menu36 王女の決意

 典医が集まり、エヌマーナの病気について議論していた。


「王妃様は未知の病気に冒されている」

「酷暑に身体が耐えられないだけだ」

「いや、もしかしたら何かしらの心労を抱えているのかもしれない」


 舌戦を繰り広げるが、解決の糸口は見つけられない。


 その様子をアリエステルとディッシュ、アセルスが遠巻きに見ていた。

 3人は典医と同じように集まり、腕を組んで考えている。


 正直、アリエステルはお手上げだ。

 これまで様々な料理、腕に覚えのある料理人を試してきた。

 けれど、誰1人として母親を満足させたことはなかった。


 美食家のアリエステルとは違って、元々食が細い方なのだが、ここまで不振に陥ったのは、初めてだ。


 満を持して、ゼロスキルの料理を食べさせてみたが、結果は芳しくない。


 アリエステルは母親が残したアイスを試しに食べてみた。

 味は自分が食べた時となんら変わらない。

 爽快感も、身体がすっきりする感じも一緒だ。


 それでも母親の体調を戻すに至らなかった。

 薬草を練り込んだにも関わらずだ。


 アリエステルにとって見れば、ディッシュの料理は最後の頼みの綱だった。

 だが、それも断たれてしまった。


 いつも元気な姫君が、今日は妙に小さく見える。


 そんな時、ディッシュは典医たちの輪に近寄っていった。


「なあ、おっさん」


「君は……?」

「アリエステル様が連れてきた……」

「ああ。君が姫様を保護してくれたという」


 口々にいう。


 構わずディッシュは話を続けた。


「薬草は色々試したのか?」


「当たり前だ」

「この国で採れるものの最高級の薬草を煎じて飲ませた」

「でも、それでも王妃様の体調は元に戻らないのだ」


「ふーん。……じゃあ、七色草も試したのかよ?」


 顎をさすったり、肩を揺すったり、あるいはかけていた眼鏡のズレを直したりしていた典医たちの動きが止まる。


 途端、怪訝な顔を浮かべた。


「七色草だと……」

「君、わかっているのか?」

「あれはとても希少な薬草なのだぞ」


 七色草。

 その葉を水に浸すと、七色に輝くことから名付けられた。

 典医のいうとおり、希少な薬草で『幻草』ともいわれている。


 だが、その効果は絶大だ。


 一説には、七色草を煎じて飲ませると、死者がよみがえったとまでいわれていた。


 そんな希少な薬草があったら苦労しない。

 典医は揃ってため息を吐き、肩を竦めた。


「ディッシュ、その口振り……。何か知っているのか?」


 見かねたアセルスが間に入る。

 アリエステルも一緒だ。


「いや、俺は知らない。けど、知ってるヤツなら心辺りがあるぞ」


「な! そんな人間と知り合いなのか!?」


 アリエステルは驚く。


 七色草を採取できる人間といえば、かなり限られてくる。

 まず薬草採取に関するスキルを持っている者だ。

 それもかなり高レベルの専門家に限定される。


「そんな知り合いがいるなら、是非紹介していただきたいですな」

「老婆心ながら、姫……。ご友人はもっと選ぶべきですぞ」

「我々はこれで失礼します」


 典医たちは呆れて、どこかへ行ってしまった。

 広い会議室に残されたのは、アセルスとアリエステル、そしてディッシュだけだ。


「行っちまった」


「良い。……それよりも、ディッシュ。七色草の在処を知っているものがいるというのは本当か?」


「まあな」


「よし。金に糸目はつけん。名声だって、いくらでもくれてやる。だから、そやつをこの城に――」


「それはダメだ、アリス」


「何故じゃ? 金や名声ではダメなのか。それとも絶世の美女がいいか。うーむ。そういうことなら、父上と相談しないわけでもないが……。そうじゃ。アセルスを差し出すというのは?」


「な、なななな何をいいだすのですか、姫!」


「なんじゃ、お主。自分でもわからんのか? お主は、妾から見ても絶世の――」


「そ、そういうことではありません。何故、私がどこの馬の骨ともわからぬ男と……。それに私には――」


 言いかけて、アセルスは慌てて口を噤む。

 ちらりと、ディッシュの方を見て、顔を赤くした。

 乙女の視線に気付かず、ゼロスキルの料理人はケタケタと笑う。


「違うって、アリス。……そいつは女にも興味ねぇ」


「まさか男か! そうか。てっきりお主の知り合いだから、男とばかり。いや、男でも男が好きだというものもいると聞くが、まさか……」


「ディッシュに、私の知らない女友達がいるのか!?」


 アリエステルが疑惑の目を向ければ、アセルスは別の意味でショックを受けていた。


「落ちつけって。俺は知ってるヽヽヽヽだけで、そいつとは知人でもなんでもないんだよ。そもそも人間じゃねぇ」


「人間じゃない?」


「では、何者なのだ?」


 ディッシュは肩を竦める。

 そして、にしししといつも通りに笑みを浮かべた。



 そりゃあ……。魔獣に決まってるだろ?



