Special menu 聖騎士の料理
その日、聖騎士は鼻歌を唄いながら、山を登っていた。
ご機嫌らしい。
時々、スキップを交え、いつもよりもゆったりとディッシュの家を目指す。
最近、この時間がたまらない。
今日は何を食べさせてくれるのだろうか。
肉か。
魚か。
それとも野菜か。
ディッシュは今日も元気だろうか。
腹は減る一方なのに、胸が一杯になり、自然と顔がにやけてしまう。
山を登る時間すら愛おしく感じる。
【光速】を使ってはもったいなさすぎて、じっくりと歩くことにした。
お腹を空かせる。
それこそが、ゼロスキルの料理の最大の調味料だった。
だが、楽しい時間というのは、あっという間に過ぎてしまうものだ。
気が付けば、『長老』の前に立っていた。
ちょっと不完全燃焼感はある。が、お腹の臨戦態勢は十分に整っていた。
いつでも行けるぜ! といわんばかりに、腹が音を鳴らす。
けれど、様子がおかしい。
辺りに人の気配がない。
いつもならモクモクと煙を吐いている煙突も、今日は沈黙している。
普段は美味しい匂いが漂っているのだが、森特有の枯れた葉の匂いだけしかしなかった。
「ディッシュ……」
家の戸を開け、中に踏み込む。
随分とアセルスも成長した。
男の部屋に入ることさえ躊躇っていた姫騎士とは思えないほど、大胆な行動だ。
案の定、留守だった。
鍋がぐつぐつとなる音や、油が弾ける音。
いつも騒がしいディッシュの家の中が、しんと静まり返っている。
竈の火も消え、家全体が眠っているかのようだった。
一応、ウォンのねぐらも確認する。
どうやら、連れだって狩りにでも行ったらしい。
アセルスはぷくぅと頬を膨らませる。
狩りに連れてってくれなかったことに、少しだけ腹を立てた。
【光速】の力を使って、山の頂上に登り、探そうかと思ったが、ふとあることを思い出す。
それはずっとアセルスが気になっていたことだった。
「確かこの辺に……」
棚の上に手を伸ばす。
取りだしたのは、2つの小さな甕だった。
木蓋を取る。
ふわりと独特の香りが鼻を突いた。
中に入っていたのは、茶色いペースト状のもの。
ディッシュが『ミソ』と呼ぶ調味料だ。
ミソには2種類ある。
スピッドの豆――いわゆる素早さの豆といわれるもので作った白いミソ。
デロイの豆――素早さの減速効果があるもので作った赤いミソだ。
見た目も違うが、味も違う。
スピッドの豆はあっさりとして、甘みがある。
素材を生かす味だ。
対して、デロイの豆のミソは、コクがあり、香りが強い。
それだけでも、十分にインパクトがある料理になる。
アセルスはどちらかといえば、デロイの豆のミソが好きだ。
だが、食べるとステータスが下がってしまう。
何か対策はないか。
時々思い出したかのように考え、1つ試してみたいことを自分なりに発見した。
「この豆同士を合わせたらどうなるのだろうか?」
アセルスは悪戯を思いついた子供のように顔を上げる。
そっと入口の方を盗み見た。
ディッシュが帰ってくる様子はない。
ぼんやりと、聖騎士の中で妄想が浮かんだ。
『はあ……。狩り疲れたな』
『お帰りなさい、ディッシュ!』
『おう、アセルス! なんだこの料理は!?』
『スピッドの豆とデロイの豆のミソを合わせて作ったおミソ汁よ』
『な、なんだってぇ! 俺、そんなこと考えもしなかった!』
『どうぞ召し上がれ!』
『う……うめぇ! アセルス、お前天才だな!!』
「くふ……。ぐふふふふふふ……」
アセルスは耳まで真っ赤にしながら、笑う。
若干――いや、気味が悪かった。
人の厨房を勝手に使うのは気が引けた。
が、これもディッシュを喜ばせるためだ。
思い切って、竈に火を入れてみた。
幸い鍋もあるし、お土産に持ってきた玉葱もある。
具材が1つというのは寂しいが、致し方ないだろう。
今でこそ、使用人付きの貴族だが、アセルスは元々冒険者だ。
昔は1人で野営をしていたし、それなりに料理も作っていた。
仲間からは不評だったが……。
