りを見回す。するとなんと、あの衝撃にも関わらず、林田さんがサイドプランクを継続していた。


 人間じゃねぇな。


 さらに、風炉島ぶろしまさんは、ブロッコリーがパンパンに詰まったリュックの中に頭から突っ込んでしまっており、生死は不明。


 だが、よく耳をすませば、中からブロッコリーを齧る音が聞こえてきた。


 生きている。


 亜房先生は、無事に怪我なく生きていたが、怖かったのか泣いている。私が全力で励ましてやりたい。


「お嬢さん、大丈夫ですか?」


 一方、万鳥さんは、バスの前方に座っていた、緑色のベレー帽を被った女性に手を差し伸べている。


「ええ、大丈夫よ……。ありがとう」


 なんとか全員、無事なのか?


「む!? ガソリンの臭い!? 不味いぞ……。このままだとバスが炎上するかもしれない……。運転手さん! ドアは開くかい!?」


 デジルが運転手に向かって声をかける。


「駄目だ、デジル……。死んでいるよ……!」


 万鳥さんが、運転手が事故により息絶えているいる事に気付いた。


「なん……だと? こうなったら、少々乱暴だが、ドアを破壊しよう。フンッ!」


 デジルは、軽々とドアを引き千切った。今後密室殺人があれば、デジルも犯人候補として十分だ。この男に扉の概念は存在しない。


「さあ、外へ!」


 デジルが、私を一番最初に外へと出す。それから万鳥さんが、緑色のベレー帽の女性と共に外へ出て来て、亜房先生、サイドプランクの林田、風炉島さん、そして最後にデジル自身が外へと脱出した。


 ちょうどそれと同じタイミングで、バスから黒い煙と炎が同時に上がり始めた。ギリギリ助かった。バスの運転手さんは、もうどうしようもなかったけど……。


 するとその時、燃え盛る炎の中からもう一つ影が見えた。


「なんでみんな俺のこと忘れているの!」


 無江警部の存在を忘れていた。


 まあ皆、なんとか命は助かった。だけど、何処だか分からない森の中。携帯の電波もお釈迦になっている。


 大炎上を始めたバスを見ながら、私は無事に帰れるのかが心配だった。

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