なんてことない静かな夢を
黒羽渚
第1話
鮮やかな月が満ちていた夜、私は怪盗の夢を見た。それは私が怪盗になっていた夢だったのか、怪盗が私になっていた夢だったのか。分からないけど。
けれど。確かにその目には、輝く夜に駆け回る私が映っていた。輝いていたのは空だけではなかった。
その映る私は必死で辛そうにも見えたのに。何故だろう、その状況を楽しんでいた。
そして辛さに抗うように、世界をぶち破るように輝く笑顔で彼女は叫んだ。
「古臭い茶番はおしまいにしようじゃないか!」
と。
*
ーこれはいつもの私の夢だ。いつもあの言葉を叫んで終わる。でもこれは、もう今となっては夢だけの話ではない。
『私の名前は怪盗ムーン!』
私の満月の夜だけの名前。いつも叫ぶこの名前。そう、私は怪盗になったのだ。全てを失った夜に、私はその名を手に入れた。
元々は自分から始めようと思ったことではなかった。でも不思議とそれが私のやるべきことと思えた。
気安く「これが運命」だとか、「使命」だとか言うのは好きじゃない。ただ純粋に心からそう思った。動機はそれだけでいい。
どうしてそう思ったのかは分からない。けど身体が覚えてるような、そんな気がした。頭で分からないならきっとそれに従うべきなんだろう。そう感じた。
そうして××××は記憶を捜す月の怪盗になった。
*
怪盗になったその日から、私はその夢を何度も見るようになった。きっと明日もこの夢を見るんだろう。
全てを思い出したとき、この夢は終わるんだろうか。じゃあその終わりはいつだろう?どうしたら終わりなんて実感できるんだろう?
どうして私は一人でこの家にいるんだろう。家族はいたんだろうか。いたとしたらどんな人たちだったんだろう。
私に大切な仲間はいたんだろうか。幼馴染がいた記憶は最近取り戻した。けど、まだまだ分からないことだらけだ。バレたりはしてないだろうか。そもそもこの記憶は本物なの?
それでも唯一頼れる先輩はいる。寂しい時はアジトに泊めてくれる。何か知ってるみたいだけど、いつも何も教えてくれない。なんでだろう。
記憶を失う前の私はどんな私だったの?私の名前にはどんな意味が込められているの?忘れたくない思い出とかもあったのかな。
今の私を満たすのは「わからない」という気持ちばかりで。不安でただただ寂しい。辛い。
覚悟を決めてからは特にそういう気持ちは表に出さないようにしてる。先輩が言っていた。
「どんなに偉大なマジシャンでも自信を持ち、楽しんでいなければ最高のショーは作れない。不安な気持ちを除かせてはならない。それが難しいのなら自分を騙せ。」
きっと先輩なりの気遣いだったんだろう。私は怪盗ではあるけどマジシャンではない。それにきっと、今の私じゃあ完璧にこなすことは難しいから。自分なりに頑張ってくれ、そう言いたかったんだろう。先輩はいつも口癖のように「なるようになる」と言っているから。
「幕が下りて一人になった後は好きにするといい。」
そこは僕の知ったことじゃあない。それらの言葉を告げてある日は去っていった。
教えてくれないけど、怪しいけどそこだけは信頼してもいい。その日はそう思った。
それからは特に怪盗でいる時は強い気持ちを持てるようになった。
いつでもそうやって自分を騙していけたら楽なのにな。気が抜けると沈む一方だ。
*
終わりは見えないし辛いことばかりだ。でもそれでも、何かを騙すこと無く素直な気持ちで日々を過ごすことができる
その気持ちは本物か?怪盗ムーンはお前だ。きっかけがなんであろうとお前自身だ。本当にこの日々が終わってほしいなんて思っているのか?嘘だな。
たとえ自分を騙していると感じていたとしても、怪盗を楽しんでいるのは嘘偽り無くお前だ。
本当に終わってほしいと思っていたのなら私はとうに終わっていた!捕まっていた!
覚悟の意味を本当にお前は理解しているのか?考えろ。足掻け!そうしてこんな古臭い茶番を、
ーー……?
なんだろう、いつもとは違う夢を見ていた気がする。思い出せないけど何か…。
……。
わからないけど、たまには楽しそうな、なんてことない静かな夢でも見れたらいいな。なんて
なんてことない静かな夢を 黒羽渚 @nagisa_clover27
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