四番の葛藤

福岡スパイダース 対 北海道ホエールズ。


六回表、ホエールズの攻撃は三者凡退で終了。

六回表が終わったところでスコアは0-0。

熾烈な投手戦となっています。

この均衡はいつ破られるのか。

六回裏、スパイダースの攻撃。

四番、芝岡から始まります。






芝岡は苛立っていた。


自分が打てないこと。チームが打てないこと。

そうではないらしい。




「…鹿島が打ってない。」




そう。初回の内野安打以来、鹿島は出塁していない。

そのせいでさっきの話の続きが聞けないのだ。


芝岡は苛立っていた。


芝岡は複雑な思いを抱えながら打席に向かう。


「芝ちゃん。今日調子悪いね~。」


軽い口調で芝岡をからかったのは

ホエールズのキャッチャー、堂本。

日本代表の正捕手を務めたこともあるベテラン。

芝岡を打者として認めているせいか、芝岡にはいつも絡んでくる。



「余計なお世話ですよ、堂本さん。」

「大先輩にその口の利き方はないんじゃな~い。」

「いいから黙っててください。」



大先輩からの余計な軽い言葉は芝岡のイライラを増幅させる。


しかし、堂本の言う通り今日の芝岡はノーヒット。

ホエールズの先発である

速球派右腕、千葉に完璧に抑えられてる。

堂本の見事なリードも相まって

芝岡本来のバッティングを封じられている。


こんなとき、いつもの芝岡なら頭をバッティングのことで一杯にする。



「ちっ…。」



しかし、今日は鹿島の無表情な顔がチラつく。


一方の鹿島は

無気力な表情でショートの守備位置に立っている。



そんな状況の中。芝岡が右打席にどっしりと構える。



ピッチャー千葉

初球。ストレート。ボール。

二球目。カーブ。これまた、ボール。

ボールが先行している。


「千葉ぁ、頼むぞ~。」


堂本が渋い表情でぼやく。

ここで芝岡には一つの考えが浮かぶ。



「…ここで出塁してなんとか二塁まで行けば

 さっきの話の続き、鹿島に聞けるな。」



ショートの守備についている鹿島。

芝岡が二塁まで行けば多少は話せるという

プロ野球選手としてはお粗末な考え。



芝岡の頭はイライラを消す方法を優先してしまった。


三球目。ストレート。三球続けて、ボール。



「千葉ぁ。今日の芝ちゃんなら勝負できるでしょ。

 何ビビってるんだぁ。おい。」



堂本のボヤキは止まらない。

芝岡にはもちろん聞こえている。

少しイラっとした芝岡だったが

今のボールで鹿島の所へ行けそうだと目論む。



「…このカウントならフォアボール狙いだな。」



心の中でつぶやく。


ピッチャー千葉。

長めの間を取ってからの四球目。ストレート。ストライク。


芝岡も打つ気がなかった訳ではないが、

フォアボールを意識していたために見逃す。



「今日の千葉さんのコントロールならもう一球は見てもいいか…。」



芝岡の考えはキャッチャー堂本には筒抜けだった。


ピッチャー千葉の五球目。

内角へのストレート。今日の最速157キロ。

スピードに押され芝岡は見逃す。しかし、判定はストライク。



「あれぇ。芝ちゃん、いつもならそのコース。

 得意じゃなかったかなぁ。」



堂本がニヤつきながら、芝岡を挑発する。

堂本の言う通り

芝岡はまんまと得意なコースを見逃してしまった。



「う、うるさいっすよ。堂本さんよく喋りますね。」

「まあ、これも俺の仕事なんでな。」

「キャッチャーにそんな仕事ありましたっけ。」

「さぁね~。」



芝岡は簡単に追い込まれてしまった。

これには芝岡も冷静にはいられない。




「芝ちゃ~ん。困ったね。四番はまだ荷が重いかな。」




芝岡に『四番』という言葉が刺さった。


四番。

チームの得点にとって最も重要な意味を持つ打順。

監督、チームメイト、ファン。

四番のバットにかかる期待と重圧は本人が一番分かっている。




堂島の軽い挑発は芝岡のスイッチを入れた。


ピッチャー千葉。六球目。

外角へ逃げていくキレのいいスライダー。

堂島の要求通り。抜群のボールだった。


芝岡はそのボールを読んでいたわけではない。





しかし

無心で振りぬかれた芝岡のバットは

外角のスライダーを完璧にとらえた。

その打球は外野の頭を余裕で越えて、見事にスタンドイン。




芝岡、先制ホームラン。




球場中が沸いている。

若き主砲がこの試合の長い均衡を破った瞬間だった。



最高のボールを仕留められた千葉は頭を抱えている。

堂本もこれには完敗という表情を見せている。

打った芝岡は駆け足でベースを回る。

その表情はホームランの余韻に浸っていた。






「芝さん、さすがっすね。」






二塁を回ったあたりで鹿島がぼそっと芝岡に向かって呟いた。

芝岡はその呟きを聞いて思い出す。







「ホームランじゃ鹿島から聞けねーじゃん…。」








ホームに帰ってきた芝岡の顔には

先ほどの余韻は微塵も残ってなかった。


「へへっ。芝ちゃん、四番の仕事やってくれたねぇ。」


帰ってきた芝岡に悔しそうに笑う堂本。






「あざっす。」

ため息交じりの礼を言う芝岡だった。


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