〈マッスル9〉 迷推理炸裂

「ルアンくん。ボクの筋肉が、君が犯人だと言っているよ!」


 指指す先に佇む筋肉は、ルアンさんだった。


「何よぉん! 何で私を疑うのよぉ!? 酷いじゃない……! 証拠はあるのぉ……!?」


 ルアンさんは、両手を前に突き出して、全力で否定する。


「証拠なんて無い!」


 無いんかよ。


「だが、動機も十分、トリックも実に簡単だ!」


 よくこれで探偵名乗れてるな。まぁ、筋肉だし仕方ないのか。


「キミは、万鳥まとりくんを嫌っていたね?」


「ええ、それは事実よん。だってあの人、デジルさんの前でも、平気な顔してタバコ吸うじゃない……! この前、10本まとめて吸っていた時は、流石にドン引きしたわよ! 副流煙が、デジルさんの肺を汚しちゃう!」


「ああ、知っているさ。キミが、ボクの肺を想ってくれているからこそ、憎しみが生まれた」


「違う……! やっぱりデジルさんは分かっていない! 私は……私はデジルさんの事を、一人の女性として愛しているのよ……!」


 突然の告白。室内に、早くも冬が訪れた。未だサイドプランクを続けている林田さんも、少しばかり動揺したのか、腰の高さが僅かに下がってしまう。


「優しさ、胸鎖乳突筋きょうさにゅうとつきん、大胸筋、謙虚な姿勢、まさに筋肉業界の第一人者に相応しい! 私は、そんなデジルさんの事が大好きなの!」


 ルアンさんは、目に涙を浮かべている。デジルへの愛は十分に伝わった。


 そして、気が付いた頃には万鳥まとりさんは運ばれており、救急車のサイレンが再び鳴り始めた。亜房あぼう総合病院へ向かって搬送されて行ったのだろう。


 なんとか、一命だけは取り止めてほしい……。


「どうやら、動機は十分みたいだね……。憎しみは、愛から生まれる……。僧帽筋そうぼうきんの僧の字は、憎しみと似ている……」


 後半関係ねぇだろ。


「さて……ここにあるプロテイン、食料は、全てルアンくんが準備してくれた。それは、さっきもボクが言ったよね? 当然、可能性は他の人間よりも高い」


「でも、動機はあっても証拠は無いじゃない……! 私はやってないわ!」


「ああ、証拠は無い! だが、キミの家や、その周囲を調べれば必ずマスルトトキシンが見つかり、やがて確実な証拠が出て来る……。ボクとしては、ぜひ、その前に自ら罪を償ってもらいたいのだよ……」


 デジルさんは、丸太の様な太い腕を組み、静かに天井を見上げた。


「恐らく、紅茶味のプロテインに、マスルトトキシンと、それを中和する次亜硫酸マスルトニウムを混ぜてあった。紅茶味は、万鳥くんのお気に入りだ……。そして、ルアンくんは、万鳥くんのプロテインを混ぜる癖を良く知っている……。彼は、他の筋肉業界の人間とは違い、マドラーを使って優しく混ぜる。そうなれば、電離しにくい次亜硫酸マスルトニウムは、プロテインにほぼ溶けずにシェイカーの底へと沈む。一方で、激しくプロテインをシェイクする朋岡ともおかちゃんの場合、二つの物質がシェイカー内で化合し、毒性の無い物質へと変わる。だから同じプロテインを飲んだのに朋岡ともおかちゃんは大丈夫だったんだ。どうだい……ルアンくん?」


 デジルさんは、静かにサイドチェストを決める。


「ホントに嫌らしいわね……。私の負けよ」

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