menu21 石焼き芋とお姫様

 差し出された麦酒芋から白い湯気が上がっていた。


 その様子をアリエステルは見つめる。

 冷たい瞳でだ。


 正直にいうと、失望を禁じ得なかった。


 石焼きというから、少し興味が湧いたが、とどのつまり石の熱で焼いた芋に過ぎない。


 言わずもがな、アリエステルは様々な料理を食べてきた。

 高級料理店の看板料理スペシャリテから、庶民が食べるような簡易菓子まですべてだ。もちろん、焼き麦酒芋も食べたことがある。


 もし麦酒芋を焼くなら、やはりスキルを使った炎が良い。

 穢れもなく、純粋な魔力で生まれた火で焼いた芋は、比べるまでもなく美味い。

 特に【炎帝】といわれるスキルを持つ冒険者の炎は、良かった。

 一瞬にして、中まで熱を通し、かつふっくらとした味わいを楽しめたのを、今でも覚えている。


 だが、芋料理となれば、やはり焼くよりも蒸す方がいい。


 優しくしっとりとし、まるでスィーツのような甘味になる。

 アリエステルも気に入っており、定期的に思い出しては、家臣に命じて作らせていた。

 秋と冬の間に吹く寒風の日に食べると、身体の中がホコホコしてくるのだ。


 思い出しただけで、涎が出てくる。

 くわえて、堅牢な城壁に囲まれ、暖かな自分の私室とベッドを思い出し、アリエステルは泣きそうになった。


 何度か涙を拭う。

 だが、目の前にあったのは、石焼き麦酒芋という現実だった。


「なんだ。食べないのか?」


「いただこう。背に腹はかえられないからな」


「?」


 ディッシュは首を傾げる。

 アリエステルは大人しく芋を受け取った。


「あっつ……あつ――!」


 ポンポンと両手で芋を転がす。

 落としそうになったのを横で見ていたディッシュがキャッチした。

 仕方ねぇなあ、と近くにあった大葉の葉の一部をちぎる。

 それで芋をくるみ、改めてアリエステルに渡した。


「あ、ありがと……」


「おう。熱いから気を付けろよ」


 ディッシュの配慮に思わず感謝の言葉が出る。

 渡された芋に目を落とした。


 じぃん、と熱が手に伝わってくる。


 葉の一部にくるまれてはいるため、持てないわけではない。

 その時、アリエステルには何か確信めいたものがあった。

 確かに触った熱は、蒸かしたり、スキルの炎で焼いたものと同じだ。


 だが、手触りでわかる。

 この芋に、蒸気や炎以上に熱が伝わっていることを。


「うううううんん。うんめぇぇぇぇぇええ!」


「うおおおおおおおおおおんんん!!」


 横で早速、芋に口を付けた1人と1匹が騒いでいる。

 焚き火の明かりに照らされた両者の顔は、いずれも幸せそうだった。


 鎮火していたアリエステルの好奇心が、再び燃え上がる。

 く~~、と小さなお腹の虫が鳴った。


 どうせ食べなければならないのだ。

 この際、味を気にしても仕方がない。


 アリエステルは石焼き麦酒芋を割った。


「はぅ!!」


 まだ食べてもいないのに、悲鳴を上げた。

 姫に襲いかかったのは、魔獣でもなければ野生の獣でもない。


 香りだ。


 芋の甘ったるい香り。

 それがまるで間欠泉のように吹き出した。


「おお!」


 香りが襲ってきたかと思えば、次は視覚だ。


 現れたのは、黄金――。


 黄金こがね色に輝く麦酒芋だ。

 まるで金塊のようにキラキラと身が光っている。


 違う。明らかに違う。


 香り、身の艶、そして割った時に感じたふっくらとした感触。

 蒸かした芋でも、炎で熱した芋でもない。


 同等――いや、それ以上だった。


「ごくり……」


 アリエステルはここに来て、ようやく唾を飲んだ。

 気が付いた時には、手が震えていた。


 料理への期待感。

 美食家のアリエステルにとって、それはもはや武者震いといってもいい。


 何度も唾を喉の奥に押し込みながら、ゆっくりと口先を近づけていく。

 都度、芋の甘い香りが鼻腔を刺激した。

 それだけで魂が犯されたような気分になる。


 ぐ~~!


