〈マッスル7〉 慌てずサイドプランク

「な、何よコレ!? 万鳥まとりおじさん……!?」


 朋岡ともおかさんは、苦しむ万鳥さんの姿を見て慌てふためいている。


「ルアンくん……! すぐに救急車を!」


「ええ、アタシに任せてぇん……!」


 デジルが、苦しむ万鳥さんの元へと急いで駆け寄る。


「万鳥くん! しっかりするんだ……! 筋肉が泣いているぞ! 頑張れ! 頑張るんだ……!」


 お茶会が、あっという間に修羅場と化す。何が起こったのか、さっぱり理解が追い付かない。さっき一緒にエレベーターに乗っていた筋肉が、倒れたと言う事実だけは分かる。


 この状況で私が何をするべきなのか、頭の中がパニックになってしまっている。


「くそッ!? 心臓が止まっている!?」


 デジルも慌ている。


「こ、こうなったら心臓マッサージだ……!」


「駄目よ、デジルさぁん! あなた、力が強過ぎるから、三途の川を渡るお手伝いをするだけよ! 萌ちゃん、代わりに心臓マッサージを……!」


 筋肉も時には凶器。


 朋岡さんに言われ、私はすぐに万鳥さんの元へと走った。心臓マッサージなんてやった事がないけど、私が頑張らないとこの筋肉の命が……!


 私は、万鳥さんの大胸筋に手を重ね、心臓マッサージを始める。こんな形で大胸筋に触れるなんてしたくなかった。


 頑張って……!


 頑張れ……!


 息を吹き返して……!


 しかし、私の努力も虚しく、万鳥さんの顔面は段々と白くなって行く。救急車のサイレンが、微かにだが聞こえて来る。


 しかし、救急隊が来てからでは、素人目から見ても助かるとは到底思えない。


「万鳥のヤツ、どうしたんだよ? タバコの吸い過ぎで、心臓発作か?」


 林田と言う酔っ払いは、こんな状況にも関わらず、椅子を使ってサイドプランクをしている。


 くそッ、脳筋め……!


 そして……。


 エレベーターが開くと共に、救急隊が数名降りて来た。受付嬢の風炉島ぶろしまさんも一緒だ。


「デジルさん、どうしたんですか!? がぶっ!」


 こんな時でも、彼女はブロッコリーを齧る。


「万鳥の奴が急に倒れたんだよ、やっぱり病気かなぁ?」


 林田が、未だにサイドプランクを続けた状態で答える。頭部から爪先まで、まるで一本の折れぬ柱。


「違う、病気なんかじゃない。これは、殺人だ……!」


 デジルの言葉で、その場にいる全員の目の色が変わったような気がした。

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