menu23 幽霊討伐

 ウォンに乗り、ディッシュは待ち合わせの場所にたどり着く。


 そこには3人の女性冒険者が街の外れで待っていた。

 1人はアセルス。

 もう1人は炎のような赤髪をした男みたいな女性。

 最後はおっとりとした聖職者風の乙女だった。


「よ! 久しぶりだな、青年」


 気さくに挨拶してきたのは、アセルスのパーティーメンバーの1人であるフレーナだった。


 まるで旧友に出会ったかのようにディッシュの蓬髪をかき回す。


「わわ……。何すんだよ」


「なんだよ。あたいのこと忘れたのか?」


「知らね」


「薄情なヤツだな。……あたいの名前はフレーナ・リスリンだ」


 アセルスと比べると若干残念な胸を反り、フレーナは自己紹介した。


 その前に現れたのは、ふわふわの銀髪をした女性だ。

 優しくディッシュの手を取り、ふわりと笑みを浮かべた。


「改めましてぇ~。わたしぃ、エリーザベド・クローゼっていいますぅ。エリザって呼んでくださいねぇ」


「おう。よろしくな、エリザ。俺はディッシュ・マックホーンだ」


「は~い。承ってますよぉ。アセルスとぉ、とぉっても仲良しさんなんですよねぇ」


「え、エリザ! 余計なことはいわないでいい」


「なんでですかぁ~。いっつもいってるじゃないですか~。『ディッシュの料理が食べたい』ってぇ~」


「そ、そんなこと……!」


「あたいも聞いたぜ。戦場で物憂げな顔をしながら、呟いてた」


 フレーナはうんうんと頷く。


 アセルスの顔が真っ赤になった。

 反射的に口を手で押さえるが、もう遅い。

 フレーナとエリザはニヤニヤと笑い、ディッシュは蓬髪をガリガリと掻いた。


「うぉん!」


 ウォンが絶妙なタイミングで自己紹介をする。

 1度も休憩もせずに山から走ってきたのに、息1つ乱れていない。

 お行儀よくちょこんと座り、ディッシュたちの方を見つめていた。


「早速、現地に向かおう」


 いつものパーティーに、ゼロスキルの料理人をくわえた一行は、早速件の墓地へと向かう。


 そこには昔、大きな村があった。

 だが、ある魔法実験の失敗に巻き込まれ、消滅してしまった。

 遺体はその村に埋められたのだが、魔法実験で集まった魔力の残滓が、地中の遺体と反応し、多くの幽霊魔獣を生み出したのだという。


 恐ろしい曰く付きのクエストにも関わらず、ディッシュは「おいしい料理を作る」と豪語した。


「幽霊でも食うつもりか?」


「まあ、そんなところだ」


 少し興味を持ったフレーナの問いに、ウォンの背に乗ったディッシュは、軽く肩をそびやかす。


 お昼過ぎに一行は、墓地にたどり着いた。

 すると、急に雲が立ちこめる。

 まだ陽も高いのに、辺りは夜のように暗くなった。


 異常事態だと判断したアセルスは、ディッシュを囲むようにして、隊形を作る。


「こりゃ魔法だな」


「天候操作の魔法ですねぇ~」


「なるほど。急に魔獣たちが現れたのには、訳があったというわけか」


 アセルスたちを担当するギルド職員のフォン・ランドによると、この墓地に幽霊系の魔獣が現れたのは、つい最近なのだという。


 一気に気温が下がり始めた。

 立っているだけで暑かった夏の空気が、まるで氷室にでも放り込まれたかのように冷ややかになる。

 これはこれで過ごしやすいのだが、さっきから鳥肌が立って仕方がなかった。


「うぅぅぅ~」


 鼻頭に深く皺を刻み、ウォンが唸る。

 アセルスたちも気付いた。

 その奇妙な声に。


「しぃぃいいぃいいいいい……」


「うぉぉぉおおおおおおお……」


「うぅぅぅぅぅぅうううう……」


 現れたのは、大きな1枚布のようにヒラヒラしたゴーストたちだった。

 途端、腐臭が強くなる。

 アセルスたちの周りを飛び交った。


「こいつらはあくまで召喚されたヤツらだな」


「どこかにぃ……。魔法使いさんが隠れているのですよぉ」


「ともかく油断するなよ、2人とも」


 アセルスはいつになく真剣な顔で、剣を握った。


 一方、ディッシュはくつくつと笑う。


「なんか……。こいつらの声って、アセルスの腹の音みてぇだな」


「な! 失礼だぞ、ディッシュ! 私はこんな――」



 ぐうぉぉぉおおおお……。



 タイミングよくアセルスの腹の虫が鳴った。

 険しい聖騎士の顔が、真っ赤になる。

 腹を抱えて笑うディッシュを見ながら、アセルスはむぅと頬を膨らませた。


「ディッシュ! いくらお前でも、さすがに怒るぞ」


「わりぃわりぃ! 心配するな。事が片づいたら、腹一杯食べさせてやるから」


「ホントか!?」


 アセルスの顔が、幽霊が飛び交う墓地で一際輝く。

 ディッシュを乗せたウォンも反応し、はっはっはっと舌を垂らした。


「お前たち、イチャつくのは後にしろよ」


