menu25 濃厚〇〇スープ
頭蓋だけになったマジック・スケルトンは、3人の人間と1匹の大狼に囲まれていた。
左端からフレーナ、アセルス、ディッシュ、ウォンという順番だ。
もう1人同行者であるエリザは、現場に聖水を撒きながら、祈りを捧げている。
土地に巣くう生き霊たちが、2度と悪霊にならないように、浄化の儀式を行っていた。
それを待っている間、ふと浮かんだ疑問をディッシュにぶつける。
「こいつ、食えるのか?」
フレーナはマジック・スケルトンを指さしながら尋ねた。
言われてみれば、当たり前の疑問だ。
身は一片もなく、骨しかない。
食べるところがあるようには見えない。
そもそもマジック・スケルトンは魔族だ。
ディッシュがこれまで食べてきた魔獣とは違う。
本当に食べることができるのか。
素朴ではあるが、当然の疑問だった。
「ディッシュがいうのだから、食べられるに決まっているだろう!」
アセルスは信じて疑わない。
腕を組み、ふんぞり返る。
すると、口を開いたのはマジック・スケルトンだ。
カタカタと顎を鳴らし、紅玉の瞳を光らせた。
「貴様ら、よくもやってくれたな! 我が輩を食べるだと。ふざけるのも大概にしろ! むしろ、我が輩がお前たちを食ってくれるわ」
喝破する。
すかさず呪文を唱えた。
再びマジック・スケルトンを中心に闇の風が集まる。
「こいつ! こんな身体になっても魔法が使えるのか!?」
「かっ――――かっかっ! 魔族を見くびるな!」
マジック・スケルトンの高笑いが響く。
フレーナは驚愕する。
アセルスは剣を抜き、構えた。
が――。
「うぉん!」
勢いのいい自己紹介が響く。
ウォンが無造作にマジック・スケルトンの頭蓋に噛み付いた。
さらにベロベロと舐め始める。
「あ。ちょ――。やめろ、この犬――じゃなかった狼め!」
「うぉん!」
ウォンはカツカツと音を立てながら、頭蓋を口内で回し始める。
たまに噛んだり、舌の上で転がしながら、遊び始めた。
「やめ! あ――。ちょっと! そこダメ! ヤァァァアア!」
完全に神狼の玩具になっていた。
もはやそこに、魔族としての威厳はない。
逆に同情する空気が流れている。
「ダメだぞ、ウォン! そいつは食材なんだから」
ディッシュはウォンから頭蓋を取り上げる。
涎でベトベトになっていたのを、布で拭き、そのまま縛り上げた。
「ふがー! ふがー!!(※ 貴様ら! 覚えてろ!!)」
拘束されてなお、マジック・スケルトンの怒りは収まらない。
ディッシュの腕の中で、カタカタと震えた。
「ディッシュ! それで料理はいつ作るんだ?」
「慌てるなよ。すぐには作れないんだ。3日待ってくれないか。色々と下準備が必要だからな」
――というわけで、アセルスは3日後ディッシュの家に行くことにした。
ちなみにギルドの担当員フォンにはありのままを説明した。
さすがに魔族が関与しているとは知らず、彼女は何度も頭を下げた。
しかし、「怒りがおさまらない!」というフレーナとエリザに、くすぐりと、尻尾モフモフの刑に処された。
半泣きになりながら。
『や~~~~め~~~~て~~~~。やめてくださいよぉ、お2人とも』
玩具にされるフォンは可哀想だったが、ちょっと可愛かった。
山を登りながら、ふとアセルスは振り返る。
後ろには、フレーナとエリザがいた。
2人を伴って歩いているため、いつもの倍の時間がかかっている。
「あれだけ文句を言ってた割りに来るんだな、お前たち」
「そんな顔するなよ、アセルス。だって気になるじゃん。魔族の料理だぜ」
「わたしはぁ、文句なんていってませんよぉ。ただ、アセルスがぁディッシュくんの家でぇ、何をしているのか気になってぇ~」
「え、エリザ!?」
「そうだそうだ。聖騎士が年下の青年にふじゅんいせーこーゆーしないか見張るために来たんだよ、あたいたちは!」
「ふ、不純異性交遊って!!」
どんとフレーナが胸を張る一方で、アセルスは顔を赤くした。
半日かけてようやくディッシュが『長老』と呼ぶ大樹が見えてくる。
すると、いい匂いが鼻を突いた。
野性味がありながら、優しい香り。
鼻から喉元に通る瞬間、身体が沸き立つような興奮を覚えた。
ぐおおおおおおおおお……。
竜の吠声――もとい、アセルスの腹の音が鳴る。
じゅるり……。
反射的に唾を飲み込んだ。
