Special menu 3 ユニコーンの角ご飯(後編)
ぐつぐつと音を立て、鍋の中でユニコーンの角が茹でられる。
ディッシュはそれをただ黙ってみていたわけではない。
すでに調理は始まっている。
袋から取り出したのは、マダラゲ草の種実だ。
白い種実を鍋の中にいる。
水を張り、しゃりしゃりと音を鳴らして洗い始めた。
ざるで水を切り、そのまま放置する。
今度は食材を取り出す。
黄金に輝くそれを見て、アセルスとウォンが飛びついた。
「おお! 油揚げ!」
「うぉん!」
豆腐を揚げた東方の料理だ。
アセルスはあの時のことを思い出す。
カリカリの食感と、素朴な甘み。
自然と涎が溢れてきた。
ディッシュが摘まみあげた油揚げを見て、アセルスは目を輝かせる。
するとディッシュは首を振った。
「今日はこれ1枚しか持ってないからダメだぞ」
「う、うむ……。そうか」
「うぉ~ん」
がっくりと項垂れる。
「だが、心配するな。これをおいしいユニコーンの角と一緒に入れて食べられるんだ。うめぇぞ」
ディッシュが笑うと、1人と1匹は力を取り戻すように顔を上げる。
再び表情が輝やかせた。
「だから、大人しく待っておけ」
「うむ! わかった!」
「うぉん!」
アセルスは地面に正座して待つ。
その横にウォンが寄り添うように座った。
この聖騎士と神獣の組み合わせは、日増しに仲良くなっている。
息がぴったりだった。
ディッシュの調理を再開する。
油揚げに熱湯をかけ、油抜きをする。
俎上に載せると、細切りにした。
後は、ユニコーンの角が茹で上がるのを待つばかりだ。
アセルスはきょとんとする。
「ディッシュ、具材はユニコーンの角と油揚げなのか? 混ぜご飯ならもっと何か入れるものだろう?」
「確かに色々入れると混ぜご飯は華やかになるけど、入れすぎもよくないんだ。特に今日の主役はユニコーンの角だからな。まずその具材の味を感じることができなかったら、意味がないだろ?」
「おお……。前にディッシュが言ってた引き算の料理というヤツか」
「そうそう、それそれ……。とはいえ、今日は他に入れるもんはねぇんだがな。……おっと、そろそろかな」
ディッシュはユニコーンの角が入った鍋の前に立つ。
菜箸を握ると、角の根元に刺し入れた。
石の如く硬いといわれるユニコーンの角に菜箸の尖端が入っていく。
「おお!」
アセルスは思わず歓声をあげ、目を丸くした。
ディッシュは満足そうに頷く。
ユニコーンの角を鍋からざるに上げた。
驚くことに普通は白いユニコーンの角が、黄色く染まっていた。
「マダラゲ草の表皮が魔力を排出する魔孔を塞ぐとこんな色になるんだ。でも、白よりおいしそうに見えるだろ」
ディッシュがいうと、アセルスとウォンはうんうんと頷いた。
興奮冷めやらぬらしい。
鼻息を荒くしながら、そっとユニコーンの角に手を伸ばす。
「あっち!!」
アセルスは慌てて手を引っ込めた。
ふーふーと指先に息を送る。
ディッシュはケラケラと笑った。
「まだ熱湯から出したばっかりだからな。そりゃそうなる」
「でも、早く調理した方がいいのではないか?」
「大丈夫だ。この色になると、魔力の漏出は抑えられる。冷めてから、今度は水でもう1度洗うぞ」
「まだ待つのか。ユニコーンの角の賞味期限は早いのに、食べるのには時間がかかるのだな」
「がっつくなよ、アセルス。うまいもんを食べるためには、時間をかけることも必要なんだよ」
「むぅ……」
アセルスはまた座る。
早く食べたい気持ちを必死に抑え込んだ。
その横でウォンがペロリとその頬を舐める。
落ち着け、といっているようだった。
これではどっちが姉で弟なのかわからない。
ユニコーンの角を水で洗い、いよいよディッシュは包丁を入れる。
茹でた後だけあって、先ほどよりも包丁の入りがいい。
これも細切りにすると、水に放った。
材料は揃った。
いよいよここから混ぜご飯の準備だ。
鍋に放置していたマダラゲ草の種実を開ける。
そこに酒、砂糖を入れ、少々の塩と醤油を垂らした。
水を入れ、最後に乾燥させた海藻を載せる。
鍋に蓋をし、マダラゲ草の種実を炊きはじめた。
「これで後は炊き上げるだけだ。もうちょっとだぞ、アセルス」
これでようやくアセルスのお腹を満足させてやれる。
ディッシュはちょっとホッとした。
さぞお腹を空かしているだろう。
涎まみれになっているかもしれない。
少し心配しながら、ディッシュは振り返った。
1人1匹は寝ていた。
アセルスはウォンに、ウォンはアセルスに寄りかかるように目を瞑り、小さな寝息を立てている。
ディッシュはガリガリと頭を掻いた。
「ホントお前たち、実の姉弟みたいだな」
ディッシュは笑うのだった。
◆◇◆◇◆
アセルスの覚醒は突如として訪れた。
その鼻腔が、芳しい香りを捕らえたからだ。
「むっ……」
目を擦りながら、アセルスは起き上がる。
ディッシュの大きな背中が見えた。
まるで彼女を守っているかのようだ。
そのたくましい料理人の背中に、アセルスはぽぅとなる。
すると、気配に気付いたのか、ディッシュは振り返った。
「よう。アセルス。お目覚めか」
にししし、といつも通りディッシュは笑った。
「す、すまん! 眠りこけていたようだ」
アセルスは聖騎士で、上位の冒険者だ。
本来であれば、弱者であるディッシュを守らなければならない立場にある。
そもそも山の中で居眠りすると言うことが、あり得ないことだった。
(こんなことは初めてだ……。でぃ、ディッシュが側にいるからだろうか)
アセルスはちらりとディッシュを盗み見る。
視線が合うと、ポッと火がついたように自分の熱が上がるのに気付いた。
(おおおおお、落ち着け! アセルス!!)
