menu67 ゼロスキルの料理番のスキル!?
今日も今日とて、アセルスは長老へやって来た。
もちろんディッシュの料理を堪能するためだ。
長老の周りでは、本日もいい匂いが漂っている。
コロネスライムのパンだろう。
一昨日来ると行っておいたから、ディッシュがあらかじめ作ってくれていたのだ。
だが、今日はアセルスに連れがいた。
「ディッシュ、今日はお客さんを連れてきたぞ」
「お客さん?」
ディッシュは首を捻る。
すると、アセルスの影からひょこりと少女が顔を出した。
山吹色の髪に、ぴょこんと伸びた三角の耳。
鼻頭は黒く、どんぐり眼を大きく開いた狐獣人だ。
背中に背嚢を背負い、息を切らしている。
山登りが苦手なのだろう。
何度か深呼吸してから、少女は大きくモフモフの尻尾と同時に背中を前に倒した。
「お久しぶりです、ディッシュさん」
「えっと……。えっと…………。――誰だっけ?」
「フォン・ランドです。覚えてませんか?」
「ああ! そうだ! アームドキャンサーの時にいた……」
「そうです。ギルド職員のフォンです。あの時はお世話になりました」
フォンは再び頭を下げた。
「どうした? 飯でも食いに来たのか?」
ディッシュは、にしししと笑う。
フォンはちらりと石窯を見つめた。
その出自は、アセルスから聞いている。
王から賜ったものだそうだ。
その窯で焼いたパンが、また絶品なのだという。
フォンは思わず唾を飲み込んだ。
だが、すぐに首を振る。
気を取り直し、本題に入った。
「単刀直入にうかがいます。ディッシュさん、街で暮らすおつもりはありませんか?」
「ん? なんだよ、藪から棒に」
「実は、大変言いにくいことなのですが……」
山の中に住むのは、法律上違法なんです……。
「え? 違法?」
ディッシュは横に立っていたウォンと目を合わす。
神獣も「うぉん?」と首を傾げた。
「すいません。私もすっかり抜けていました。アセルスさんにお話を聞いた時に、ご指摘すればよかったのですが……」
「えっと……。つまり、どういうことだ?」
「順を追ってご説明しますね。先日、ディッシュさん。ルヴァンスキーさんと会ったんですよね」
そのルヴァンスキーが、ギルドに説明したのだ。
ディッシュの存在を。
魔獣や魔草を食べながら生きている青年がいると。
害はないと彼は判断してくれたらしいが、違法であることを、生真面目な外交員は指摘したのだ。
退去命令が出てから、数日以内に下山しなければ、ゼロスキルの料理人は、罪人になってしまう。
何もやましいことをしていなくてもだ。
そこでディッシュと面識があるフォンが、彼の説得役としてやって来たというわけである。
「山で住むのが違法なんて初めて聞いたぞ」
ディッシュは目を丸くする。
フォンは説明を始めた。
「実は、山で住む人って少なくはないんです。例えば、逃亡中の罪人とか、違法な実験をする魔導士とかですね。そういう人の温床にならないようにするための措置なんですよ」
「とはいってもなあ」
ディッシュは腕を組む。
正直にいうと、街は好かない。
時々行くのはいい。
けれど、住むとなると話は別だ。
嫌なことを思い出してしまう。
魔獣の巣窟たる山の方が、落ち着くのだ。
それに街に住むとなれば、ウォンはどうする。
街の中は神獣にとっては、せせこましい世界だろう。
自由に生きることが出来る山や森の中の方が、きっと良いはずだ。
「なんとかなんねぇか?」
ディッシュが見たのはアセルスだった。
おそらく初めてだろう。
魔獣を倒すことを除けば、ゼロスキルの料理人初のSOSだった。
残念だが、こればっかりはどうしようもない。
王女アリエステルに相談しても、難しいだろう。
一国の王女の一声で、法律が変わったら、それこそ問題だ。
それが私的であれば、なおのことだった。
「わかりました。では、別の方法を提案しましょう」
「何かあるのか、フォン?」
質問したのは、アセルスだった。
この問題に心を痛めているのは、ディッシュだけではない。
その料理のお世話になっている彼女も同様だ。
この山という巨大な密室で、ディッシュと出会うのも、密かな楽しみではあった。
「はい。ディッシュさんに、冒険者になってもらうんです」
「あ。なるほど。その手があったか?」
冒険者となれば、少なくとも山の入山が許可される。
住むことは、この時点では難しいが、対処のしようがあるらしい。
「例えばですが、山での長期の潜入討伐依頼をギルド側から発注します」
「空のクエストか。問題があるのではないか?」
「はい。だから、定期的にディッシュさんには、魔獣を倒したという証をギルドに持ってきてもらう必要があります。でも、少なくともクエストが嘘になることはありません。法的にはクリアです」
「おお! それはいいぞ!」
アセルスは飛び上がる。
パチパチと手を叩き、フォンを称賛した。