いてもたってもいられず、アセルスは【光速】のスキルを使って、家へ急ぐ。
脱兎の如く飛び出していったリーダーを見て、フレーナとエリザは肩をすくめた。
ようやく到着。
『長老』の元で、ディッシュは大鍋をかき回していた。
その周りに食材が置かれている。
野菜から肉……。
なんでも揃っていて、どうやら準備万端らしい。
「うぉん!」
初めに気付いたのはウォンだ。
吠声を聞いて、ディッシュもアセルスの姿を捉える。
遅れてフレーナとエリザも合流した。
「遅かったな、お前たち」
「すまない。お荷物がいたのでな」
「なにぃ! あたいたちが、お荷物だって」
「そうですよぉ。ちょっとディッシュくんとぉ、2人っきりなれないからてぇ。アセルスぅ、ひどいですぅ~」
「そ、そそそそんなこと考えてない!」
アセルスは激しく否定する。
横でディッシュは首を傾げた。
咳を払って改まる。
「そういえば、あのマジック・スケルトンはどうしたのだ?」
アセルスは周りを見渡した。
一応、食材であるはずなのに、その異形の姿はどこにもない。
すでに粉みじんにされ、料理の中に入れられたのだろうか。
アセルスは首を傾げる。
すると、ディッシュは事も無げにこういった。
「ああ……。あいつなら、ここにいるぞ」
指さす。
その先にあったのは、ディッシュがかき回していた大鍋だ。
頭の上に3つぐらい「?」を並べて、アセルスは覗き込む。
鍋一杯に入っていたのは、スープだ。
真っ白な繭のようなスープが、沸々と湯気を立ちのぼらせている。
周囲に充満する香りの元がこれだ。
嗅いでいるだけで、激しくお腹が空いてくる。
熱々の鍋に、今すぐにでも飛び込みたい気分だ。
すると、底の方から何やら浮き上がってくる。
ぷかり……。
それはマジック・スケルトンの頭蓋だった。
「へっ?」
アセルスの目が点になる。
同時にスケルトンの赤い眼が光った。
目と目が合う……。
しばし聖騎士と魔族は見つめ合った。
だが、長くは続かない。
爆発的な感情が、2人に津波のように襲いかかった。
「貴様ぁぁぁああ! 何をしにきた!!」
「お前こそ、なんで生きてるんだ!!」
スープに浸かったマジック・スケルトンが叫べば、アセルスは剣を構えた。
ここで会ったが百年目と――1人と1匹は睨み合う。
すると、マジック・スケルトンは、器用に顎を動かし、浸かっていたスープから「とぅっ!」と飛び上がった。
カッと口を開き、アセルスに襲いかかる。
が――。
「うぉん!」
出鼻をウォンにくじかれる。
見事、マジック・スケルトンの頭蓋を空中でキャッチした。
すると口の中でまた弄び始める。
「ちょ! 待って! ウォン
切実に訴える。
だが、ウォンはやめようとしない。
まるで赤子をあやすかのようにポンと空中に投げたりしながら、遊んでいる。
それを見て、ディッシュはにしし、と笑った。
「お前たち、ホント仲がいいな!」
「おい! クソ人間! これのどこが仲がいいのだ!」
どうやら、ここに来て、すっかり口調が変わってしまったらしい。
もはや魔族特有の余裕は消え失せていた。
「ディッシュ、これは?」
「ああ……。あいつの骨で出汁を取ってたんだ!」
「だ、出汁!!」
「出汁ってあれか? 鳥とか魚とか」
「海草とかからも採れるぅ、あの出汁ですよねぇ」
「おう。そうだぜ」
ディッシュは迷いなく答えた。
自信満々といった様子だ。
アセルス、フレーナ、エリザの3人は、同時に鍋を見つめた。
確かに見た目はいい。
上質の絹のような白色をし、鍋の中でくるくると踊っている。
臭いも悪くはない。若干臭味はあるが、他の動物系のものと比べると、爽やかさすら感じる。
だが、これはマジック・スケルトン――魔族で取った出汁……。
その事実は、いささか
しかし、誰もが食べたがらない魔獣の肉を、最高級のお肉を越えるほど、上質なものに変えてしまうのが、ゼロスキルの料理人である。
何かあると考えてしまう。
アセルスは意を決した。
「あ、アセルス……。本当に飲むのか?」
「大丈夫ぅ、アセルスぅ……。お腹をぉ、壊しちゃうかもしれませんよぉ」
他の2人は心配する。
アセルスは振り返る。
額に汗を掻きながら、青い瞳を若干血走らせ、こう言い放つ。
「わかってる……。けど、この匂いには抗えない」