とはいえ、玉葱を切り、両方のミソを均等に入れるだけだ。
例え料理下手でもこれぐらいは出来る。
まずは具材の準備。
玉葱を細切りにする。
目がツンときたが、我慢我慢。
これもディッシュを喜ばせるためだ。
竈に火が入ったら、水を入れた鍋を入れる。
一緒に切った具材を入れ、ある程度に煮立ってきたところで2種類のミソを投入。
煮立つ直前で火を止め、完成だ。
「よし……」
アセルスは汗を拭った。
ここまで問題なし。
濃度もちょうど良いはずだ。
早速、木椀に盛る。
箸を取りだし、手を合わせた。
「いただきます」
食べる前からいい香りがする。
これはデロイの豆の匂いだろう。
だが、スピッドの豆のミソと合わせたことにより、幾分まろやかになったような気がする。
見た目もちょうど中間といったところ。
悪くはない。
これは味も楽しめそうだ。
椀を持ち上げ、ミソ汁を啜る。
ずずっ……。
奥ゆかしい音が、アセルスしかいない家内に響く。
青い瞳を大きく広げた。
「うまい!」
声を張り上げる。
ミソが良かったのか。
それともアセルスの腕か。
ともかく、今まで自分で作ったものの中で、1番というぐらい美味い。
スピッドの豆のミソの甘み。
デロイの豆のミソのコク。
甘みがコクによって深まり、コクが甘みによって広がっていく。
両方がぴったりと合わさり、お互いの味を高めていた。
2つの力が手を取り合い、ウェディングロードを渡る新郎新婦のように喉の奥へと潜っていく。
一杯お腹に入るように細切りにした玉葱も良い。
シャキシャキとした食感。
噛むたびに舌と歯茎に絡まる甘み。
ミソ汁と一緒に飲み込むと、2つの甘みが合わさり、顔が火照るのを感じた。
「はあ……。うまい……」
我ながら、本当に凄い料理を発明してしまったものだ。
実は、才能があるのかもしれない。
ディッシュと一緒に調理場に並ぶのも良いかも……。
想像すると、またにやけてしまう。
やっぱり気持ちが悪かった。
「あれ? アセルス?」
「え?」
振り返ると、入口にディッシュが立っていた。
やはり狩りをしていたらしい。
脇には大きな肉を携えている。
それを後ろのウォンがしきりに鼻を利かせ、催促していた。
「煙突から煙が出てると思ったが、お前が料理をしていたのか?」
「わわわわ……。すまない。勝手に調理場を使って」
「別にいいよ。それにしても、美味そうな匂いだな。ミソ汁か?」
「そ、そうなのだ、ディッシュ! 私のオリジナルだ!」
「オリジナル?」
ディッシュとウォンは同時に首を傾げる。
アセルスはスピッドとデロイを合わせたミソ汁を披露しようと、鍋を見せた。
が、すでに中身は空っぽだった。
いつの間にか、全部食べてしまっていたらしい。
自分の失態に、聖騎士はいつになくシュンとした。
「一体、どんな料理だったんだ?」
「スピッドとデロイの豆を合わせたミソだったのだが……」
「ああ……。合わせミソか。うまかったろ?」
「美味しかった――――って! ディッシュ、知っているのか?」
「まあな。でも、そうやって調理に興味を持って、何事も試してみるってのはいいことだと思うぞ」
気落ちするアセルスを励ましてくれる。
それが一層、彼女を虚しくさせた。
折角、ディッシュを驚かせようと思ったのに。
まだまだ自分は、ゼロスキルの料理人の手の平というわけだ。
「……ところで、お前大丈夫か?」
「え? 何がだ?」
「実はな。合わせミソには重大な欠点があってだな……」
「え? まさか――」
理由を聞いたアセルスは、翌日朝一番にギルドに駆け込んだ。
フォンと面会し、早速【鑑定】のスキルで診てもらう。
ものの見事に、
合わせミソをすると、何故か体力の数値が減るのだ。
慌ててやってきた聖騎士は、ぜぇぜぇはあはあと息を切らし、その結果を聞いた。
だが、それ以上にアセルスを愕然とさせたことがある。
体重が3――――。
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