menu35 アイスの秘密

 アリエステルは今1度、アイスをスプーンで掬った。


 少女から美食家としての瞳になるも、ふわっと広がっていく爽快な甘みに、すぐに頬を緩めてしまう。

 だが、すぐ我に返って、味の分析を始めた。


 わざわざアイスとチョコのチップを分けて食す。

 なるべく溶かさないように舌の上で転がした。

 入念に確認した後、ごくりと小さな喉が動く。


「間違いない」


 アイスの甘み、チョコの苦み。

 その上品さはまさしく老料理人が作ったものだろう。


 問題は爽快感だ。


 これはきっとディッシュのアイディアだ。

 しかも、複雑な工程などしていない気がする。

 ただ単純にアイスの中に、何かを練り込んだのだ。


 色と味からして、真っ先に浮かんだのがハーブ系だ。


 だが、これ程強い爽快感を出す調味料を、食した経験はなかった。

 おそらく未知の調味料――ゼロスキルの料理人しか知らないものなのだろう。


「そんなことはないぞ。お前もよく知ってるし。きっと1度はお世話になっているはずだ」


「お世話?」という言葉に、アリエステルは小首を傾げる。

 ここまで来ると、意地でも食材を当てたいが、結局わからなかった。


「教えよ、ディッシュ! そなた、一体このアイスに何を入れたのじゃ?」


 ディッシュは意地悪く「にししし」とまた笑った。


 懐に手を伸ばす。

 取りだしたのは、瓶だ。

 色からして、ごく一般的な回復薬だろう。


 まさか回復薬を入れたのではないか!?


 1度思ったが、ディッシュは首を振った。


「アイスに入れたのは、ヨドモギの葉だよ」


「ヨドモギの葉じゃと!!」


 アリエステルは叫んだ。


 ヨドモギの葉は傷口に貼れば、傷を治し、煎じて飲めば胃薬にもなる。

 今、ディッシュが持っている回復薬も、聖水にヨドモギの葉を漬け置くことによって作製できるものだ。


 別名『薬草』。


 その中でも、ヨドモギの葉は代表的な物で、山野に広く分布している。

 かさばらないため持ち運びにも便利で、冒険者御用達のマストアイテムだった。


「俺がやったことは、摘んできたばかりのヨドモギの葉をすりつぶして、アイスに練り込んだだけさ」



 名付けて、薬草チョコチップアイスだ!