その言葉を聞き、フレーナとエリザは喉を鳴らした。
全くその通りなのだ。
鍋から立ち上がる豊潤な香り。
野生の臭いを残しながらも、それがぐっとお腹を直撃するのだ。
「で、ディッシュ……。一口味見させてもらっていいか?」
お願いする。
ディッシュはお玉でスープを掬うと、味見用の木皿に入れた。
アセルスは両手でそっと木皿を持つ。
ゆっくりと桃色の唇に近づけた。
距離が近付くたびに、香りがさらに強まる。
両頬を柔らかい羽毛で撫でられているかのように感じた。
いよいよ口を付けてみる。
ぺろりと唇でまず舐めてみた。
カッと開いたのは、アセルスの瞼だ。
すると、後ろに倒れるのではないかと思うほど身体を反る。
一気に呷った。
コトッとと乾いた音を立て、木皿を置く。
「どうした? アセルス」
フレーナは心配そうに尋ねる。
だが、リーダーから返事はない。
まるで生ける屍みたいに、項垂れている。
突然、アセルスはパタパタと動き始めた。
近くにあった食器を持ち上げ、ディッシュの前に差し出す。
「ディッシュ、もう1杯だ!」
女聖騎士がもっていたのは、大きなどんぶり鉢だった。
「「え゛? えええええええええ!!??」」
叫んだのは、フレーナとエリザだった。
どんぶりを戴冠式の王冠みたいに掲げたアセルスの肩を引っ張る。
無理やり自分の方に向かせた。
アセルスの瞳は、フレーナを見ていない。
押さえてなければ、今にも熱々の鍋に顔を突っ込みそうなほど、恍惚とした表情を浮かべていた。
「落ち着け! 落ち着けって、アセルス!」
「そうですよぉ! アセルスぅ、ちょっとぉ
「だったら、2人も飲んでみろ……。口に合わなかったら、私が飲むから」
完全にアセルスが変貌してしまった。
亡者のようにスープを求めている。
もはやホラー……。
墓地でゴーストと対峙した以上の恐怖を、2人は感じていた。
ふわり、とスープの香りが鼻を突く。
その度に、口内に涎が溢れてきた。
急に下半身が疼き、太股を締める。
フレーナもエリザも、言葉では否定しながらも、身体は正直だった。
思い切って飲んでみることにした。
2人は、スープを入れられた木皿を見つめる。
ままよ、といわんばかりに、一気に呷った。
「…………」
「…………」
振り返り、鍋から離れていく。
戻ってきた時には、手にはどんぶり鉢を抱えていた。
ディッシュに差し出す。
時を同じくして、アセルスもまたどんぶり鉢を差し出した。
それは何か宗教的な儀式を思わせる。
うぉん、と見ていたウォンは首を傾げ、不思議な目で人間たちを見つめていた。
「仕方ねぇなあ……」
ディッシュは蓬髪を掻く。
こんなこともあろうかと、スープを余分に作っておいたのだ。
どんぶりになみなみと注ぐ。
どこか幻想的な真っ白なスープ。
まるで神々の国にある湖畔を眺めるかのように、3人は目を細めた。
やがてゆっくりと、どんぶりを傾ける。
ず……。ずずずずずずずずずずずずずずずッ……。
淑女の嗜みなど関係なかった。
3人は盛大な音を立てて、スープを
パーティーを組み始めて3年。
戦闘以上に息を合わせ、同時に飲み干した。
「「「ぷっはああああああああああああ!!!!」」」
声を上げる。
それぞれの顔は充足感に満ち溢れていた。
悦に浸った表情で、どんぶりに残ったわずかな汁を見つめる。
アセルスは溜まらず指で掬い、口元にちゅーちゅーいわせながら、吸い込んだ。
優しい……。
はあ……。なんと優しい味だ……。
ただただそれは、旨味を極めた
甘いわけでも、辛いわけでも、酸っぱいわけでも、苦いわけでもない。
旨味を極限にまで高めたスープ。
100%旨味しか感じないのだ。
故に濃厚……。
例えるなら、豚一頭を一言も悲鳴を上げさせずに、雑巾のように絞り、たった1滴を垂れて出てきたエキス――そんな味だった。
なのに、強いえぐみも、塩気もない。
本来、動物系の骨で煮込むスープは、もっと獣臭いが、それも抑えられている。
故に、お腹に来るもっさりとした感触もなかった。
口に入れた瞬間、そのまま血管に流れていっているかのように、身体の反発がまるでないのだ。
ただただ優しい。
空と草原しかない土地に吹く微風のようだった。
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