ディッシュはよくわかっていなかった。
横のウォンとともに首を傾げている。
「難しいことはよくわからねぇが、とりあえず俺が仕留めた魔獣を、ギルドに持っていけば、いいんだな」
「はい。ですが、他にも問題があります」
「まだ、あんのかよ……」
ディッシュはガックリと項垂れた。
「すいません……。あの、冒険者になるためには、冒険者の試験を受けてもらわなければなりません」
「それって、どんな試験なんだ?」
「実戦です」
「腕っ節かあ……。さすがにそれは自信ねぇなあ。料理勝負とかに出来ないか」
「基本的に冒険者のお仕事は、魔獣を倒すことなので」
フォンは苦笑した。
その横でアセルスがふんぞり返る。
「大丈夫だ、ディッシュ。試験の相手に、私を選ぶのだ。私がわざと負けて、ディッシュは晴れて冒険者だ」
「あの……。アセルスさん。ギルド職員の前で、堂々と不正の算段をしないでください。とはいえ、私も空のクエストを発注しようと提案しているので、大きな声では言いませんが」
「う……。すまん」
「それに試験の相手は、ランダムで選ばれたEランクの冒険者になると思います」
「Eランクか……。私なら1発なのにな」
またしても、問題が浮上した。
ディッシュは確かに山の中で魔獣を狩ってきた。
しかし、対人戦闘には全くの素人だ。
山を駆け回るほどの体力は魅力的だが、他の能力は平均点といったところだろう。
「じゃあ、今から対人戦の練習をしよう」
アセルスは立ち上がる。
「落ち着いてください、アセルスさん。実は私に考えがあります」
すると、フォンは自信ありげに胸を張った。
◆◇◆◇◆
かくしてディッシュの試験の日がやってきた。
相手は、Eランクの剣士だ。
けだるげに刀身で肩を叩き、試験が始まるのを待っている。
目の前に現れた小柄な青年を見て、目を細めた。
「なんだ? こんなガキが相手かよ。見たところ、ナイフ――じゃねぇなあ。それ包丁だろう? なんだ、今からオレに料理でも作ってくれるのか?」
「それは後でな。段取ってくれたフォンに、ちょっとしたお返しをしないと」
「フォン? お前、あのフォンさんと知り合いなのかよ」
フォンはギルドの受付嬢でもとびきり優秀だ。
それ故、人気が高く、上位ランカーにならないと、話しかける機会すらない。
まさに高嶺の花なのだ。
「ディッシュ、がんばれ!!」
「がんばれ! 雑魚いぞ、そいつ!」
「ふれ~。ふれ~。ディッシュくんですよぉ」
試験会場の外では、アセルス、フレーナ、エリザが応援していた。
「げっ! アセルスさんたちまで。お前、一体何者なんだ?」
「ん? アセルスとは友達だぞ」
「オレは話しかけたことさえねぇのに。くそ! 絶対恥を掻かせてやる!」
男の刀身と瞳がギラリと光る。
やや前傾気味に構えた。
「はじめ!」
審判員の合図がかかる。
男は一直線にディッシュに迫った。
一気に距離を詰める。
だが、ディッシュは棒立ちだ。
握った包丁を動かすことはなかった。
変わりに動いたのは、包丁を持っていないもう片方の手。
それを振り上げ、叫んだ。
「こい! ウォン!!」
「うぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉんんんん!!」
吠声を上げて、飛び込んできたのは銀髪の大狼だった。
男の頭上に大きく影を作る。
そのまま男を踏んづけた。
「きゅ~」
男は小さく悲鳴を上げ、目を回した。
一瞬で片が付く。
「勝負あり。勝者ディッシュ!!」
おお! と歓声が上がる。
試験場の外から飛び出してきたのは、アセルスだった。
手を取り、ディッシュを褒め称えた。
「俺がやったんじゃねぇよ。やったのは、ウォンだ」
「うぉん!」
Eランクの冒険者を足蹴に、ウォンは勝ち誇る。
舌を出し、目を大きく広げた。
どこか得意げな顔をしている。
寝ている男を獲物とでも思っているのか。
ベロリとその顔を舐めた。
その様子を見ながら、試験の監督役である冒険者たちが口々に感想を述べていた。
「すごいな、【
「手強い新人が入ってきたものだ」
「でも、あの魔獣……。なんだ?」
「あれって……。もしかして神獣じゃ……」
「いやいや、それはないだろう」
みんな、ディッシュが【魔物操作】のスキルを持っていると勘違いしているらしい。
アセルスは不敵に微笑んだ。
「フォンの作戦が上手くいったようだな」
「ああ……。あいつには、デカい借りを作っちまったなあ。今度、なんか料理を作ってやるか。何がいいだろうか? 狐獣人だから、油揚げとかかな?」
「油揚げってなんだ? とにかく楽しみだ。是非私も御相伴に預かるとしよう」
こうしてディッシュは、冒険者となり、条件付きだが山で暮らせることとなった。
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