menu28 魔骨スープ麺

 こと……。


 器の置く音さえ愛しい。


 アセルスたちが作った即席のテーブルには、真っ白なテーブルクロスが広がっている。

 3つ並んだどんぶりからは、湯気が立っている。


 中に入っているのは、東方麺の三種の神器。

 すなわち、具材、麺、そしてスープだ。


 順に紹介しよう。


 具材はいわずとしれた魔獣肉。

 甘醤油で煮たブライムベアの肩ロース。

 生肉の段階でもしっとりと柔らかい部位をスープで煮込み、さらに魚醤とスライム飴をベースにしたタレで煮た物。

 飴色になった脂質が、スープが揺れるたびに震える様は、穴蔵で怯える野ウサギを思わせる。


 他にはシャキシャキのネギ。

 歯ごたえのあるキクラゲが添えられ、単色になりがちな東方麺を、鮮やかに彩っていた。


 次に麺だ。

 アラーニェの糸を天日干しにし、1度乾麺にした銀色の麺。

 細く、たおやかな麺の姿は、寝具の上で横臥する美女のよう……。


 最後にスープ。

 マジック・スケルトンの骨で出汁を取った魔骨スープ。

 シルクのような純白の色。

 濃厚であるのに、液は女性の柔肌のようになめらか。

 タレは塩。純白に浮かんだ黄金色が、空の向こうに隠れた黄金郷のようだった。


 以上、3つ。


 見た目は申し分ない。

 もちろん、匂いもだ。

 動物の骨から取ったとは思えないほど、清々しい香りがする。


 アセルスは思いっきり鼻で吸い込んだ。

 これだけでお腹一杯になりそうになる。

 見た目も、食べるのがもったいないぐらい神々しかった。


 まさに芸術……。


 安価な大衆食とは思えないほど、後光を放っている。


 それでも、これは料理だ。

 いずれにしろ食べなければならない。

 彼らは、お腹の中に入れられる運命さだめとして生まれてきたのだ。


 ならば、食べる。


 それこそが生まれた来た意味ならば……。


 いざ、実食!