 ◆◇◆◇◆



 カリュドーンという魔物がいる。


 その容姿はよく猪に例えられるが、確かに似ている。

 大きく突き出た鼻。

 口から伸びた牙は巨大な曲刀を思わせ、ずんぐりとした体躯は黒い毛に覆われている。

 特にカリュドーンは毛深く、下顎には獅子のような鬣があり、厳つい顔をしていた。


 その最大の特徴は、巨大であることだろう。

 成熟すると、体高が2階建ての建物に匹敵し、確認されている最大のものでは、さらに倍の大きさとなる。森を進む姿がはっきりと見えるほどだという。


 その大きさから考えられないほどのスピードを誇り、かつ小回りも利く。

 突進力はいうまでもなく強力で、フル武装した重装騎士とて止めるのは難しい。


 だが、それ以外に厄介な特徴はなく、ギルドにおいてもCもしくはBにランク付けされていた。


 カリュドーンのユニークな特徴の1つが、美食家であるということだ。


 基本雑食で、人間はもちろん小さな木の実まで食べる。

 好き嫌いがあるようで、特に珍しい薬草や、希少なスピッドの豆などを好んで食べる傾向にあった。


 どうやら発達した嗅覚によって、判別しているらしい。


「つまり、カリュドーンは七色草を見つけることが出来る嗅覚を持っているんじゃないかってことだ」


 ディッシュは説明を終える。


 しかし、ゼロスキルの料理(人)にぞっこんなアセルスも、それには懐疑的な反応だった。

 怪訝な表情を浮かべて、口を開く。


「だがな、ディッシュ。その根拠が、七色の肌をしたカリュドーンというのはどうも……」


「全くだ。さすがに根拠が乏しすぎるぞ」


 同意したのは、横を歩くアリエステルだった。

 その後ろには、王国から連れてきた騎士団がずらりと並んでいる。


 ディッシュの説明を聞き、自ら山に入るとアリエステルが主張した。

 当然家臣たちは猛反対した。

 前回のこともある。

 王妃の体調が悪い今、アリエステルに何かあれば、エヌマーナは失意の底に沈み、心労で本当に死んでしまうかもしれない。


 それでもアリエステルは、じっとしていられなかった。

 すべては母親を助けたいという一心だ。


 とうとうアリエステルは父親である国王に直談判した。

 もちろん王は反対したが、結局娘の熱意に押され、騎士団と一緒に行動することを条件に、城壁の外へ出ることが許されたのだ。


 ディッシュの説明に疑念を抱く王女だったが、それでも今は、その情報にすがるしかない。

 青い瞳は、真剣そのものだった。


「だけど、俺は見たんだぜ。七色に輝くカリュドーンを……」


 魔獣は特に食べているものの特徴が、体表や肉の部分に出やすい。

 ディッシュが見たカリュドーンは七色に輝いていた。

 つまり、七色草を日常的に食べているということになる。

 おそらく『幻草』の群生地が、この山のどこかにあるということだ。


「しかし……。この山には魔獣退治のために何度か入っているが、七色草なんて見たことないぞ」


「なんだ、アセルス。知らんのか? 七色草はな――」


「姫ッ!!」


 騎士団の1人が指を差す。


 木の合間に煙が上っているのが見えた。

 カリュドーンを捜すため、山に散った騎士団の部隊が発煙弾を上げたのだろう。


「行くぞ! ウォン」


「うぉん!」


 ディッシュはウォンに跨る。


 久しぶりに暴れてやる! といわんばかりに、神狼は吠えた。


 風のように走り出す。

 その後ろを【光速】のアセルス。

 さらに箒に跨り、浮遊の魔法を操作したアリエステルが続いた。


「お母様! 今、アリエステルが助けます!!」


 小さな少女の顔は、決意に満ちていた。

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