Special menu 3 ユニコーンの角ご飯(前編)

 コーン……。

 コーン……。

 コーン……。


 奇妙な音が山に響いていた。

 キツツキが木を叩く音とはまた違う。

 木こりが木を切る音にも似るが、魔獣の巣窟である山の中で呑気に木を切る木こりバカはいない。


 とにかく、その奇音はなんの前触れもなく始まった。


 今日も今日とて、アセルスはディッシュの家に朝から来ていた。

 コロネスライムパンを溶けたチョコレートにつけるというレシピを覚えたアセルスは、頬にチョコを付けながら、唸っている。

 しばし横のウォンと堪能していると、例の音に振り返った。


「あれは……」


 アセルスは眉を顰めた。

 ウォンも首を傾げている。


 だが、ディッシュの反応は違った。

 慌てて窯の火を消す。

 一旦家に戻って身支度を調えると、いつもの木の背嚢を背負った。


「ウォン! 出かけるぞ」


 と、急に言い出す。


 いつも泰然自若としているディッシュが、随分焦っているように見えた。


「どうしたのだ? ディッシュ?」


「説明は後だ。アセルスも来るならこい」


「へ?」


 アセルスは事態を掴めず、首を傾げる。

 その時まだ腰を上げることすらなかったが、次の一言で胃袋を掴まれた。


「すっげぇうまいもんが食えるぞ!」


 ぐごごごごご……。


 聖騎士の内臓が、「すっげぇうまいもん」に反応した。



 ◆◇◆◇◆



 山はすっかり春の匂いに満ちている。

 溶けた雪の下から新芽が顔を出し、雪解け水がいくつもの小さな小川を作って流れていった。


 空気こそまだまだ冷たい。

 だが、陽光は日に日に温かくなっていた。


 そんな山の中をディッシュはウォンに跨がり、音が聞こえる方へと急ぐ。

 その横をアセルスが、【光速】のスキルを使って走っていた。


 アセルスはちらりとディッシュに視線を向ける。

 額に汗を掻き、やはりいつもと違って焦っているように見えた。


「ディッシュ、あの音には私も聞き覚えがある」


 アセルスはディッシュの焦燥を和らげるため話しかける。


 あの音は春先にはよく聞く音だった。

 何の音かは、アセルスも知らない。

 ただ1つわかるのは、あの音の下にディッシュの心を掻き乱すほどのおいしい食材があるということだ。


「アセルスも知ってるのか。まあ、行けばわかるよ。急ぐだけの価値はあるぞ」


 にししし、と笑う。

 その頼もしい笑みを見て、アセルスも微笑む。

 同時に涎を垂らした。




 音の近くまでやってくる。

 ディッシュは止まるようにウォンとアセルスに促した。

 身を低くし、なるべく物音を立てないように近づく。


 そして、2人と1匹はそっと茂みから顔を出した。


 コーン!

 コーン!

 コーン!


