menu24 腹ぺこ聖騎士

 襤褸切れから出した顔は、紛れもなく異形だった。

 豚のように鼻が出た頭蓋。白木のような骨だけの腕。

 手には煤けた杖を持ち、一見薄汚い浮浪者ように見える。


 だが、紅玉を思わせる瞳は爛々と輝き、強い生気を感じさせた。


「マジック・スケルトン!?」


「おいおい。なんで、こんなところに魔族がいるんだよ!」


 フレーナは声を荒らげる。


 【炎帝】という最強の炎属性スキルを持つ彼女でも、驚かずにはいられない事態だった。


 魔族とは、魔獣よりも高度な知性体だ。

 人間以上の知性と、魔力を持ち、人語を解することが出来る。


 しかし、個体数は極端に少なく、その繁殖方法も謎のままだった。


 魔族は総じて強い。

 下位の竜種が赤子に見えるほどで、ギルドの討伐ランクでも最低でもAランクに分類される。

 超危険な生物だった。


「フォンさんの情報にはなかったですねぇ~」


 エリザはギルドの担当者の名前を引き合いに出す。

 有能な情報官でもある彼女を、遠回しに責めた。


 だが、それは逆だ。

 この墓場の情報を整理したかったから、フォンはおそらく手持ちで最強の駒であるアセルスたちに依頼をしたのだろう。


 幽霊討伐ぐらいなら、神官か光属性のスキルを持つ冒険者に依頼すればいい。

 しかし、ギルド職員としての勘が、何か危険を察知したのかもしれない。

 結果、フォンの差配は見事的中した。


 魔族に対して、アセルスたち最強パーティーをぶつけることが出来たからだ。


「落ち着け、フレーナ、エリザ。これはフォンの信頼の証だと思ったらいい」


「――ったく。あの可愛い女狐ちゃんは、やってくれるぜ」


「報酬としてぇ、尻尾でモフモフさせてもらいましょう~」


「行くぞ!」


 再びアセルスたちは陣形を組む。


 飛び出したのは、フレーナとエリザだった。

 【炎帝】の炎と【聖癒】の光。

 ゴーストと同じく聖属性を弱点とするスケルトン系には、有効だった。


 フレーナの手から炎が飛ぶ。

 エリザも光を放った。


 2つの力が混じり、マジック・スケルトンに襲いかかる。


 本来ならこれで終わりだった。

 しかし、魔族は悠々と手を掲げる。


対属性防御クオリティ・プロテクション!」


 大きな盾のようなものが精製される。

 そのままぐるりとマジック・スケルトンの周囲を覆った。

 炎と光が弾かれる。


「「――――ッ!!」」


 フレーナとエリザの表情が驚愕に変わる。

 お互いのスキルは、これまで最強を示し続けてきた。

 なのに、ここに来て、初めて遮られたことに、強いショックを隠しきれない。


「フレーナ! エリザ!! 逃げろ!!」


 不意に上空から飛来する音が聞こえる。

 闇の衣を纏った槍が、重い雲がたれ込めた空から降ってきた。


 いつの間にか放たれた魔法の槍を、2人は慌ててかわす。

 助かった、とリーダーに感謝の言葉をかけた。


 しかし、それはまだ早い。

 戦闘は続いているのだ。


 マジック・スケルトンは、下顎で上顎を叩き、カツカツと音を鳴らす。

 まるで高笑いをしているかのようだった。


「威勢がいいなあ、人間。だが、我が輩の力を侮ってもらっては困る!」


 マジック・スケルトンは杖を掲げた。

 突然、骨同士を打ち鳴らしたような音が響く。

 それが内耳に滑り込むと、脳が揺さぶられるような感覚に陥った。


高精神攻波マインド・ブラストか……」


 アセルスたちは膝を折る。

 強い精神攻撃に、もはや立っていられなかった。


 カツカツ……。カツカツ……。


 耳を塞いで精神波から抗っているのに、マジック・スケルトンが顎を鳴らす音だけが、いやに鮮明に聞こえる。

 3人の冒険者のスキルレベルは高い。

 当然、こうした精神攻撃にも高レベルの耐久力を有している。

 だが、マジック・スケルトンのそれは、優にステータスの限界を超えていた。


「けけけ……。どうだ、人間! 我が輩の魔法は! さあ、お前たちをここにいるゴーストの仲間にしてやろう」


 かなり危機的状況だ。

 墓地の幽霊討伐と思って、侮りすぎていた。

 よもや、これほどの高レベルの魔族が出現するとは、夢にも思わなかったのだ。


「まずい……」


 アセルスの意識が失いかける。