「や、薬草がこんな味とは知らなかった」


「きっと、その爽快感は味じゃねぇ。薬草だから、身体の悪いところを修復してるんだろう。それが全身の爽快感に繋がっているんだと俺も思ってる」


 ディッシュは説明を付け加えた。


 確かに、舌に感じた爽快感以上に、身体全体がすっきりしている。

 甘い物を食べた後、舌にまとわりつくようなべったりとした感覚もない。

 美味い菓子でありながら、このアイスは薬としての役目もあるのだろう。


 暑さで随分溶けてしまった薬草チョコチップアイスを見つめる。

 アリエステルの目はキラキラと輝き、久方ぶりの感動を覚えていた。


「どうだ? インパクトがヽヽヽヽヽヽあっただろうヽヽヽヽヽヽ?」


 ディッシュの言葉に、アリエステルは顔を上げた。

 そうだ。この料理は、自分の適当な評価で出来上がったものなのだ。

 そう思うと、少々複雑だった。


 アリエステルは老料理長と給仕に向き直る。


「そなたたちもよくやった。これは王国最高のアイスとして、歴史に名を残すであろう」


「ありがとうございます、姫様」


「どうやら、妾の舌に狂いはなかったようじゃの」


 ちゃっかり自分の手柄にしてしまうところが、アリエステルらしかった。


 すると、姫君はディッシュに向き直る。

 何やら決意に満ちた目で、ゼロスキルの料理人にいった。


「ディッシュ、お願いがある。このアイスをもう1つ作ってはくれまいか?」



 ◆◇◆◇◆



 アリエステルがディッシュたちを連れだってやってきたのは、王妃――つまり彼女の母親の私室だった。


 付いてきた老料理人は、そっとディッシュとアセルスに耳打ちする。


 王妃はこのところの暑さで体調を崩していた。

 ふせっていることが多く、特に食欲がないことが1番の問題となっている。

 城の料理人たちは試行錯誤して、料理を作るのだが、どれもうまくいっていない。最近食べたものといえば、林檎をすりつぶしたものだけだという。


 日に日に痩せていく母親に、アリエステルも心を痛めていた。


「なるほど。だから、ディッシュを呼んだのですね」


「アリスの母ちゃんがピンチってことか。そういうことなら、早くいえばいいのに」


「国の王妃が伏せっているなんて情報を、城外においそれと持ち出すわけにはいかぬだろう。国民を心配させるわけにはいかんのだ」


 アリエステルは眉間に皺を寄せた。


 ノックをすると、「どうぞ」と美しい女の声が聞こえた。

 中に入ると、広がっていたのは薄暗い室内だ。

 窓は分厚いカーテンで閉め切られ、少しだけ空いた隙間から夏の光が差している。

 魔法による空調が聞いていて涼しく、かなり快適だった。


 天蓋付きのベッドの御簾は上げられ、薄い寝間着を着た女性はカーテンの隙間から外を見つめている。


 こちらを向くと、やや解れた亜麻色の髪を揺らし、入口に立つアリエステルたちを迎えた。


「いらっしゃい、愛しきアリス」


 王妃エヌマーナ・ラスヌ・カルバニアは目を細める。

 その瞳の色は、アリエステルとそっくりだった。


 民から『我らがエマ』と慕われる王妃の面影はない。

 頬はこけ、国民の声援に大きく手を振る身体は、幾分小さく見える。

 間違いなく、体調を崩されているようだった。


 それでも、娘を迎えた時のエヌマーナは美しい。

 その健気ともいえる姿が、アリエステルの胸を締め付けた。


 愛しき姫君は、給仕からトレーを取り上げる。

 カタカタと音を鳴らしながら、自らの手で母親の元へと運んだ。

 娘の仕事ぶりにエヌマーナは「よく出来ました、アリス」を褒め称えた。


「お母様、どうかこのアイスを食べてみてください。王国の歴史に残る一品です」


「まあ……。王国の歴史に?」


 自信満々に言い張る我が子に、エヌマーナは戸惑っていた。

 アリエステルは銀のドームを開く。

 現れたのは、チョコの欠片が入ったアイス。

 しかも、緑色をしていた。


 見たこともないアイスに、エヌマーナは驚きを隠せなかった。


「さあ、どうぞ」


 アリエステル自ら、スプーンで掬う。

 母の口元へと運んだ。


 まだ困惑をしながらも、エヌマーナは口を開ける。

 少し勇気を持って、舌の上に載せた。



「むぅぅぅぅううううう!!」



 ベッドの上でエヌマーナはぴょんと飛び上がる。

 頬を膨らませて、興奮した様子だった。


「如何ですか、お母様」


「とっても美味しいわ。アイスの甘みも、チョコの苦みもとても上品で。菓子長、とても美味でした」


「ありがとうございます、王妃様」


「あとこの爽快感には驚いたわ。一体なにを使っているのかしら」


「『薬草』です、母上。ここにいるディッシュが作ってくれました」


「まあ、アリエステルを助けていただいたという……。その節は、娘がお世話になりました」


 王妃は頭を下げる。

 王族が山に住む浮浪者同然の青年にだ。

 それがどういうことか、さすがのディッシュも理解しているらしい。

 少し頬を赤くしながら、照れていた。


「ささ……。お母様。まだまだたくさんありますよ」


 アリエステルはアイスを掬う。

 再び母親の口元に運んだ。


 だが、エヌマーナはそっと手を差し出す。


「ごめんなさい、アリエステル。今日は、食欲がないのよ」


 ゼロスキルの料理ですら、王妃は断ってしまった。

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