 そこにいたのは、一回り大きな馬だった。

 だが、山にいる馬だ。

 当然普通ではない。


 獅子のような尾を揺らし、顎には山羊のような髭を生やしている。

 体毛は泡立った潮のように白く、蹄は2つに割れていた。


 1番の特徴はなんといっても、鼻の上から伸びた角だろう。

 螺旋状の筋が入った角は、鋭い槍を思わせた。


「ユニ――――」


 素っ頓狂な声を上げようとしたアセルスの口を、ディッシュは寸前で塞ぐ。

 しー、と口に人差し指を当てて注意した。


「ち、近い……」


 アセルスの顔はたちまち赤くなる。

 その心境を理解できず、ディッシュは再び首を伸ばした。


 ディッシュたちの前にいたのは、ユニコーンだった。


 それが角を木に擦り付けたり、叩いたりしている。

 その時に発生した音が、奇音の正体だったのだ。


「な、何をしているのだ、あれは? 求愛行動か何かか?」


 アセルスは声を潜め、ディッシュに尋ねてきた。

 春先ということもあるだろう。

 アセルスには、そうした本能的なもののように見えたらしい。


 だが、ユニコーンといえば、処女を好むという。

 あくまでそれは創作話の1つなのではあるが、どうしても色眼鏡で見られがちな魔獣だ。

 ディッシュの横のアセルスも、何か無闇に顔を熱くしていた。


 アセルスの反応に首を傾げつつ、ディッシュは答える。


「もうすぐわかるよ」


「もうすぐとは――――」


 いつだ、と聞こうとした時、音が変わった。


 ガキィン、と何か折れたような音が混じる。

 すると、クルクルと空中を回転した。

 ちょうどアセルスの方に向かってくる。


「あわわわわ……」


 慌てたアセルスは咄嗟に手を差し出す。

 パン、と音を立てて、両手を合わせた。

 見事、それヽヽをキャッチする。


 それとは、折れたユニコーンの角だった。


「おお……」


 アセルスは目を輝かせた。

 ユニコーンとは戦ったこともある。

 それに角は煎じれば万能薬になることもあり、冒険者にはお馴染みの素材だった。


 だが、これは違う。


 何かまだ生暖かい。

 ユニコーンの胎動が聞こえるぐらいまだ体温が残っていた。


「でかしたぞ、アセルス!!」


「へっ?」


 ディッシュはバッと茂みの中で立ち上がる。

 その瞬間、ユニコーンはディッシュたちに気づき、蹄の音を鳴らして逃げていった。

 だが、ディッシュは全く気にしない。


 それどころか、その場で簡易の竈を組み立てた。

 火焚きをし、水を張った鍋を竈にかける。

 恐ろしく手早い動きだ。

 いつもより数段速い。

 その証拠に、いつも飄々と準備をしているディッシュの額に、玉のような汗が浮かんでいた。


 鍋にマダラゲ草の種実の表皮、ドラゴンバットの骨粉を入れる。


「アセルス、角をくれ」


「あ、ああ……」


 アセルスからユニコーンの角を受け取ると、早速包丁を振るう。

 螺旋に沿って、斜めに切り、バラバラにすると、鍋の中に投入した。


「ふー……」


 ディッシュはようやく一息吐く。

 流れるような動きだった。

 アセルスが口を挟めないほど。


「しばらく待って、串が通れば一先ず安心だな」


「でぃ、ディッシュ……。一体、何が起こっているのだ?」


「あ。わりぃな。このユニコーンの角は特殊な食材でな」


「しょ、食材! 今、食材といったか!?」


「なんだよ。察しが悪いな、アセルス。俺が調理するんだぞ。食材に決まってるだろ?」


「いやいや、待て待て。ユニコーンの角は石のように硬いのだぞ。金剛石のやすりでしか削られないというほど硬いのに……。それをどうやって食べるのだ?」


「そ、そんなもん見りゃわかるだろ? 茹でて食べるんだよ」


「茹でるって……」


 アセルスはちらりと鍋の中を見た。

 茶色っぽくなったお湯の中で、ブロック状に切られたユニコーンの角がくるくると踊っている。


「あ、あれ?」


 アセルスは首を傾げた。


「そ、そもそもディッシュ……。どうやって角を切ったのだ?」


「見てたじゃねぇか、お前も……。包丁で切ったんだよ」


 ディッシュの包丁は、あの【剣神】ケンリュウサイが鍛った曰くの一振りである。

 それならば、ユニコーンの角を切ることも可能かも知れない。

 だが、その割りにディッシュはまるで人参でも切るように乱切りにしていた。


 ディッシュの腕か。

 それとも、ケンリュウサイの包丁が凄いのか。


 アセルスは頭を抱えた。


「どういうことなのだ、ディッシュ?」


 聖騎士の頭はついにパンクし、ほろりと涙を流す。

 ついにゼロスキルの料理人に助けを求めた。


「ユニコーンの角ってのは、取れたばかりの頃は柔らかいんだよ」


「取れたばかりって……。そもそもユニコーンは何をしていたのだ?」


「知らないのか? ユニコーンの角は定期的に生え替わるんだ」


「生え替わる??」


「ああ……。ある時期になると、ああして古い角を木に叩きつけて、折るんだよ。なんでああやって無理矢理折るのかは、俺も知らないけどな」


「なるほど。さすがはディッシュだ。で、では……。角が柔らかいのは?」


「いつも説明してる理論と一緒だ。角が取れると、どんどん魔力がなくなっていく。それと同時に、硬くなっていくんだ。その時間はわずか600拍ほどしかねぇ。それを越えてしまうと、薬屋で売ってるような硬さの角になってしまうんだ」


「600拍って! すぐではないか!! ……なるほど。だから、ディッシュは慌てていたのだな」


「春先はこの音をよく聞くようにしてる。貴重な食材だからな」


 ディッシュが角を茹でる時、マダラゲ草の種実の表皮を混ぜていれたのは、少しでも魔力の漏出を抑えるためだ。


 たっぷりの水分を吸わせることによって、角は柔らかくなっていくのだと、アセルスに語った。


 理由を聞き、アセルスは得心した様子で頷く。


 すると……。


 ぐごごごごごご……。


 知識欲は満たされ、今度は食欲がアセルスの腹の中で鎌首をもたげる。

 すでにアセルスの口内には、涎が溢れかえっていた。


「で? ディッシュ……。一体何を作ってくれるのだ」


「がっつくなよ、アセルス。茹で上がったら……」



 おいしいユニコーンの角ご飯を作ってやるからよ。



 にししし、と歯を見せ、ゼロスキルの料理番は笑うのだった。

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