 すでに【光速】で駆け抜ける力はなかった。

 剣を握る力も徐々に失われていっている。

 瞼を持ち上げていることも辛くなってきた。


 闇に落ちる瞬間、それはやってくる。



「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおんんんん!!」



 強い精神波の中を貫くように吠声が、広がる。

 精神波とぶつかると、一瞬にして相殺された。

 音が止み、アセルスの意識が回復する。


「な、なんだ、今の声は!!」


 今度はマジック・スケルトンが慌てふためく番だった。

 その赤い瞳に映ったのは、大きな狼だ。

 アセルスたちを守るように立ちふさがる。


 神狼ウォンだ。


「大丈夫か、アセルス」


 顔を上げると、ウォンの背に乗ったディッシュがいた。

 彼も同じく強い精神波の渦中にいたらしい。

 何度か頭を振っている。だが、五体無事だ。


 そのディッシュはさらに言葉を続けた。


「アセルス、頼みがある」


「なんだ、ディッシュ?」


「あいつの頭がほしい」


 そういうと、指をさした。


 マジック・スケルトン――その豚に似た頭蓋をだ。


「ほしいって……」


 簡単なことではない。

 いまだ、精神波の影響が強く残っている。

 今も身体が痺れて、思うように動けない。


 本音をいえば、この好機にディッシュも含め、退却しようと考えていたぐらいなのだ。


 しかし、ディッシュの次の言葉が、アセルスに魔法を与えた。


「うまいもんを作ってやるからよ」


 にししし、とゼロスキルの料理人は笑った。



 ぐおおおおおおおおおおおおお!!



 歓喜の腹の音が鳴る。

 その音は、神獣の咆哮もかくやという程、大きかった。


 先ほどまで動けなかった聖騎士は、ゆらりと立ち上がる。

 鼻息を荒くし、薄く唇についた涎を舐め取った。


 大きく瞼が開かれ、青い炎のような瞳を魔族に向ける。


 マジック・スケルトンは一瞬、たじろいだ。

 もはや人間の目ではない。

 獲物をロックオンした猟犬の眼光だった。


 アセルスはすらりと剣を構える。


「ディッシュ、リクエストはあるか?」


「綺麗な頭蓋があれば問題ねぇよ」


「わかった」


「お、おい! お前ら、我が輩に何をしようと――」


「決まっている!」



 お前を食うためだ!!



 聖騎士は、また涎を拭った。


 空腹というベストコンディションを得た【光速】の騎士は駆ける。

 一瞬にして、魔族の懐に飛び込んだ。


「げぇ!」


 マジック・スケルトンが見たのは、閃く刃だった。


 綺麗に豚の頭蓋が胴から離れる。

 それは空中で回転し、すっぽりとディッシュの腕に収まった。


 頭蓋になっても、スケルトンは動く。

 カタカタと顎を打ち鳴らし、抗議の声を上げた。


「き、貴様ら何を!」


「なかなか活きのいいスケルトンだな」


 ディッシュは背嚢から布を取り出す。

 それをぐるぐると巻き付けた。


「ふが! ふが!」


 と、尚も暴れている。


 だが、もっと面白いことが起こっていた。

 頭がなくなったマジック・スケルトンの身体が、わたわたと慌てふためいていたのだ。


 そこに精神波から回復したフレーナとエリザが近づく。


 にやり、と笑った。


「てめぇ、さっきはよくもやってくれたなぁ!」


「は~~い。ちょっとチクッとしますよぉ、我慢してくださいねぇ」


「ふが~~! が~~~~!!(訳:貴様ら! 我が輩の身体に何を!)」


 2人の手の平に、それぞれ炎と光が灯る。

 タイミングを合わせて、スキルをぶつけた。


「ふがあああああああ!!」


 マジック・スケルトンの悲鳴が響く。

 その身体は、最強の炎と、聖女の光によって消滅してしまった。


 ここに幽霊討伐は終結する。


 しかし、食いしん坊聖騎士の興味は、突然現れた魔族のことよりも、ディッシュが抱えた豚の頭蓋にあった。


 身体を失っても、活動が出来るらしい。

 ディッシュに押さえつけられていた。


「ディッシュ、何を作るのだ?」


「そりゃあ骨といえば、あれだろう……」


 ディッシュは、再びにししと笑った。

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