 魂だけではない。

 ここに来て、アリエステルの腹が激しく催促した。


 我慢できない。

 我慢できるはずがなかった。

 淑女の嗜みを頭の片隅に蹴り飛ばし、大口を上げて一気に頬張った。



「うぅぅぅぅぅまああああああああいいいいぃぃぃぃぃい!!」



 これ程、声を張り上げたことは過去1度もなかった。


 それだけ美味い。

 美味すぎる。


「なんだ、この身の甘さは……!?」


 芋のクリームでも食べているかのように甘い。

 そして柔らかい。

 パクッと頬張った瞬間、上質な甘味がさざ波のように押し寄せ、口の中に染みこんでいくようだった。


 おそらく水分量の違いだ。


 蒸かし芋や普通の焼き芋よりも、瑞々しく感じる。


「何故だ? 何故、こう甘い!? 石で焼いているだけだろう!?」


「簡単だよ。熱を入れる時間に違いがあるだけだ」


「熱を入れる時間?」


 アリエステルは、はたと気付いた。

 確かにディッシュは、焼き石の中にかなり長く麦酒芋を入れていた。

 じっくりと熱を入れていたような気がする。


「芋ってのは、熱を入れれば入れるほど、甘くなるんだよ」


「な、何故!?」


「理由なんて知らねぇよ。俺は学者じゃねぇからな」


「ち、違う! 何故、お主はそんなことを知っているのだ?」


「試したからな。色々と……。で、熱を入れることによって芋が甘くなることを知った。そこから如何に長い時間、芋に熱を入れる方法を探っていたら、石焼きに辿り着いたんだ」


「ウソだ!!」


「ウソなんてついてねぇよ」


 アリエステルのあまりの迫力に、ディッシュは思わずたじろぐ。

 代わりにウォンは「う~」と唸り声を上げた。


 だが、小さなお姫様は1歩も退かない。

 時間が立てば立つほど、その凄味が増してくる。

 手に持った石焼き麦酒芋のようだ。


「ゼロスキルなどというのはウソであろう。お前は、凄いスキルを持っているはずだ。そうでなければ、至高の料理の極致ともいえる味を出せるはずがない」


 アリエステルは乱暴に頬張った。


 やはり美味い。

 涙が出そうになるほどにだ。

 そんな料理を作る料理人が、なんのスキルも持っていないわけがない。


「ホントだって。スキルを持ってるなら、こんな魔獣がウヨウヨいる山奥に住んでねぇよ」


「う……。まあ、確かに……」


 山の危険性は、身を以て知ることになった王女様は、頷くしかない。

 それでも、やはり信じられなかった。


 そして、ついにアリエステルは口を閉ざす。


 黙々と芋を食べ続けた。

 お腹の中が満足していくのがわかる。

 きっと黄金色に染まり、腹の虫が小躍りしていることだろう。


 聖騎士とは違い、王女は小食だ。

 それでも空きっ腹だったため、丸々2つも食べてしまった。

 アリエステルのことをよく知る侍従長が聞いたら、さぞかし目を丸くしただろう。


 それほど、夢中で食べた料理だった。


 膨らんだお腹をさすりながら、すっかり大人しくなったアリエステルは、しばし物思いに耽る。

 料理の後かたづけを終え、野営の準備を進めているディッシュを見つめた。


 王女は決意する。


 すっくと立ち上がり、ディッシュの手を掴んだ。


「ディッシュよ! お前に頼みがある」


「なんだよ、改まって……」


 アリエステルは何度も唾を飲み込んだ。

 珍しく緊張していた。


 気位の高い小さな少女は、生涯において告白というものをしたことがない。

 そもそも社交界には、顔のいい男がいても、その能力や性格に目を見張るものなど、ほんの一握りだ。


 だから、これが初の“告白”だった。


 初めて王女は、この者ヽヽヽを側に置きたいと思ったのだ。


 大きく息を吸い込む。

 あらん限りの声を振り絞り、アリエステルは叫んだ。


「妾の――――――――!!」



 ぶぅぅぅぅぅうううううううううううう!!!!



 突然、吹き出された音が山野に響いた。

 アリエステルのスカートがふわりと舞う。

 横でウォンが盛大にくしゃみをし、何か嫌がるように顔を背けた。


 王女の顔は、窯から上げた鉄のように赤くなっている。


 ディッシュは一瞬呆然とした後、微笑んだ。


「おう。芋食べた後は、屁が――――」


「それ以上いうなぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」


 アリエステルの右ストレートは、綺麗にディッシュの左頬を貫くのだった。




 この後、アリエステルは無事に下山。

 王国の者に保護され、王宮へと帰った。

 姫君はこっぴどく両親に叱られたが、山であったことについては、口を閉ざした。


 だが、時々窓の外に見える山を見ながら、こう呟く。


「芋を食べたい……」


 と――。

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