menu26 なんでスケルトンはおいしいの?
気が付けば、涙が出ていた。
あまりに美味すぎたのだ。
生涯で食べてきたものの中で、1番といっていいだろう。
アセルスが横を見ると、同じようにフレーナとエリザもどんぶりを持ったまま滂沱と涙を流していた。
「ほらよ」
ディッシュが布を取り出す。
有り難く受け取り、頬に滲んだ涙を拭った。
「そんなに美味かったか、
その余計な一言で、アセルスたちはたちまち神の湖畔から、現実に引き戻された。
目の前に大きな大樹があり、鬱蒼と繁みが生えている。
ここが山の中だと、ようやく思い出した。
ディッシュの一言はあまりに意地悪だった。
当然、わざと言ったのだろう。
ゼロスキルの料理人は、人が料理に感動している時ほど、悪魔になるのだ。
「そんな意地悪なこというなよ、ディッシュ」
「とぉ~~ってもぉ……。おいしかったですぅ」
フレーナとエリザは白旗を上げた。
認めるしかない。
このマジック・スケルトンのスープは、極上の美味さだった。
アセルスもどんぶり鉢を脇に置き、改めてゼロスキルの料理人と向かい合う。
「教えてくれ。どうして、マジック・スケルトンの骨から、こんな至高のスープが出来るのだ?」
野生の動物でも、魔獣でもない。
魔族の頭蓋から作ったスープ。
それが何故、こうも美味しいのか。
にししし……。
ディッシュは笑う。
いつも通り、子供のようにだ。
「骨から出汁を取れるのは知ってるよな。鶏ガラとか、豚骨とか、魚からだ。まあ、奇しくもこの骨が豚っぽいから、味はちょっと似ていたと思う」
ディッシュの言うとおり、3つのどれかといわれれば、豚骨の味に近いだろう。
だが、その濃厚さとコクは豚骨を遙かに越える。
恐ろしいのは、それでありながら、身体に対するダメージが少なく、獣臭さもない。雪解け水のように優しく、いくらでも飲むことが出来てしまう。
「それは魔獣も魔族も同じだ。骨の中には、旨味エキスがある。それを煮出すことによって、スープを作ることが出来るんだ」
「ディッシュ。そういうご託はわかってるからさ。なんで、魔族の頭蓋がおいしいか教えてくれよ」
気の早い性格のフレーナは、答えの核心を要求する。
ディッシュは口角を上げた。
注意されてなお、もったいぶって説明を続ける。
旨味エキスは、生物が死んだ後でも残るが、徐々に劣化してしまう。
どんなに煮出しても、酸っぱくなるのだ。
新鮮な骨の方が良い味を出す点では、肉身や果実と同じだった。
「じゃあ~ぁ。スケルトンさんたちは、ずっと骨のままだからぁ。美味しくないはずじゃぁ~」
間延びした声で、エリザは尋ねる。
いつもは目に隈をしている彼女も、興味津々といった様子だ。
スープを飲んだおかげか。
いつもより肌艶がいいような気さえする。
豚骨には美白効果があると聞くが、この
そのエリザの質問に、ディッシュは首を振った。
「逆だ。もっと美味しくなるんだよ、これが」
皆が首を傾げる。
スケルトンは、学術的にいうと「死霊体」といわれている。
生物か死物か分ける時、その分類は後者だ。
つまり、彼らは死んだ扱いになっている。
死後、骨が劣化するというなら、美味くなくなるというエリザの指摘は正しい。
みんなの中に浮かんだ共通の疑問。
ディッシュはこう答えた。
「魔獣も魔族も魔力で動いている。スケルトンもそうだ。その魔力が切れれば、死んでしまう。あのマジック・スケルトンがいまだに生意気な口を利いているのも、いまだに魔力が残っているからだ」
すると、ディッシュは人差し指を1本立てた。
「だが、スケルトンには他の魔獣や魔族と決定的に違う利点がある」
「それは?」
アセルスはごくりと唾を飲んだ。
「魔獣や魔族にとって、魔力は共通の栄養源だ。しかし、他の魔獣たちには身と骨があるのに対し、スケルトンには骨しかない」
さあ、ここで問題……。
果たして、どっちの骨に旨味エキスがたっぷりとあると思う?
3人は思わず口を噤んだ。
言わずもがなだ。
魔力が身の方にも分散する普通の魔獣に対し、スケルトンには魔力のすべてが骨に注がれる。
つまり、すべての栄養源を骨が独占しているということだ。
「しかし……ディッシュ。なんで禍々しい魔族の骨から出る旨味が、あんなに優しい味なのだ?」
アセルスは素朴な疑問をぶつける。
何故、スケルトンの骨からあれほど濃厚な出汁が取れるのかはわかったが、味については、解せない部分がある。
もっと禍々しい味を想像していたのに、出てきたのは海亀のスープのように優しい味だった。
「それはぁ、きっと……。魔力100%だからじゃないですかぁ」
エリザの答えは的を射ていた。
魔力は純粋なエネルギーだ。
そこに穢れはない。
スキルを使った料理が、おいしく感じるのは、そこに理由がある。
マジック・スケルトンの骨も同様だ。
魔力が栄養源であるため、見た目の禍々しさとは裏腹に、味自体は純粋なものになったのだろう。
付け加えるなら、膨大な魔力を保有する魔族だったことも、味が深まった要因だった。
ただのスケルトンなら、涙が出るまで感動することはなかったかもしれない。
いずれにしろ、今回もゼロスキルの料理に完敗だった。
魔族の頭蓋で作った魔骨スープ。
おそらく、この味は人類の1つの到達点といえるかもしれない。
そんな料理を、ディッシュが作った。
スキルを持たない青年がだ。
「うん?」
アセルスはふと疑問に思った。
ディッシュにはスキルがない。
それは間違いない事実だ。
けれど、何故魔族の頭蓋が美味しいスープになると知っていたのだろう。
魔族はアセルスたち最強のパーティーでも苦戦する相手だ。
能力を持たないディッシュが、討伐できるとは思えない。
そんな疑問を、アセルスは素直にぶつけてみた。
「ディッシュ……。過去に魔骨スープを作ったことがあったのか?」
「いいや。今回が初めてだ」
「は? じゃあ……。初めて作ったのか?」
「まあな。うまく出来てよかった。アセルスも満足そうだったし」
「最初から美味しいとわかっていたのか? 食材にできると?」
もし、あらかじめそれがわかっていたなら、きっとそれこそがディッシュのスキルかもしれない。
淡い期待を抱く。
だが、ディッシュは首を振った。
「いいや……。知らねぇよ。ただまあ、美味しいんじゃないかなって予感はしてたぜ」
「おいおい。つまり、ぶっつけ本番だったのかよ」
「すごいですぅ、ディッシュくん」
フレーナとエリザも会話に混じり、ゼロスキルの料理人を讃えた。
アセルスは呆然としながら、呟く。
「食べてみるまで知らなかった、というわけか」
「それが料理の醍醐味だろ?」
さも当然のようにディッシュは答える。
極めつけは「にしし……」というあの子供のような笑顔だ。
未知への食材に憶することなく、腕を振るう。
それこそが、ゼロスキルの料理人の真の強さだった。
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