menu22 大鴉の肉と骨の炊き込みご飯

「ふー。もう食えん」


 ギブアップを宣言したのは、SSクラスの聖騎士アセルスだった。


 満足そうに膨らんだお腹を叩く。

 ベンッといい音が鳴ると、横でディッシュはケラケラと笑った。


 今日も今日とて、アセルスは山奥の家に来て、飯を食べている。

 魔獣討伐の仕事は相変わらず忙しいようだが、どんなに忙しくても、【光速】の騎士は山を駆け抜け、やってくる。

 それが仕事のモチベーションにもなっており、先日は久しぶりにスキルレベルが上がった。


 今日の献立は、ヴィル・クロウの肉を使った炊き込みご飯だ。


 例のマダラゲ草の種実と、ヴィル・クロウの骨と胸肉。

 さらに魚醤と酒を入れて、一緒に炊いただけの料理だ。


 シンプルだが、これが美味い。


 アセルスは食べる前から感じていた。

 香りが半端なく良かったからだ。

 魚醤の香ばしい香りの中にあるヴィル・クロウの野性味たっぷりの匂い。

 肉や骨に染みついた旨味が、そのまま気化したような香りは、言うまでもなくアセルスのお腹を直撃した。


 鍋の中の水分が飛び、しばらく蒸らす。

 蓋を開けた瞬間、アセルスのお腹を(に)チクチクと攻撃し続けていた香りが、爆発的に広がった。


 ふっと鼻腔を通った瞬間、意識を失いかける。

 それほどのインパクトがあったのだ。


 ディッシュは骨を取り、やや飴色をした種実と肉を均等にかき混ぜる。


 その時のアセルスの目は血走っていた。

 今にも、熱々の鍋ごと奪い取り、しゃもじで中身を掻き込みそうな勢いだ。


 もはや、ゼロスキルの料理を狙う猟犬と化したアセルス。

 同じく今か今かと待っていたウォンの前に、ほっかほかのヴィル・クロウの肉を使った炊き込みご飯が置かれた。


「召し上がれ……!」


 待てを解除された飼い犬のように、1人と1匹はご飯を掻き込んだ。



「はうぅぅぅぅうう……」


「おおぉぉぉぉぉぉぉおおお……」



 先ほどまで亡者のようにげっそりとしていた顔が一転、幸せ一杯に輝いた。


 食べた瞬間、一気に身体が落ち着いた。

 匂い通り、期待通りのおいしさだったからだ。


 まず肉だ。

 とにかくコクがあり、味も濃い。

 鴨や鳩、鶏などを食するアセルスだが、どの鳥よりも強く味を感じる。


 十分な水分を吸った肉は、天女の羽衣を纏ったかのように柔らかい。

 肉の身がほどける瞬間、ぱあと旨味が広がっていくのだ。


 旨味といえば、骨だ。

 魚醤の甘味と酸味に負けないぐらい強い旨味があり、明確に舌で感じることができる。

 その旨味は、種実だけではなく、肉にも染みこみ、本来の甘味を2倍にも3倍にもしていた。


 ディッシュの下処理も完璧。

 本来、臭味の強い魔獣の肉なのに、全く感じない。

 肉の甘味をただ垂れるだけだ。


 チィン……。チンチン……。


 カン! カッカツン……。


 静かなディッシュの家に、どんぶりを箸で叩く音だけが響く。


 お腹は落ち着いたが、1度火がついた食欲は抑えられない。

 アセルスは夢中になって食べていた。

 今、ここで魔獣が襲いかかっても、彼女はどんぶりと箸を手放さないだろう。


 しかし、極めつけはここからだった。

 ディッシュの悪魔のような提案に、アセルスは色めき立つ。


「それな。あと、茶漬けにするとうまいんだ」


「むぅぐ――!!」


「うぉん!!」


 1人と1匹は過敏に反応する。


 アセルスは口の中一杯にご飯を頬張りながら、どんぶりを差し出す。

 ウォンもまだご飯が残っているどんぶりを、何も言わず鼻で押した。


 どうやら、茶漬けにしてほしいらしい。


「仕方ねぇなあ……」


 ディッシュはにししと笑った。


 そこに熱々の熱湯を注ぐ。


 ほわりと湯気が立った。

 すると再び炊いている時に感じた匂いが、鼻腔を突く。


 いい香りだ。


 もうこの香りと添い遂げたいぐらい、アセルスはメロメロになっていた。


 熱湯に沈んだ種実と肉を見つめる。

 すでに魚醤が溶けだし、湯が黄昏の色に変わりつつあった。


「いただきます」


「うぉん」


 あまりの神々しい姿に、1人と1匹は改めて仕切り直す。


 アセルスは箸で掻き込み、ウォンはどんぶりの中に鼻先を突っ込んだ。



「ぬほほほほほ……」


「うおっおっおっ……」



 1人と1匹は変な奇声を上げた。


 ともかく熱い。

 熱すぎる。


 でも食べてしまう。

 舌が火傷しようが、喉が焼けようが、吐息が真っ白になっても構わない。

 ともかく飯と肉を掻き込んだ。


 しゃらしゃらしゃら……。

 しゃらしゃらしゃら……。

 しゃらしゃらしゃら……。


 良い音が鳴る。


 これは食べ物ではない。

 そう茶漬けは食べ物ではない。

 茶という言葉があるとおり、飲み物なのだ(異論は認めない!)


 熱湯によって、味がさらに混然一体となる。

 魚醤の塩気、肉と種実の甘味、骨の旨味。

 それが熱気に当てられ、味が膨張したような印象があった。


 不思議だ。


 熱湯を注いだだけだというのに、さらに味が濃くなったような気がする。


 1人と1匹はそのまま無言で食べ続けられる。

 大丈夫だ。問題ない。

 おいしくなるなら、全然構わない!


「ぷはっ! おかわり!」


「うぉん!」


 2人は同時にどんぶりを掲げた。


「おいおい……。俺の分も残しておいてくれよ」


 そういいながら、ディッシュの顔は満足そうだった。



 ◆◇◆◇◆



 そんな感じで、今日もアセルスのお腹は幸せに満たされていた。


 ふと顔を上げ、窓の外を見つめる。

 すでに陽が沈みかかっていた。


「すまん。ディッシュ、今日は早めにお暇させてもらう」


「いいのか。フブキネズミの氷室から頂戴した芋がまだ残ってるんだけどなあ」


 例の麦酒芋を見せる。

 お腹がパンパンになるまで食べたというのに、アセルスはじゅるりと涎を飲み込んだ。実は、麦酒芋は大の好物なのだ。


 しかし、聖騎士は雑念を払う。


「すまない。明日は遠出をしなければならない」


「魔獣討伐か。忙しいなあ、お前も。……今度はどこに行くんだ?」


「少し変わっていてな。今回の戦場は墓地だ」


「墓地……。はあ、なるほど。幽霊退治か」


「さしものお前も、幽霊までは食えないだろう」


 アセルスはふふっと笑う。

 だが、ディッシュは真剣な目で聖騎士を見つめた。


「なあ、アセルス」


「なんだ?」


「その討伐についてっていいか?」


「はあ? まさか本当に幽霊を?」


「さすがの俺も、幽霊までは食えねぇよ。でも――」



 おいしいものを食わせてやることはできるぜ……。



 こうしてゼロスキルの料理人と【光速】の聖騎士の幽霊討伐が始まったのであった。

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