「これはぁ~。ゴールイン間近ですかねぇ~」


 フレーナとエリザが茶化す。

 だが、アセルスとは違って、魔獣からは目を逸らさない。

 何故なら、幽霊討伐は、アセルスではなく、2人が得意としているからだ。


 アセルスは1度咳を払い、改まる。


「ディッシュは私が守る。フレーナとエリザは打ち合わせ通りに」


「了解だぜ、リーダー」


「は~い。わかりましたよぉ~」


 タン、と2人は同時に地を蹴った。


 隊形を崩し、ゴーストたちが作る渦の中に飛び込む。

 先制したのはフレーナだ。


「おら! 食らえぇ!!」


 フレーナの手が赤く光る。

 瞬間、炎の塊がゴーストたちを吹き飛ばした。

 一気に3分の1が消滅する。


 フレーナのスキルは【炎帝】。

 炎の属性最高の威力を誇り、聖属性も含まれているため、こうした幽霊系に効果があるスキルだ。


 とんでもない炎に、ゴーストたちはおののいたように見えた。


 固まっていたのを1度解き、散会する。


 そこに追い打ちをかける人物がいた。


 エリザことエリーザベド・クローゼだ。


「は~い。みなさん、冥界にお帰りくださ~い」


 スキル【聖癒】を発動する。

 エリザを中心に光の円が広がっていった。

 波のように押し寄せる光に、ゴーストたちは飲み込まれていく。


「しゅるるるるる……」


 奇声を上げながら、消滅していった。


 【聖癒】は人間を癒す最高級のスキルだが、強烈な聖属性を持つ。

 ゴーストの弱点は聖属性だ。


 回復として使うスキルも、彼らにとって毒霧を散布されたのと同じだった。


 【炎帝】の炎。【聖癒】の光。

 最高レベルのスキルをもってしても、無数のゴーストを一瞬にして散らすまでには至らない。


 奇跡的にフレーナとエリザの攻撃を回避したゴーストが、後方にいるアセルスとディッシュに迫った。


「うぉぉぉぉおおおおんん!」


「ディッシュ! 後ろに下がれ!!」


 ディッシュにアセルスの腹の音といわしめた奇声を発し、1匹のゴーストが聖騎士アセルスに襲いかかる。


 アセルスは大上段から剣を一刀した。

 その速度はまさに【光速】。

 あっさりとゴーストが縦に裂ける。

 いかに素早いとはいえ、かわすことは出来なかった。


 しかし――。


「あ、あれ?」


 ゴーストはピンピンしていた。

 2つに別れたかと思えば、すぐに合体する。

 アセルスの後ろにいた蓬髪の青年に襲いかかった。


 ゼロスキルの料理人に、戦闘能力はない。

 ただ迫ってくる魔獣をぼんやりと見つめていた。


「ディッシュ!」


 アセルスの声が墓地に広がる。



 パシィン!!



 乾いた音が鳴る。


 みんなの目に映っていたのは、ゴーストが爆ぜる瞬間だった。


 消滅させたのは、ウォンだ。

 実体のない魔獣を尻尾の一撃だけで払ってしまった。


 それを見て驚いたのは、フレーナとエリザだった。


「な、なんだ、あのデカ狼。ただの狼とは思ってなかったけどよ」


「あれはぁ~。たぶん、神獣ですねぇ~」


「神獣! あのディッシュってヤツ。神獣を飼ってるのかよぉ!」


「神獣さんにはぁ。強い聖属性が施されてるってきいたことがありますよぉ~」


 エリザの指摘通り、ウォンには神獣としての強い聖属性が付与されている。

 その威力は最高レベル。

 【聖癒】スキルに、勝るとも劣らないほどだ。


 下級のゴーストなど、少し触れただけで吹き飛ばされてしまう。


 粗方、戦闘は終わった。

 鞘に剣を納め、がっくりと肩を落としたのは、アセルスだ。


 【光速】のスキルを持つ彼女だが、それは移動スキルであって、属性が付与されているものではない。


 ただ光のように移動できるだけだ。

 それはそれで凄いことなのだが、実体のない魔獣に対し、あまりに無力だった。


「アセルス、気を落とすなよ。お前が強いことはよく知ってっから」


 パンと彼女の背中を叩いたのは、ディッシュだった。

 にししし、と笑顔を見せる。

 その子供のような笑みに、アセルスはどんなに気を落としていても、立ち直ることが出来た。


 汗を拭い、前を向く。


 すると、いずこからか声が聞こえた。


「おのれぇ……。冒険者めぇ」


 呪詛を含んだ声は、一行の正面から聞こえた。

 闇を纏った風が、アセルスたちの間を吹き抜けていく。

 やがて収縮すると、1匹の魔導士が現れた。


「今度は、我が輩が相手をしよう」


 そういった魔導士の姿は常軌を逸している。


 何故なら、身も筋肉もない。

 骨がむき出しにしたスケルトンだった。


「マジック・スケルトンか!?」


 アセルスは再び剣を抜くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る