menu33 アイスとチョコレート
声をかけられた料理人たちは振り返る。
立っていたのは、小綺麗な格好をした青年だった。
白い口髭を生やした料理人が、ディッシュを見つめる。
「君は?」
「ディッシュ・マックホーンだ」
「ああ……。姫が認めたという山育ちの料理人か。何故、こんなところに?」
「姫に召喚されたのです」
ディッシュの横に立ち少女は、事情を説明する。
老料理人は目を瞠った。
金髪の美しい姫騎士。
何度か王宮で見たことがある。
【光速】の聖騎士アセルスだ。
その美しく猛々しい姿に、料理人たちはざわついた。
さすがは有名人である。
「事情をお聞かせ願えませんか? 彼が興味を持っているようなので」
ディッシュの好奇の目に少し戸惑いつつ、事情を尋ねる。
その間、ディッシュはアイスやチョコに釘付けだ。
もしかしたら、食べたことがないのかもしれない。
「なあ、これ……。もう誰も食べないのか?」
アイスを指さす。
窓から差し込む陽光を受けて、アイスはキラキラと光っていた。
チョコレートも同様。
綺麗にカットされ、一種の芸術品のように見える。
だが、誰かが口を付けていた。
どうやら一口付けただけで、皿を下げさせたらしい。
スプーンですくった部分が溶けていて、それがより一層美味しそうに見えた。
「え? ええ? まあ……」
「一口だけもらってもいいか?」
料理人たちは顔を見合わせる。
お互い目で相談した後、うんと頷いた。
待ってましたといわんばかりに、ディッシュは手を伸ばす。
料理人たちが用意しようとしていたスプーンを待たず、アイスを指ですくった。
そのままペロリと口に運ぶ。
「うん。うまい!!」
思わず唸る。
外身は溶けかかっているが、まだまだ中身は冷たい。
若干シャーベット状になっていて、かき氷のようなシャクシャクとした食感が残っている。
おかげで、口の中がふわっと冷たくなり、調理の熱でむんとした炊事場で食べると、また格別だった。
甘さもちょうどいい。
街で売られているアイスは、とにかく砂糖を入れまくる傾向がある。
だが、こちらは程良く抑えられていた。
牛乳の使い方を熟知しているのだろう。
砂糖の甘さと、牛乳が持つ甘さ。
どちらも殺すことなく、柔らかな甘味が舌をもみほぐしてくれる。
シャキッとした食感と、甘さを抑えられているため、のど越しもいい。
アイスの冷たさが、胃の中で充満していくのがわかった。
次いで、ディッシュはチョコレートにも手を付ける。
アイス同様に十分冷やされたチョコは、口の中で砕くとゴリゴリと音がする。
その食感がたまらない。音が耳を通ると気持ちが良いぐらいだ。
こちらの甘味も申し分ない。
アイスと同様、甘味が抑えられている。
その分、舌に感じたのは苦味だ。
これがまた味全体のいいアクセントになっていた。
苦味が、チョコの中の砂糖の甘味を引き立てている。
一見、性格の合わない2つの味が、仲睦まじい夫婦のようにチョコレートを高次元に押し上げていた。
「はあ……」
ディッシュは思わず息を吐く。
久しぶりに、自分の料理以外に感嘆の息をもらした。
老料理人を見る。
「あんたのお菓子……。ホント美味いなあ」
「こら。ディッシュ」
アセルスは慌てた。
アリエステル姫専属の料理人となれば、少なくとも世界でも10本の指に入る料理人だろう。
そんな人間相手に、ディッシュの発言は些か横暴なような気がした。
しかし、老料理人は気にしていない様子だ。
恰幅の良いお腹を突き出し、大きく口を開けて笑った。
「ははは……。ありがとう、青年。その言葉ほど、料理人が勇気づけられるものはないよ」
「わかるぜ。『うまい』は料理人の勲章みたいなもんだからな」
ディッシュの表情に笑みが灯る。
ようやくゼロスキルの料理人らしい顔になってきた。
アセルスはひとまずほっと胸を撫で下ろす。
一方、老料理人は少し肩を落とした。
「だが、私の料理はアリエステル様のお口に合わなかったようだ」
「あいつ、なんでこんな美味いアイスを残したんだ」
もう1度、ペロリと口にする。
どう考えても絶品だった。
「前にお出しした時は、『美味しい』といっていただいたのだ。しかし、今日お出しすると、こう言っておられた」
美味いのだが、インパクトにかける……。
「インパクトか……」
頭を抱える料理人たちとともに、ディッシュも考え始める。
料理にとって、味の善し悪しは絶対だ。
だが、見た目も1つの味だと言える。
驚きもまた、料理にとって欠かせない要素なのだ。
いわれてみると、アリエステルの言葉は理解できる。
ただわがままを言っているわけではない。
「もっと美味しくなるだろう? 例えば『驚き』だ」と彼女は、ヒントを与えているのだ。
アリエステルの指摘は、決して間違っていなかった。
ただ1度完成し、及第点を与えられた料理に手を加えるのは、簡単なことではない。
パリンッ!
甲高い音が炊事場に鳴り響く。
どうやら新人の料理人が皿を割ってしまったらしい。
「何をやっているんだ、お前」
「すいません」
「血が出てるじゃないか。ともかく、薬で治してこい。こっちはやっておくから」
「はい。すいません」
新人の料理人は、切った指を口に入れたまま、炊事場を出ていく。
床に赤い血の痕が点々と残っていた。
「見た目……。色……。薬……」
突然、ディッシュは顔を上げる。
にしし、とゼロスキルの料理人は笑うのだった。
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