すると、アセルスはパンと自分の頬を張る。
「アセルス、何をやっているんだ?」
「ん? あ、ああ……。こ、これはだな。や、山で眠るなんて聖騎士としてあるまじきことだから。たるんでいる、という意味で頬を張ったのだ」
「そうか。でも、疲れてたんだろ。肩の力を抜けよ」
「う、うむ。そうかもしれ――――ッ!」
再び香しい香りが、アセルスの鼻先をくすぐる。
ぐるるるるるる……。
アセルスとともに眠っていたお腹も、目を覚ました。
その音を聞いて、ウォンも目を開ける。
ウォンも匂いに気付いたらしい。
舌を出して、早くしろとディッシュに催促する。
「そろそろだな」
ディッシュは鍋の蓋を開けた。
白い湯気とともに、香りが強くなる。
うーん、というふうに伸び上がりながら、アセルスは香りを吸い込む。
そして鍋の中をのぞき込んだ。
薄い飴色に染まったマダラゲ草の種実。
プリッとした狐色の油揚げ。
そして宝石のように光るユニコーンの角。
かすかな醤油の香りとともに、アセルスの鼻をくすぐったのは、ユニコーンの角の香りだと思われる。
突然、目の前に現れた宝箱に、アセルスの目は輝いた。
ディッシュは鍋の中をかき回し、マダラゲ草の種実と油揚げ、細切りにしたユニコーンの角をよくかき混ぜる。
ようやく器に盛ると、アセルスの前に差し出された。
「待たせたな」
ディッシュはにしし、と笑う。
ユニコーンの角のご飯の出来上がりだ!!
早速、アセルスは箸を握る。
マダラゲ草の種実の上に、ユニコーンの角を載せた。
まず驚いたのは、その柔らかさだろう。
硬いと思っていたユニコーンの角が、海藻のようにマダラゲ草の上に横たわっている。
ますます楽しみになり、アセルスは目をキラキラさせた。
いよいよ口の中に入れる。
「うぅぅぅぅぅんん!! うまぁあああああああいいいいいい!!」
アセルスは唸った。
横で食べていたウォンも顎を天に向けて遠吠えする。
まず驚くのは、食感だ。
やはりなんと言っても、その柔らかさに驚いてしまう。
でも、単に柔らかいわけではない。
芯の方にはかすかな硬さがあり、シャキッとした食感が歯茎を刺激する。
でも、決して食べるのに苦労しない。
柔らかさと硬さのバランスが絶妙なのだ。
味もいい。
形からしてやはり思い起こすのは
だが、あの独特のえぐみ、苦みはない。
その代わり、強い風味、素朴な旨みが口の中に広がっていく。
ユニコーンの角単体だけ食べても、十分食が進む。
だが、これは混ぜご飯だ。
マダラゲ草の種実と、ユニコーンの角が調和していなければ意味はない。
しかし、ディッシュが作った混ぜご飯はその課題をクリアしていた。
なんといっても、ユニコーンの角が柔らかいことだろう。
モチモチとした種実の食感に、ユニコーンの角の鋭い食感が加わることによって、食べたことのない食感を生み出している。
ユニコーンの角が硬すぎると、こうはならない。
食感が角の方に偏ってしまい、混ぜご飯を食べている気にならなくなってくるのだ。
味の一体感も最高だ。
これは味付けの妙であろう。
味付けを最小限にとどめたことによって、ユニコーンの角の風味や旨みを殺さず、一緒に舌の上で感じることができる。
そこに油揚げの油が加わり、全体的にまろやかになっていた。
味の敢闘賞を決めるなら、ディッシュが最後に入れた乾燥海藻だろう。
しみ出した出汁が全体を包み込むことによって、味に1本筋を与えている。
ほんのりとした出汁の味が、具材の長所を引き立て、それぞれの味をしっかりと感じさせてくれていた。
混ぜご飯は当然、色々な味や食感を感じさせてくれる。
しかし、決してバラバラにならず、一体感のある一皿になっていた。
「ふわぁ……」
気付けば、鍋の中が空になっていた。
1人につき皿三杯分あったのに、一瞬で消えてしまったのである。
「うまかった……」
まるで遺言でも残すようにアセルスは、ウォンに持たれかかる。
瞼を閉じ、モフモフの毛の中に埋もれる。
ウォンも満足したのか、またうつろうつろしていた。
「しょうがねぇなあ……」
ディッシュはクスリと笑いながら、背嚢の中から冬用のマントを取り出す。
すぅすぅと寝息を立てる聖騎士にかけてあげるのだった。
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