 アセルス、フレーナ、エリザは、同時に箸と東方麺用の匙を装備する。

 最強のパーティー故か。

 心なしかキラリと光って見えた。


 ますは、スープだ。


 これを飲まなければ始まらない。

 先ほども飲んだものだが、そこに塩をくわえるとどうなるか。

 密かな楽しみでもあった。


 匙を沈ませる。

 皿状の部分に、真っ白なスープが渦を巻きながら雪崩れ込んでいく。

 皿からこぼれるぐらいスープを掬った。


 口を器に寄せて、啜る。



 ずずっ……。



「うぅぅぅぅうううううううっっっっっ!!」


「くぅぅぅぅぅううううううっっっっっ!!」


「はぁぁぁぁぁああああああっっっっっ!!」


 3人は同時に声を上げる。

 その声はもはや嬌声じみていた。


 美味しい……。


 濃厚でいて、深いコクは健在のまま。

 そこに乾燥海草でとった出汁と、塩のタレが絶妙にマッチしている。

 身体の中で永遠に沈んでいきそうな深いコクのある優しいスープ。

 そこに塩の味がくわえられることによって、ピシッと1本芯が入った感じだ。


 結果、どこか散漫だった味が、「俺の味はこうだ!」と主張する。


 ガッツリと馬乗りになって、濃厚な味で何度も舌を殴りつけてくるかのようだ。


「おいおい。そのスープ全部を飲む気か?」


 ディッシュの言葉に、3人は同時にハッとした。

 いつの間にやら、1杯、2杯と口にし、すでにスープの3分の1がなくなっていたのだ。


 仕方ねぇなあ、とディッシュはスープを注ぎ足してくれる。


 3人は少し恐縮しながら、今度は箸で麺を持ち上げた。

 どんぶりの底からかき混ぜ、丁寧に麺とスープをからめる。

 綺麗な銀髪を思わせる麺は、見ているだけでうっとりとしてしまう。


 作業を終え、いざ啜る。



 ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ……。



 豪快な音が山野に響いた。


 最後に麺がぴゅるんと跳ねる。

 白いスープの滴が、空中を舞い、テーブルクロスに点々と落ちた。


 …………。


 3人は何もいわない。

 黙々と麺を啜る。

 スープの方におろし、1度勢いを付けてから、口に突っ込む。



 ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ……。



 また一気に啜る。


「どうだ?」


 ディッシュは尋ねる。

 このままでは何も言わず、3人が完食しそうな雰囲気を察した。


 一旦箸を置く。


 3人は口々にいった。


「うまい……」


 アセルスが全身を震わせながらいえば……。


「う……ううっ……。生まれて来てよかったよ、ママ……」


 フレーナは泣き出す始末。


 エリザに至っては……。


「はあぁ……。川の向こうにぃ~、死んだおじいぃちゃんがぁ……」


 どこかへトリップしていた。


 3人とも人格が変わるぐらい美味かったらしい。


 試しにディッシュは麺を摘んでみる。

 スープとからめ、同じく一気に啜った。


「うめぇぇえ……」


 ゼロスキルの料理人は意識を失いかける。


 細く、固めのアラーニェの麺が大当たりだ。

 アラーニェの糸は、細く、とても頑丈に出来ている。

 だがディッシュは、それを1度乾燥させ、湯にくぐらせると、組織が脆くなることを知っていた。


 人の咬合力こうごうりょくでも十分切ることが出来る硬さになるのだ。


 だが、決して柔いわけではない。

 小麦やでんぷん粉で作った麺とは、また違った噛み応えがある。

 濃厚なスープに絡めても、確かな食感を感じることができるのだ。

 これが他の麺なら、スープの濃厚さに負けてしまうだろう。


 ベストマッチ!


 魔骨スープのために生まれてきたような麺だった。


 さらにそこにネギとキクラゲが絡むとまた違う。

 麺の食感、キクラゲのシャキッとした感触。

 さらにネギの爽快感が加わることによって、魔骨スープの濃厚さを少し和らげ、味に“休み”を与えてくれる。


 ゼロスキルの料理に、無駄なものはない。

 美味しく食べるため、その過程においても計算し尽くされていた。


 アセルス、フレーナ、エリザは、涙を拭きながら、最後の具材にかかる。


 ブライムベアの甘醤油煮とでも言えばいいのだろうか。

 薄くスライスされた肉は、白と銀で織りなす東方麺で、一際異彩を放っていた。


 肉を口に運ぶ。


「ふぐぅぅぅぅぅううう!!」


「むぅぅぅぅぅうううう!!」


「はららららららららら!!」


 ああ……。トロトロだ。


 薄くスライスされているのに、肉厚のステーキを食べているかのようなボリュームを感じる。


 表面についた脂質が溜まらない。

 口の中に入れた瞬間、脂がモップのように滑っていく。

 スープの味を十分に閉じこめた肉身は、食べた瞬間、強いコクが広がっていった。


 たまらず、アセルスは薄くスライスされた肩ロースを麺と一緒に絡ませる。

 そのまま一気に、口の中へと掻き込んだ。



 ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ……。



 あのまた豪快な音が聞こえる。


 アセルスは涙を滲ませ……。


「至福……」


 と呟いた。


 スープの味。

 麺の食感。

 肉のとろみ。

 渾然一体となり、ハーモニーを奏でている。


 忘れてはならないのが、肉にかかったタレだ。

 強烈ともいえる甘塩っぽい味が、器に詰まった味や食感を大きく手を広げて包んでいる。


 大地の女神の包容力を思わせる味に、またアセルスは泣いた。



 こと……。



 最後はまた上品な音を立てて、器が真っ白なテーブルクロスの上に置かれる。

 箸を置き、3人は手を合わせた。


「「「ごちそうさまでした」」」


 それ以上、かける言葉が見つからない。


 ディッシュの料理に対する愛情が詰まったお腹。

 それを、最強パーティーの乙女たちは、愛おしそうにさするのみであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る